聖騎士団の人事改革
邪竜討伐戦の功績によって、リカルド・マーディアーの第三騎士団長就任と、ランベルト・ベルモンドの遊撃隊隊長就任は無事承認された。
その他の者たちに関しても論功行賞が忙しく、軍務省は一難さってまた一難、という苦労の日々を送っている。
そんなある日のこと。
第一騎士団長、フリードリヒ・フォン・ギュンダーローデの邸宅に反ヴァレリア派の主だった者たちが集まっていた。
フリードリヒの生国ジェルマーニアより取り寄せた調度品の数々がならぶ豪華な応接間。
だがせっかくの調度品も、いまは誰一人鑑賞するゆとりを持っていなかった。
「なんですと、本気で言っておられるのか!」
フリードリヒ団長の動揺した声が飛ぶ。
「本気だ。わしはわしの過ちによって命を落とした者たちに詫びねばならぬ」
対面に座っているのはガッシリとした体躯の、白髪まじりの男性だった。
年のころは五十代前半といったところ。
すこし顔色が悪く、頬が痩せこけて見える。
心の疲れが外見にあらわれていた。
「失敗など誰にでもあることでしょう。
挽回の機会などこれからいくらでもやってきますとも」
「いや、それでは市井の者たちが納得すまいて」
なんとか考え直してもらおうと説得するフリードリヒに対し、初老の男は首を横にふった。
男の名はジョルダン・ド・ボファン。
北部を守護する第二騎士団の団長である。
彼は長年付き合ってきた戦友たちの前で、引責辞任することを宣言したのだった。
引責辞任とはようするに《責任とって辞める》ということだ。
先の邪竜討伐戦において、ジョルダン団長は命令を無視して勝手に陣形を変更し、ドラゴンブレスによる大惨事をまねいた。
危険だから密集するなと言い含められていたのにだ。
これはあきらかな問題行動である。
目先の勝ち負けにとらわれて命令を無視し、たくさんの若い命を散らせてしまった。
こんな自分に騎士団長の資格はないと、ジョルダン団長はおのれを責めている。
やや薄くなった白髪まじりの頭から大量の汗があふれている。
肌につやは無く、頬は痩せこけ、目に光はない。
ここにいたるまでの数日間で、とことん自分を責め続けたのであろう。
下手に追いつめたら自殺しかねない表情をしていた。
「……起こってしまったことは仕方がないではありませんか」
見かねてなだめるのは隣に座っていたマキシミリアン・ロ・ファルコ第五騎士団長。
彼は命令を無視されたがわなので当然思うところはあるのだが、さすがに生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い込まれた人間を責める気にはならない。
「それにあなたは血と鉄のことしか知らぬ生粋の騎士。
引退なさってどうするおつもりです」
「…………墓参りでもするさ」
つらそうに微笑む横顔を見て、ああこれはもうダメだとマキシミリアンは感じた。
知恵も力もまだまだ最前線で戦えるだけのものが有る。
だが心がもう限界にきていた。
心が主人で、肉体は従者である。
心が戦いを拒否してしまった以上もうどうにもならない。
「では、な」
カタッと小さくイスを鳴らし、ジョルダン団長は立ち上がった。帰るつもりだ。
フラフラと頼りない足どりで出口にむかう第二騎士団長。
なすすべもなく背中を見つめる第一騎士団長と第五騎士団長。
このまま永遠のお別れかと思われたが、この場にはもう一人、ずっと腕を組んだまま何もせずにいた男がいた。
「あ~あ、嫌だねえ!
辛気くさくってさあ!」
わざとらしい大声で場の空気をぶち壊す第四の男。
ガタッと品のない音を鳴らし、大男が立ち上がった。
まだ若い。三十前くらいの男だ。
ランベルト・ベルモンドの十九歳で遊撃隊隊長就任というのも異常に早い出世だが、この男が現役の騎士団長というのも不自然だ。
「ジイちゃんホントに辞めちゃうのぉ?」
街のゴロツキという雰囲気でジョルダンに話しかける大男。
その前にマキシミリアンが立ちはだかった。
「控えよ、フォルトゥナート・アレッシィ」
「え~?」
大男は第四騎士団団長、フォルトゥナート・アレッシィ。
先代軍務省長官、カルロ・アレッシィ枢機卿の息子である。
公的には甥ということになっている。
だが聖職者にとって甥とか姪とかいうのは、隠し子を意味するまやかしの言葉だった。





