一番大切なこと
「ルカ、本当にいいか?」
「うんおねがい」
ここはベルモンド家の庭。
いつものメンバーがうしろで見守るなか、破壊されたエッガイ試作機・ベータの修復を終えたところだった。
あとは起動させるだけなのだが、こいつは戦闘中にルカを守るため大ダメージを負い、記憶領域が破損してしまった。
喪失してしまった記憶がどういうものであったかは分らないため、さすがの勇輝にも直しようがない。
たとえばいつでもどこでも指輪の中で一緒にいるセラでさえ、勇輝が知りもしない言葉をしゃべる。予想外のアドリブで勇輝を守ろうとする。
これを不思議に思って確認してみたところ、人間の耳では聞き取れないような遠くの声まで拾い集めて日々学習しているのだという。
ベータや他のエッガイたちも同じことをしているはずで、そんな膨大な蓄積が果たしてどのようなものであったか、もう誰にも分からない。
そして蓄積された記憶が戻らなければ人格を元にもどすなんてことは出来ないのである。
ベータをこのまま眠らせておくか?
それとももはや別人格だと知っての上で再起動するか?
勇輝はこの大事な決断をルカに託した。
酷な選択かもしれない。
だけれどこの件を変に誤魔化したままにしては心の毒になるだろう。
恐る恐るルカに聞いてみたところ、ルカは、
「うん、やって」
と答えた。
念のため何回か聞き直したが、ルカはブレることなく再起動を希望したのだった。
「よし、じゃあやるぞ」
皆が見守るなか、勇輝はベータの再起動を行った。
ゆっくりとベータは立ち上がる。
「……ベータ」
不安そうな表情でルカは話しかけた。
『ルカ』
「……!」
何も情報を与えられぬままに、ベータはルカの名を呼んだ。
『お前は、ルカではないのか』
「ルカだよ! ベータ、ボクのことをおぼえてるんだね!?」
駆け寄り、ベータのやわらかボディに抱き着くルカ。
『ベータは約73%のデータを喪失した』
お腹にしがみつくルカにむかって、ベータは淡々(たんたん)と告げる。
『しかしルカの名前は覚えている。
姿も、声も、平均体温も覚えている』
「うん」
『夢はかなったか、ルカ』
「……!」
ルカの両目から涙があふれ出した。
「うんやったよ! ボクはやったよベータ!
ボクは……!」
『そうか、頑張ったのだな』
「ヒック……!」
顔をうずめて泣き続けるルカ。
ベータはルカの頭をポンポンとなでた。
やはり二人で積み重ねた物語は大部分が消失してしまったようだ。
いまは良くてもあとあと記憶違いによる摩擦は避けられないだろう。
その時ルカはまた辛い思いをするかもしれない。
けれど大丈夫だろうと勇輝は思った。
一番大切な部分を二人は共有しているのだから。
第四章 完





