損な生き方
しかし……。と、マキシミリアンの思考が永遠に続く無限回廊に閉じ込められていたその時。
若々しい男の通信が戦場に響いた。
『皆、聖女のもとへ集え!
勝利を我らの手に!』
遊撃隊隊員、ランベルト・ベルモンド。
ヴァレリア長官の養子で、次期遊撃隊隊長候補となっている男だ。
まだ二十歳になるかならぬかという歳。
若すぎる、そして露骨すぎる派閥人事を、マキシミリアンは不満に思っていた。
『勝利は目前だ! 諸兄らの助力を乞いたい!』
張りのある声で演説するランベルト。
見た目のよさで養子に選ばれたと噂される男だけあって、なかなか堂々としている。
だが、次の言葉が意外だった。
『今、特等席はわれわれ遊撃隊がほぼ独占している!
諸兄らはまた絶好の機会を逃すのか!
三度も四度もこんな機会があると思うか!』
(何を言いだすのだこの男?)
マキシミリアンは武骨な男である。
騎士としての強さと正しさ以外にはあまり興味がなく、他人を妬むとか羨むといった感情が希薄だった。
そのためランベルトの言う意味がよく分からなかったが、かわりに部下たちが反発し始めた。
『あの男、聖女の義兄だかなんだか知らんが調子に乗りやがって!』
そんなことを言っている部下に事情を聴いてみた。
『あれは一体なんの話をしているのだ?』
『団長のような気高いお方には無縁の、卑しい話ですよ!
あの男、自分たちが天使降臨の手伝いをした件を自慢しているのです!』
ああそういう話か、とようやくマキシミリアンは納得した。
例の魔王戦役の夜。
聖女が天使を召喚した際に護衛として最後まで付き添ったのが彼ら遊撃隊だった。
あの歴史的瞬間をもっともよい場所で目撃し、名を残したことを遊撃隊員たちは自慢としている。
自慢されれば不快に思うのが人情というものだ。
《このままではまた自分たちが手柄を独占してしまうが、それでもいいのかい?》
彼はそう言っているのだった。
『つまりは挑発ということか』
競争意識につけこもうという安っぽい手口だ。
だがあの土壇場でそうそう名案も思い付くまい。
あの若者はあれでも必死に現状を打開しようとしているのだ。
大人として寛大な心で見てやれば、あの態度もそう不愉快なものではない。
『あ、アガガウ心ーっ!』
次に聞こえてきたのは幼い子供の声だった。
アガガって何だ……? と声を聞いた騎士たちは首をひねる。
『勇気とはー! キョーフにまけない心ー! アガガウ心ーっ!』
大声でまくし立てているその言葉を聞いて、誰かがポツリとつぶやいた。
『それ、抗う心じゃないのか?』
プッ!!
何人もの男たちが一斉に噴き出した。
笑いながら誰かが走り出した。
『ククク……。お嬢ちゃん、君も戦っているのかい?』
『んぎぎぎぎ……! うん! ボクも、聖女に、なるんだー!』
スクリーンに映し出された少女の姿は、今まさに力いっぱい魔力を放出して戦っている姿だった。
『よし! じゃあお兄さんたちも協力してあげるからな!』
持ち場を放棄して聖女の輪に加わる男たち。
軽い調子で行ったがその実、死んでもかまわんという覚悟を決めた行動だとマキシミリアンは気づいた。
若者たちの健気な戦いぶりに男たちは心を動かされたのだ。
人は誰でもいつかは死ぬ。決して死の運命からは逃げられない。
ならばこの命、この子たちのために使ってやろうという気になったのだ。
そしてそれはマキシミリアンも同じだった。
『全軍に告ぐ!
部隊を二手に分ける!
一方は聖女の輪に加わり彼女を支援せよ!
もう一方は戦線の維持に努めよ!』
騎士たちは固唾をのんで自分たちがどちらに配属させられるのか、発表を待つ。
一人一人思いは違う。
助けに行きたいものもいれば、あんな大博打に参加したくないものもいる。
だがどんな思いでいたとしても、指揮官の判断ひとつで左右されるのが軍組織というものだ。
しかしマキシミリアン団長は前代未聞の方法で部隊を分けると言いだした。
『貴殿ら一人一人がどちらにつくかを決めよ!
おのれの騎士道精神に問え!
どういう決断をしたとしても後で罪には問わぬ!』
言うなりマキシミリアン団長は眼前の敵にむかって駆けだした。
『私は、地上の敵を食い止める!』
何も言わずともついてきた側近たちと共に、彼は猛然と戦いだした。
もし聖女が勝ったなら、彼らは死を恐れて安全なほうを選んだ臆病者として後ろ指をさされることだろう。
反対に聖女が負けたなら、彼らはなんとしてでもこの場を脱し、民衆を守る最後の力として果てしない地獄道を旅することとなるだろう。
どちらに転んでも損をする、ひどい役目だ。
しかし前線には指揮官が必要だ、誰かが残ってやらねばならない。
マキシミリアンはあえてそんな割に合わない役目を選んだ。
それが若者たちの命をかけた努力にたいする、彼なりの報いかただった。





