遺言
邪竜にとって大切なものとは、結局のところ自分自身だけである。
集めた蒐集物を傷つけられるのは腹が立つが、そのくせ自分が捨てる分にはかまわないと思う。
むしろ役に立てたことを誇れと、傲慢にもそう考えた。
歩兵が正面から敵にくらいつき、騎兵が側面から切り裂くように突撃する。
こういう普段自分たちがやっている戦術を逆にやり返された騎士団は、つい目先の戦いに心を奪われてしまった。
この戦い方の有効性を知っている。
放置したら大損害を受ける。
だが対処は可能だ。
自分たちのほうがうまくやれる自信がある。
なまじ経験豊富であったがゆえに、その場で対応する選択をしてしまった。
弱兵ばかりだったらさっさと逃げ出して難を逃れたに違いない。
部隊を編成しなおし、正面からぶつかり合う。
側面から騎兵を回し、敵陣の切り崩しをねらう。
その敵味方入り混じった展開こそ、格好の餌食であった。
『ガアアオオオオオオッ!!』
邪竜が勝ち誇るかのように吼えた。
巨大な口が大きく開かれ、まばゆい閃光をはなつ。
ジュドオオオォォォォッ!!!
まるで地上に太陽が生まれたかのような眩しさだった。
強烈な閃光は敵も味方も巻き込んで戦場を吹き飛ばす。
直撃した地点は何も残さず蒸発し、大きなクレーターを作る。
周囲数キロにわたって強烈な爆風が襲った。
爆風は大砲を設置していた勇輝たちのところにも届いてしまった。
「ウワーッ!?」
『ルカ!?』
爆風がルカの小さな体をさらっていく。
勇輝はクリムゾンセラフの手をのばす。だが届かなかった。
少女の身体が宙を舞う。落ちたら確実に命はない高さ。
絶望的な光景の中で、それでも懸命に追う姿があった。
エッガイ試作機・ベータだ。
何日も家族のように一緒に過ごしてきた彼が、危険もかえりみずに全力で跳ぶ。
『ルカ!』
「ベータ!」
空中で手をのばしあう両者。
なんとか手を取りあい、ベータはルカを抱きしめた。
「ベータ!」
『大丈夫だ。身体を丸めていろ』
ベータの身体は非常に柔らかい素材で包まれている。ルカを助けられる可能性はゼロではない。
すべての能力と可能性をルカの生存に賭けた。
少しでも衝撃をやわらげられるように。死なないように。傷つけないように。
ベータは自身の安全を放棄し、すべてをルカのために費やした。
ドガッ!!
ベータの身体が砂地に叩きつけられる。
大きく一度バウンドし、さらにゴロゴロと砂の上を転がる。
『大丈夫か! おい、返事をしろ!』
クリムゾンセラフがすぐ駆けつける。
「う、うん……」
なんとルカは即座に返事をし、フラつきながらも立ち上がった。
少なくとも目に見える外傷はないようだ。
『マジかよ! もうダメかと思ったぜ!』
大喜びの勇輝。
だがすぐに笑顔は消えた。
「ベータ、ありがとうベータ!」
後ろをふり返り友達の名を呼ぶルカ。
しかし変わり果てたベータの姿を見て悲鳴をあげた。
「ヒッ!?」
『ぶじカ……ル、か……』
足や頭が千切れ、胴体もひどく歪んでいた。
ルカを抱きしめていた胴体の内側だけが無傷。ここを守るために他のすべてを犠牲にしたのだ。
「だ、だいじょうぶ、なの?」
『ダメだ……は、機能……止、すル……』
千切れた頭がたどたどしい口調で返事をする。
もはや機能停止寸前だ。
ベータ自身が蓄えていたエネルギーがわずかに残っているらしい。
だがあと一分ともつまい。
『乗れ、ルカ』
ベータは残された力でルカに最期の言葉を伝えようとしている。
「えっ?」
『《ネクサス》に……ユm、叶えr……聖jy』
「ベータ!?」
ベータから完全にエネルギーが失われる寸前。
彼はルカにかつて言ったセリフをもう一度伝えようとした。
『勇気とハ……』
とうとうベータは沈黙した。
勇気とは?
何日も前に一度聞いたことがあったはずだ。
しかしなんと言われたのだったか。
「ベータ? ねえ、ねえどうしたのベータ? ねえ?」
ベータの頭をゆするルカ。
しかしもう、友達は冷たい金属の塊になっていた。
ルカの目から大粒の涙があふれ出る。
「ベータああああ!」





