吼える中間管理職
軍司令部はすべての予備戦力を投入し迎撃に当たることを決定した。
万が一無関係の悪魔がこのタイミングで現れたら対応できず酷いことになる。
ヴァレリアをはじめ司令部の人間がそれに気づかないわけもないが、やらねばならない状況だった。
食えば食うほど巨大化し、食った相手の能力を奪う悪魔。
そんな奴が空を飛ぶ能力を獲得し、聖都のそばまで迫っている。
百万人規模の人間が住んでいる聖都ラツィオを、かの悪魔が食いつくしたらどういう未来が待っているか?
……もしかしたら巨大化しすぎて身動きできなくなるかもしれない?
残念ながらそれは無い。
奴ははるか宇宙の彼方から飛来してきた別世界の悪魔。
生まれ故郷はすでに食いつぶし、滅亡させてしまった破滅の漂流者である。
すでに一つの世界を食いつぶしたという実績があるのだ。
だから巨大化しすぎて自滅するということは起こらない。
今ここで止めなければこの世界も確実に同じことになる。
聖騎士たちの戦いは、聖都を守る戦いから世界を守る戦いへと変わってしまった。
『撃って撃って撃ちまくれ!
何がなんでも食い止めろ!』
遊撃隊隊長、リカルド・マーディアーの怒号が戦場にこだまする。
もうすぐ栄光の騎士団長就任が待っているというのに、最後の最後でひどい仕事を押しつけられてしまった。
武に生きる漢として、生きるか死ぬかの戦いは宿命みたいなものだ。
だがこれはあんまりだろう。
こんなバカでかい敵を見るのは魔王戦役以来だった。
地上から爆裂魔法のこめられた矢が無数にはなたれ、肉塊の表面を破壊する。
空を飛ぶ敵には剣も槍も通用せず、この射撃だけが最後の頼みだ。
聖都内部まで敵にたどり着かれればもう誰にも止められなくなる。
聖都には人がいる。機兵もある。武器弾薬もある。
これまで以上に戦法と材料を増やされたらどうしようもない。
もはや逃げることすら難しいだろう。
ここが瀬戸際だ。これ以上強くなられたらまずい。
空戦隊が敵の翼を破壊して墜とそうと努力している。
地上で出来ることは、これ以上先に進ませないことだ。
『矢は全て撃ちつくせ!
後のことなんて考えるな!』
この場でブッ殺せ!!』
唾を飛ばして部下を叱咤するリカルド隊長。
彼が本気で怒鳴るともはや野獣すらも恐れるほどの狂暴さになる。
組織のリーダーは弱気の姿を見せてはいけない。
部下はリーダーの顔を見て状況を判断するものだ。
リーダーの弱気が部下に伝われば、部下は身がすくんで思うように動けなくなる。
だから上に立つものは強そうでなくてはならない。頼もしそうでなくてはならない。
それがたとえ虚勢であっても。
『隊長! 敵の新手です!』
そんなわけで、こんなゾッとするような報告を聞かされても、動揺してはいけない。
『ああ!? どんな奴だ!』
『き、騎馬隊です。ケンタウロスです!』
スクリーンに映像が送られてくる。
まさに今リカルドが乗っている半人半馬と同型の悪魔。
それが群れをなし、前線部隊を突き破ってこちらに狙いを定めていた。
赤黒い肉の槍と盾を人の上半身で構え、強靭な馬の四つ足で突撃してくる。
ケンタウロスまで敵に奪われた。
歩兵と騎兵の連携によって、すでに前線は崩壊している。
ここもヤバイ。
モタモタしていたら歩兵も攻めてくる。
だが退けない。退けば敗北する。
リカルドは即座に敵の意図を理解した。
邪竜本体が前線を突破するために射撃の邪魔をするつもりなのだ。
撤退して自分たちの身だけを守ったとしても、あの騎馬隊は次々と別の射撃班を襲う。
そうこうしているうちに本体は前線を突破するだろう。
ここで自分たちが時間をかせぐしかない。
『全機、弓を捨てろ! 白兵戦用意!』
暴力的で断固たる指示を下す。
文句を聞いている暇はない。
『どっかのバカが馬をとられやがった!
仇をとるぞ!
皆殺しだ!』
『オオオオオオッ!』
部下たちが吼える中、リカルドは司令部に援軍を要請した。
だがはたして間に合うだろうか。
間に合わなければ、酷いことになる。





