神は荷物を背負うように人の背中を作る
『礼など言わんぞ!』
『だろうな!』
神鳥と銀の鷹はたがいに背を向けるようにして戦闘をはじめた。
連携といえるほど上等なものではない。
二人とも後ろから攻撃されたら終りだと知っている。だからお互いを盾として利用した。それだけだ。
『ハアーッ!』
神鳥の蹴りが魚人の顔面をとらえる。そのまま鉤爪で握りつぶした。
『寄こせっ!』
崩れ行く魚人の手から銛を奪い取り、となりの敵に投げつける。
どてっ腹をつらぬかれ、二匹目の敵は動かなくなった。
『戦友の仇!』
三角顔の男があやつる銀の鷹は魚人たちが繰り出してくる銛を次々とかわす。
かわしざま魚人の顔面を鉤爪で切り裂き、敵を悶絶させた。
『ギャオーッ!』
先日の決闘のときも感じたが、やはりこの男は強い。貴族の御曹司とは思えない技の鋭さだ。
『そういえばまだだったな。
私の名はランベルト・ベルモンドだ』
『はあ?』
『貴殿の名をまだ聞いていない。こちらはいま名乗ったぞ』
名乗られたからには名乗り返さなければならない。
それがマナーだ。
男は不承不承返事をよこした。
『ジャンフランコ・デ・シュヴァインベッカーだ!』
彼は戦いながら叫ぶように名乗った。
『……驚いたな』
聖都の南方、アラゴン国の大貴族の姓だった。
みずから悪魔の攻撃をしりぞけながら土地を開拓し、王家から侯爵の地位を与えられた名門である。
『といっても妾腹の三男坊だよ、聖都に来たのも厄介払いさ!』
ああ。とランベルトは内心でうなずいた。
妾腹とは愛人の子ということである。
正妻の子以外は継承権がないというのが貴族の決まり事である。
しかしそれでも大貴族の子ならそれなりの身分と財産は与えられる。
金。屋敷。土地。
侯爵家からすればけっこうな散財である。
それを嫌ってジャンフランコ氏は神に仕えることを強いられた、という話らしい。
高貴な血筋の者が神に身を捧げれば、その家は数代にわたって栄えつづける。
こういう話は世界中にある。
どうにも支配者階級に都合の良い《設定》に感じられるが、実際に古今東西色々な国や文化圏にあるのだ。
《厄介払い》されたと言いはなったジャンフランコ氏の胸中は、さぞ荒涼たるものがあるだろう。
邪魔者として生まれ、生贄として売られた。
最後に残された男としての誇りが、聖書ではなく剣を選ばせた。
彼の強さの秘密はそんなところか。
『神は荷物を負うように人の背中を作る、か』
ついしんみりした気分になってしまうが戦闘中である。
不気味に改悪されてしまった魚人型の悪魔は、人間の都合などお構いなしで襲ってきた。
『まずは生き残るぞシュヴァインベッカー殿!』
『その名はやめてくれ、長すぎて嫌いなんだ』
複雑な生い立ちをもつ不遇の御曹司は、ランベルトの顔も見ず不愛想に言った。
『ジャンでいい。僕も貴殿をランベルトと呼ぶ』
多少は認めてくれる気になったのかどうか。
不愛想な表情からはどんなつもりでいるのか判別できない。
『援軍がきたぞランベルト!』
上空から他の飛行部隊が続々と降下して来る。
仲間は死に、敵は翼を得た。
だがまだ諦めるには早い。





