戦場の甘い罠
ガッシャ、ガッシャ、ガッシャ、ガッシャ……!
新型機兵《ネクサスⅡ》とエッガイチームが超大型大砲を戦場まで運搬中。
いちおう運搬用の車輪が土台四カ所についているのだが、砂に足をとられて思うように動かず時間がかかっている。
「うわあすごいや……!」
ルカはエッガイ試作機・ベータとともに大砲の上に座り、戦場を一望した。
海上に浮かぶ巨大な肉塊のような悪魔。
その上で争う鳥と空飛ぶ魚。
海岸では敵の機兵みたいなものが上陸して白兵戦が始まっている。
また離れた場所では陸から海上にむかって射撃戦が展開されていた。
『ルカ、戦場は初めてか』
「ううん、えっと、なんかいめだろ?」
ベータに問われてルカは指折り数えた。
意外とルカは経験回数が多い。
クリムゾンセラフのデビュー戦。
魔王戦役の夜。
トビサメ相手に無茶な実験をして両手を溶かしてしまった時。
そして本日、邪竜戦。
「んとね、よんかいめ!」
『そうか、ルカは我々の二倍も経験しているのだな』
「うん!」
ルカは目をキラキラ輝かせながら戦いを見つめている。
この世界の子供たちは、戦争の怖さよりもかっこよさの方を重視して育てられるからだ。
聖騎士や守護機兵に憧れ、信用することで悪魔の発生数は減少する。
軍に巨額の国費があてられていることの理解も得られやすい。
そのため戦争はすごいもの、かっこいいものだという空気が文化的に育まれている。
「あっいた!」
最前線で宙を舞い、味方の支援をするクリムゾンセラフの姿を見つけた。
やはりルカにとっての一番はクリムゾンセラフとユウキおねえちゃんだ。
フェザーボムの爆発が海岸の砂を巻き上げ目くらましを作る。味方はその好機に戦場を離脱した。
「おーい! おーい!」
ルカはクリムゾンセラフにむかって大きく手を振った。
『あっお前、帰れって言ったのに!』
「へへへ……」
ルカは笑ってごまかそうとした。
どうやら一度痛い目を見ないと戦いの怖さが分からないらしい。
困ったものだ。
困った連中は、空にもいた。
『ハッハッハッ、これで五体目撃墜だ!』
『調子が良さそうだな、こちらももう四体だ!』
上機嫌で戦果をたたえ合う銀の鷹の乗り手たち。
例の第一騎士団の三人組だ。
トビサメの攻略法がハッキリしているので、調子に乗って数を競い始めたのだ。
とにかく空中での待ち戦法が安全でしかも確実。
これ見よがしに空を旋回して挑発してやると面白いほど釣れた。
神鳥に乗って伽藍鳥の側で待機するランベルトは、彼らに苦言をていした。
『貴殿ら、離れすぎだ。
任務はあくまで護衛だぞ!』
トビサメは無尽蔵に近い印象でいくらでも飛んでくる。
結局は本体を叩かなければ終らない。
そして本体を叩くのは空爆部隊の仕事で、重い爆雷を大量に抱えて飛ぶ彼らを守るのがランベルトたちの役目だ。
どうも彼らは作戦の本質を忘れて個人の武功を優先してしまっているとしか思えない。
『人聞きの悪い言いかたはやめてほしいなランベルト殿』
アゴのとがった三角顔の男が、嫌なにやけ面で反論してきた。
『ちゃんと敵を討って寄せ付けないようにしているではないか。
それに他の連中も同じことをやっているぞ?』
ランベルトは舌打ちした。
確かに周囲の飛行部隊からも弛緩した空気がただよってくる。
簡単なくせに大量の敵。
またとない稼ぎ時に酔っているような気配がある。
『だが敵がいつまでもこんなことを続けるとは……』
『あんなデカいだけの獣をそれほど警戒する必要があるのかね?
次の手があったとしても、臨機応変に戦うだけさ』
『…………』
聞くつもりがない相手にこれ以上なにを言っても無駄だ。
ランベルトは彼らに話しかけるのをやめた。
『クラリーチェ、お前はいつでも対応できるよう注意していてくれ』
『ええ』
義妹はさすがに戦争の怖さを知っている。
『でも、とりあえず戦果は上がっているわ。
私たちがなんとかしないと陸戦隊の苦労が続くわよ』
邪竜がはなつ精神攻撃のせいで陸は押され気味だ。
横からの遠距離攻撃は効果が弱まってしまったので、上、つまり空戦隊が活路をひらくべき戦況である。
『今のままなら、それでもいいが』
あの化け物に知能があること。
それはここまでの戦いぶりで明らかだ。
我々人類の武功争いのために、いつまでもこんな雑な攻めを続けるとも思えないのだが。
唇を噛みながら悩んでいると、にわかに友軍から歓声が上がった。
『すごい大群だ、いよいよ本気を出してきたぞ!』
『稼ぎ時だ、気を抜くなよ!』
邪竜のまわりからボコボコと大量の気泡がわきあがった。
これまでの数倍の数だ。勝負をかけてきたのは間違いない。
『貴殿はいかないのかい、ランベルト殿?
思慮深さと臆病さは別のものだと思うがねえ?』
『何ッ!』
『ハッハッハッ……!』
丸、三角、四角の顔をしたおでん三兄弟(名づけたのは勇輝)はランベルトを嘲笑し、武功争いに行ってしまう。
ランベルトも激情に駆られて行きたいと思ってしまうが、しかし。
何かが、何か嫌な予感がして、その場にとどまった。
『ランベルト』
『ああ』
クラリーチェが不思議そうな顔で顔色をうかがってきた。
『意外ね、私はてっきり……』
一緒に行ってしまうものかと。
言外にそう告げられた。
『……行きたいさ。
けど何か嫌なんだ、あの気配は』
何度も戦場で死にかけた事によってランベルトの勘はするどく磨き上げられていた。
大群が向かって来ようというのになぜ味方は喜んでいるのだ。その時点でかなりおかしい。
これは罠だ。油断するよう怪物に仕向けられたのだ。
あれは危険だ。
確信がもてた。





