《矢》の陣
「ぐ、うう……!?」
異変は生身で弩砲を撃っていた部隊から起こりはじめた。
「頭が……! なんだこれは……!」
「ぐうう! 頭が割れそうだ! クソっ!」
邪竜から放出された強力な思念波をあびて、騎士たちが苦しみだす。
『オオオオオンンン!!』
海岸にむかって雄叫びをあげる邪竜。
だが騎士たちは声に恐怖しているのではない。
いうなれば殺意、悪意、敵意。
悪魔を悪魔たらしめている悪想念そのものが魔法として放たれていた。
『何だこれは、クッ、耳をふさいでも頭に直接響いてきやがる!』
すぐに守護機兵の中にまで影響は出はじめ、海岸に布陣していた機兵たちが同時に苦しみだす。
めまいがした。
吐き気もひどい。
冷汗が止まらない。
胸が苦しい。
動悸、息切れ、偏頭痛。
最悪の気分だ。
あえて分類するならバッドステータス恐慌を引き起こす精神系魔法攻撃ということになるか。
『グオオオオ!』
邪竜本体から放たれ続ける圧力の前に、騎士たちの士気がみるみる低下していく。
士気が下がれば攻撃の手もゆるむ。
射撃の頻度が低下して、つけいる隙を与えてしまった。
海中から巨大な烏賊の触手がのびてきて、苦しんでいた小型機兵・兵卒を捕まえた。
『うわ、うわあああっ!』
兵卒は海中に引きずり込まれ、そのまま無反応になった。
『くっ、気をつけろ、すでに白兵戦の間合いに入られているぞ!』
『気をつけろったって、こんな状態じゃあ……』
精神をかき乱されている所に、視界の通らない海中からの奇襲攻撃。
対処の難しい合わせ技をうけて、海岸線を守っていた機兵たちは弱腰になった。
『仕方がない、全軍、五十歩後退』
マキシミリアン団長は陸上部隊に後退を命じた。
五十歩というとあまり大したことないようだが、人の足ではなく機兵の足での話だ。けっこうな距離を開けることになる。
『敵本体はどうせ陸には上がれぬ。陸と空からじっくり攻め続け、敵の疲労を待てばよい』
敵がやる気を見せているからといって素直に応じる必要はない。
第五騎士団の団長は淡々とした冷静なタイプだった。
命令を受けて、各隊はジリジリと後ろへ下がっていく。
距離をとれば精神攻撃の威力も下がる。やっと一息つくことができた。
だが、逃げ遅れている隊が一つ。
悲鳴のような声で騎士団長に救援を求めてきた。
『てっ敵の、敵の、兵卒から攻撃を受けています!
こいつら俺たちの真似を!』
赤と黒の入り混じったおぞましい色合いの兵卒が続々と上陸してくる。
手には弓矢やボウガン、魚人の銛を与えられた者もいた。
先ほどさらわれていった兵卒を早くも実戦投入してきたらしい。
この援軍要請を無視すれば味方はみな殺され、また敵のエサにされてしまう。
『……十機、私について来い』
マキシミリアン団長はみずからケンタウロス騎兵に乗って、側近とともに駆けだした。
盾と槍を正面にかまえ、弾丸のような鋭さで先頭を行く。
『《矢》の陣でかかれ』
命をうけて側近たちは無言で陣形を整えていく。
団長の左右に一機ずつ、残りは真後ろに続いた。
中央の突破力に特化した超攻撃型の陣形だ。
乱戦になっていた部隊を救助すべく、十一機のケンタウロス騎兵は敵の横っ腹に突撃した。
騎士団長の槍が敵の胴体をつらぬき、馬蹄が顔面を蹴り飛ばす。
左右の騎兵は敵の横槍をふせぎ、それぞれ敵を血祭りにあげる。
後続の騎兵たちも最前列の活躍に続き、団長のあけた突破口を拡大させていく。
『早くゆけ』
『す、すいません!』
助けを求めいていた部隊は礼を言って後退していく。
目的はこれで達した。
あとは団長たちも後ろ足で砂をかける勢いで退散するのみ。
しかし敵はしつこく、騎兵の尻を追ってくる。
『むっ』
マキシミリアン団長が短くうなった。
執念ぶかくつきまとっていた敵兵卒の一体が、どこに隠し持っていたのか長い海草をロープのように飛ばしてきたのである。
海草は団長が乗るケンタウロスの胴体にガッシリとからみついた。
『団長!』
側近が血相をかえて叫ぶ。
敵は銛を一斉にかまえ、投げて串刺しにしようと狙いをつけている。
ここまでか。
団長は覚悟を決める。だが空から救援がきた。
『させるかーッ!』
上空から日本刀が降ってきて、海草をつかんでいる敵を脳天からつらぬいた。
直後、日本刀は閃光に包まれて爆発。
ドオオオン!
爆風が砂を巻き上げ、視界を遮断した。
『大丈夫っすか?』
『……聖女殿か』
助けに来たのはクリムゾンセラフであった。
勇輝も先ほどの救援要請を聞き、ここに向かって来ていたのだった。





