邪悪な略奪者
――また聖女の珍兵器が投入されるらしい。
戦場でそんな会話を受信して、ランベルトはなんとも言えない気分を味わわされた。
(あの子の評価はずいぶん低いな)
純粋に戦績を評価すればおそらく世界一の悪魔討伐数を誇り、テロ事件をほとんど単独で解決したりと超人的な大活躍をしているはずなのだが。
(原因は素行不良だな)
男言葉とマナーの悪さを何とかすれば――などと、ランベルト自身もかつては思ったものだ。
今となっては戦士としての積極性を奪うことになりかねないのでおざなりになっている。
お上品に男のエスコートを待つような淑女ではとても戦えないから。
ごく身近にいるランベルトたちが止めないから、勇輝はすっかり雄叫びを上げながらニホントウとやらを振りまわす、荒くれ者となった。
周囲の評価がいま一つなのはまあ、かつてのランベルトたちが抱いていた印象を時間差で体感しているという事なのだろう。
――あの聖女、性格さえまともなら最高なんだけどなあ。
こんなことでも考えているに違いない。
だが期待するだけ無駄だ。
美しいのは見てくれだけで、中身はむしろ激しさが増してきている。
あれを口説ける男なんて世界中探しても見つかるまい。
『ランベルト、来たわ』
義妹のクラリーチェがランベルトを呼ぶ。
『分かっていて?
あの銀の鷹を護衛するのよ?』
『ん? ああ、分かっているとも』
後方から高速接近する味方機を確認。
両足に輸送用のコンテナボックスをつかんでいる。
箱の中身は例の珍妙な偵察機だ。
ランベルトたちに与えられた任務はいたってシンプル。
左右同時にドローンを展開させるから、そのうち右側を護衛しろと。
『大丈夫? あくまで任務は護ることであって攻めることではないわよ?』
『……どうしてそんなに子供あつかいするんだ』
『だって最近のあなたを見ていると十年くらい幼くなった気がするんだもの』
『馬鹿なことを』
こんな時に兄妹でゴチャゴチャやりあっているのを聞いて、輸送をまかされた聖騎士は不安そうな声を出した。
『だ、大丈夫ですかサー・ベルモンド?』
『問題などあるわけない。さあ行こう!』
神鳥と二羽の銀の鷹が邪竜の潜む毒霧の外を右回りで飛行する。
同時に他のチームも左回りで飛んでいった。
散発的なトビサメの攻撃を軽くあしらいながら、ランベルトたちの任務は順調に進んだ。
『本当にこんなものが役に立つのでしょうか?』
毒霧の中にゆっくりと侵入していくドローンの姿を見て、輸送係の男が疑問を口にする。
守護機兵銀の鷹の雄姿に比べれば、ドローンの大きさなど羽根一枚にも満たない小さなものだ。
上からの命令でなければこんな物の輸送など御免こうむりたいと思っているのだろう。
『ええ、見た目はあんなだけど、偵察能力だけはちゃんとしたものよ』
『へーえ。まあさっさと終わらせてしまいましょう』
クラリーチェに保証されても、男は納得しかねる様子だった。
すでに四機のドローンを霧の中へ送り込んでいる。
あと一機送ればこちらは終了だ。
三人は右回りに仕事を行っているので、終り頃に逆回りの他チームと合流できるだろう。
最後に向こうのチームが真上からドローンを降下させて任務終了だ。
トビサメもちょくちょく攻撃を仕掛けてくるが、来るとわかっていればあわてるほどでもない。口にさえ気をつければいいだけの単純な敵だ。
最後のドローンも無事に送り終えることができた。
念のため霧から少し距離をとって、三人は仲間との合流を待つ。
やることが無くなってしばしの雑談タイムとなった。
『いやサー・ランベルト、その機兵は良いですね』
『そうだろう?』
神鳥をほめられて、ランベルトは嬉しそうな笑顔を見せる。
新しいおもちゃを買ってもらって自慢する男の子みたいな顔だ。
こんなだから妹に子供あつかいされる。
『両手両足がある、というのは単純にうらやましいですな。
攻撃と防御が同時にできるし、他にもいろいろ使い方がありそうだ』
『そうなんだよ!』
男たちが《大きなオモチャ》の話で盛り上がる中、クラリーチェは一人冷めた空気を発していた。なにがそんなに嬉しいのか彼女には今ひとつ理解できない。
そんなこんなで時間をつぶしているうちに、他のチームがようやく姿を見せる。
ずいぶん待たされたものだ。
むこうに多くの敵が集まってしまったからこちらが楽できたのだろうか。
『助けてくれ!』
先頭を行く銀の鷹が、救助を要請してきた。
見ればずいぶん負傷している。辛うじて飛行するのがやっとというダメージ。
『み、味方が!』
フラフラと頼りない飛び方でこちらへ近づいてくる。
『味方とはぐれてしまったのか!』
顔色を変えるランベルトに対し、相手は首を横にふった。
『違う! 味方が、味方が……!』
その時、毒霧のむこうから何者かの影が姿を見せた。
『味方が襲ってくるんだ!』
叫び声と同時に霧の中から棒状のなにかが飛んできて、銀の鷹を串刺しにした。
あっという間もなく海に墜落していく。
正確に搭乗席を狙った一撃だった。もう彼は助からない。
それ以前に、ランベルトは目の前の敵がはなつ殺気から目が離せなかった。
『バカな……!』
霧の中から現れたのは、赤黒いグロテスクな色をした魚人。
手に銛を握りしめた姿は見間違えようもなく、第五騎士団の水中専用機兵魚人だった。
邪竜は守護機兵すら喰らい、吸収し、自分のものとしてしまったのだった。





