皇女の投じた一石
茶会に参加していたご令嬢がたは、テーブルの上にチョコンとあらわれた卵を見ていぶかしげな表情を見せた。
「エッガイ、起きろ」
勇輝が声をかけると、卵の戦士はガシャンガシャンと音を立て、頭と手足を伸ばした。
そして小気味よく一礼。
コミカルな姿をした人形が頭を下げる姿を見て、ご令嬢がたは顔をほころばせた。
「卵の戦士エッグ・ガイ、略してエッガイです。
実際はこれの十倍以上大きいですが、こいつをどっかその辺に置かせてほしいんです」
「まあ、ずいぶん可愛らしい外見の戦士ね。
この子が私たちを守ってくれるというの?」
マリアテレーズにそう問われて、勇輝は首を横にふる。
「正確にはちょっと違います。こいつは自律歩行型魔力収集装置なんですよ」
「……皆さんにも分かるように言って頂戴」
「実際にやってみせますよ。こいつは周囲の魔力を吸収して蓄える能力があるんです。
もうすでにこの部屋の中にあった魔力くらいなら吸いつくしているんじゃないかな」
勇輝は服のポケットをゴソゴソと探って、綿埃を取り出した。
特に発火しやすいと言われている物体である。
「エッガイ、プラズマシールドだ!」
命令を受けて、ミニエッガイは素早くバッ! と両手を上にあげる。
すると。
バチッ! バチバチッ!
ミニエッガイの周囲を20センチメートルほどの球体が包んだ。
まるで小さな雷のような光が表面を走り、バチバチ音をたてている。
勇輝はその光る球体の上から綿埃を落とした。
ボウッ!
綿埃は一瞬で炎に包まれ消滅する。
燃え上がる炎と音に、ご令嬢がたは息をのんだ。
「このように、人間ってのはそこにいるだけで魔力を発散し続けているんです。
その魔力を吸収し、燃料にして聖都を防衛するシステムにしようってのが、いま俺の考えているエッガイシステムです」
ポテッ。
勇輝が語っているうちに、バンザイし続けていたミニエッガイは力つきて倒れた。
倒れたまま、ピクリとも動かない。
「ありゃ、人数少ないとこんなもんか。お疲れさん」
ミニエッガイを指でコンコンと二回つつく。
すると役目を終えた彼は溶けて、再びテーブルの一部に戻った。
「ふうん……」
皇女殿下は自慢の金髪ドリルをかきわけながら、エッガイが倒れていた場所を見つめる。
「そのエッガイという物、大きくなればもっと強くなるのよね?」
「もちろんです!」
自信満々に胸をはる勇輝であったが、これは逆効果であった。
「ではダメよ」
「えっ!?」
「防犯対策にはなりそうだけれど、事故をおこした時に大けがをさせてしまうのではなくって?
我が校には生徒や教師だけではなく、父兄や業者も敷地内を出入りする事があってよ。
この卵はどうやってお客様と侵入者を区別するのかしら?」
「むむむ」
館の主がNOを突きつけたので、ご令嬢たちもいっせいに言いたいことを言いだした。
「何がむむむです」「やっぱり聖女さまは戦場にいるのがお似合いですわよねー」「そうですわよねー」「みなさまそんなに言っては可哀そうですわよホホホ」
とにかく、上から目線で嫌味を言うのが大好きな連中である。
「いや、いやちょっと待ってくれみんな。
エッガイはあくまで『溜める』ための存在だ、使うのは他の道具でやるのも想定されているから。
警備員さんとかに武器持たせたって良いんだよ」
勇輝のイメージとしてはアメリカで使ってるテーザーガン。つまり射出式のスタンガンなどのアイデアがある。
だが暴力とは無縁のお嬢様がたにあれのニュアンスを伝えるのは難しい。
「とにかく、もっと安全性や実用性を配慮したものを持って来て頂戴。
あと学園長の許可も必要よ」
「あ、はい……」
なんだかヴァレリアと同じようなことを言われてしまった。
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる周囲のご令嬢がたであったが、続くマリアテレーズの言葉にギョッと目を見張った。
「あなたに意地悪をしたくて言っているのではなくってよ。
わたくしは貴女とヴァレリア様のことを本当の意味で応援したいと思っているの」
主のその言葉を聞いて、壁際でじっと控えていたメイド兼護衛のカミラが顔色を変え、皇女殿下に耳打ちした。
「殿下、それ以上のことはあまりお口になさらない方が……」
「良いのです」
マリアテレーズはカミラの制止をあえて拒絶した。
「女の身で世の中を変えられる時代が来るとしたら、それはこの子とヴァレリア・ベルモンド様がもたらしてくれるに違いないわ。
史上初の女性教皇が誕生するかもしれないという時代にあって、ただ座してお茶を飲んでいるだけの女でありたいとは思わなくってよ」
シン、と室内は静まりかえった。
カミラは渋い表情でうつむいている。
ダリアはさすが我が主君! と情熱的なまなざしで皇女殿下を見つめている。
他のご令嬢たちはヘタに巻き込まれないよう、貝のように口を閉ざしてしまう。
「……???」
勇輝は何がおこったのか理解できず、まわりの顔をキョロキョロとながめていた。
マリアテレーズはそんな様子を見て苦笑する。
「ちゃんと勉強なさい。
そんなことではベルモンド枢機卿のお力にはなれなくってよ」
今、マリアテレーズは『自分は親ヴァレリア派である』と公言したのだ。
ジェルマーニア帝国の皇女殿下が自ら、だ。
当然このことはご令嬢たちを通じて他国の王侯貴族や聖都内の教皇・枢機卿たちへと伝わるだろう。
それで何がどう変わるのか?
とりあえず表向きは何も変わらないだろう。
だが水面下でコソコソと動きまわる人々が増えるのは間違いない。
マリアテレーズ皇女殿下は静かな水面に一石を投じたのである。
大きな波紋をよぶ一石を。
「……?」
首をかしげる勇輝。
まったく何も、わかっていない。





