羹に懲りて膾を吹く
手が溶けるほどの苦痛を糧とし、いよいよ新型機兵のイメージが固まってきた。
生半可なデザインでは機体がもたないので選択肢が無いともいえる。
まずはそもそもの開発目的である大火力魔法の使用に関して。
これは今のところ機兵と同じくらい巨大な砲台を用意して運用することにした。
重い、デカい、そのくせ壊れやすいという最低のスペックだが、とりあえず一発は撃てる。
名前はシンプルに『炎』と仮称した。
ちなみに威力がありすぎて聖都の中では使えないことが判明した。
あくまで城壁の外で、遠距離から接近してくる敵に対してのみ使用可能。そういう縛りを設けないと、人間たちみずからの手で生きる場所を破壊することになるだろう。
ちなみにこの武器、使用することで悪魔の発生そのものを抑制できるというウソのように都合の良い事実が判明した。
エネルギー源が人間の発散した魔力だからだ。
悪魔の材料とほぼ同じ成分を使うため、定期的に使用して悪い感情が蓄積されないようにすれば個体の誕生数を減らせることになる。
同時に天使を作り出すエネルギーも消費してしまうため、その点は改良の余地がある。
「……海で花火大会でもやればいいんじゃねえかなあ?」
これは夕食の時に家族の前で勇輝がなんとなくつぶやいたセリフだが、周囲もけっこう賛成してくれた。
街から出る危険な廃棄物を昇華してはなたれる閃光。
これは逆に市民を喜ばせるエンターテイメントとなることだろう。
『苦』を減らし『楽』を増やすことができれば、悪魔はさらに減少することになる。
良いことずくめのようだが、威力がありすぎて危険なのは前述のとおり。
テロ組織などに悪用されたら取り返しのつかない事態をまねくため、管理は厳重に行われなくてはいけないだろう。
まさに諸刃の剣。
ある意味勇輝らしい発明だ。
何をしでかすかわからない危なっかしい性格が現れているようにも思われる。
勇輝は物は試しにと、遊撃隊隊長リカルド・マーディアーに新型機兵を見てもらうことにした。
「で? このバケモンみてえな武器をぶっぱなすのがこっちの機兵ってぇわけか?」
「そうっす」
アゴヒゲをさすりながら細部までジロジロと機兵を見つめるリカルド隊長。
隊長と呼ぶのも残りわずかだ。一か月もしたら騎士団長殿とお呼びしなくてはならない。
彼が見上げているのはこれでもかというほど重装甲でかためた超重量型、二足歩行の機兵。
名前はさんざん悩んだが、とりあえず『中枢』ということにした。
そのうちもっとしっくりくる名前に変えよう。
「……ちゃんと歩けんのかこれ?」
「まあ、いちおう」
ひと目で弱点を見抜くあたり、やはり現役バリバリの戦闘指揮官である。
このネクサスは両肩に可動式の大盾がつけられており、いざ砲撃という際には前方をガッチリとふさいで高熱から機体を守る。
また吹き飛ばされないよう足まわりもガチガチに強化してあり、どうしても動きは鈍重になってしまっている。
「お前、実戦でやらかして両手消し飛んだんだって?」
「……はあ」
「それで出来あがったのがこれか」
リカルドは腕組みをしながら機兵をにらみ、眉間にしわを寄せた。
「ビビりすぎだ、こんな図体じゃ撃つ以外何にもできねえウドの大木だろうが」
「い、いやでもマジでヤベー威力があるんで、その!」
「いくら頑丈にしても動けない的じゃあ敵にいたぶられるだけだ。
そもそも威力の調整もできない武器なんぞ危なっかしくて使えるわけねーだろ」
「う……」
隠していた恐怖心を見破られて、勇輝は動揺した。
羹に懲りて膾を吹く、ということわざがある。
羹とは熱々の煮込み料理。
膾とは冷菜である。
熱々の料理を食べて火傷してしまった人物が、冷たい料理に息を吹きかけて冷まそうとする。
そんな過剰反応をしてはいけないよ、という言葉だ。
今、勇輝はその膾を吹くような機兵を作ってしまっていた。
「戦場では都合の悪い事がいくらでも起こる。
最低限の通常戦闘はこなせるようにしとけ」
「はーい……」
しっかりダメ出しされてしまった。
命のやり取りをする兵器の開発だ。
簡単なわけがなかった。





