幼い幻想
エッガイを使った初戦闘は成功といえないものであったが、サメの新型悪魔を退治すること自体は成功した。
自爆まがいの失敗によって大ダメージを負ったクリムゾンセラフは、通報をうけて駆けつけた第五騎士団の機兵たちによって保護。軍本部に護送された。
『やれやれ、私事にかまけている場合ではなくなってしまったね』
すっかり勝負熱が冷めてしまった第一騎士団の三人組は、聖女のダメージが生死にかかわるほどではないと確認したのちに帰っていった。
『なかなか良い機体ではないかランベルト殿』
『えっ?』
意外な言葉をかけられて驚くランベルト。
『勝負の続きはまたの機会としよう』
一方的にそう告げると、三羽の銀の鷹は飛び去ってしまった。
『そちらの勝ちでいいと言ったろう?』
ランベルトは苦笑した。
貴族出身というのは厄介なものだ。プライドが高すぎる。
そのプライドの高さが妙に憎めないと感じてしまうのも、また厄介だった。
「いや~まいったまいった」
ほどなくして意識をとりもどした勇輝はあっけらかんと自身の失敗を笑った。
「やっぱゴツイ砲身を作らないとダメだな。死ぬかと思った!」
医務室のベッドの上で元気に笑顔をふりまいている。
クラリーチェがあきれて天をあおいだ。
「本当に気をつけなさいよ、あなた成功も失敗も派手すぎるのよ。
そんなんじゃいつか本当に死んでしまうんだからね?」
「へーい」
生返事をしながら、すでに勇輝は新型機兵のデザインに思いをはせていた。
かなり弱い力しか集まっていなかったはずなのにあの威力。
本格的に運用するとなると、そうとう頑丈に作らねばなるまい。
「ちょっと、話を聞いてるの?」
「聞いてるよ姉ちゃん」
口うるさい義姉の説教に辟易する勇輝。
そのかたわらで、妙にションボリするルカの姿があった。
「どうかしたのかい?」
ランベルトが優しく話しかけても、ルカは首を横にふるだけだった。
「どした? 腹でも痛いのか?」
勇輝が優しくない気づかいを見せても、ルカは首をふった。
「……死んだかと思った」
「あん?」
「お姉ちゃん、死んじゃったかと思った!」
ルカは目に涙を浮かべながら大声で叫んだ。
そして背を向けて医務室を飛び出していく。
「えっ、おい?」
驚いた勇輝は声をかけたが、そのままルカは出ていってしまう。
エッガイ試作一号機・ベータがその後ろを追いかけていった。
「どうしたんだあいつ」
ベッドの上で首をひねる勇輝。
義兄姉たちはルカの気持ちを察したようだった。
「あなたの機兵が動かなくなったのを見てショックだったのよ」
「ショック?
でもあいつそんなヤワじゃねーだろ?」
ルカが戦いを目撃するのは、少なくとも二回目である。
一回目はクリムゾンセラフと一つ目巨人の殴りあいを見たときだ。
魔王戦役の夜にもっと色々な戦いを見ている可能性もある。
そういう経験がありながら今日こうやって首を突っ込んでくるのだから、ショックをうけて泣きだすような子供ではないと思うのだが。
「ショックの方向性が違う」
ランベルトが渋い顔で首をふった。
「あの子にとっては、最強無敵だと思ってた天使が初めてやられたんだよ。
スーパーヒロインだと思ってたユウキが、普通の人間みたいに気絶して動かなくなったのが衝撃的だったんだ。
大げさな言いかたをすれば、信仰心がダメージを受けたんだよ。
あの子の中にあるオリジナル宗教、『聖女信仰』がね」
「んな大げさな……」
勇輝にはピンとこなかった。
この世界に来てから何度も苦戦している。失敗もしている。
自分が完全無欠だなんてことは、絶対にありえない。
「子供はね、そうやって理想と現実を知るんだよ」
ランベルトは憂いをおびた表情でそんなことを言う。
「あの子たちはきっと自分で思っている以上に幸福なんだよ。私たちがあの子くらいの時は、もっと戦争は深刻なものだった」
勇輝はハッと表情を変えた。
ランベルトとクラリーチェは戦災孤児である。
戦災ということは悪魔に家族を殺されたということだ。
天使も聖女もいない厳しい世界で、彼らは辛い子供時代を送ってきたのだった。
当然、戦争というものの悲惨さを深く理解している。
一方ルカは戦いの良い部分しか知らなかったのではないか。
街がパニックになって親とはぐれてしまったあの日。
泣いていたら美人のお姉ちゃんがなぐさめてくれて、天使に乗って悪魔をやっつけてくれた。
また次の日、大きな地震がおこって魔王が復活。
教会に避難してお祈りしていたら、天使が降りてきて全部やっつけてくれた。
それからも聖女と天使はずっと活躍を続けている。まるで絵本や舞台演劇のヒロインのように。
幼児期にこんな濃厚すぎる勝利体験を積み重ねてしまっては、戦争というものに甘い幻想をいだいてしまっても仕方ない。
だから自分も聖女になりたいと思うほどになった。
その思いが、今日はじめて傷ついたのだ。
天使は絶対無敵ではなかった。
聖女は完全無欠ではなかった。
当たり前の話なのだが、子供の幼い幻想はそれを当たり前だとは思っていなかったのだ。
「……どうすりゃいいんだ」
勇輝は二人にたずねたが、兄も姉も首を横にふるしかない。
「自分で考えて行動させるしかない。
もう君の所へ来なくなるかもしれないし、逆にもっと来るようになるかもしれない。
どちらの結果になってもあの子の人生だ。
親でもない私たちがあの子の人生を決めるわけにはいかないよ」
「……そうだね」
勇輝はうなずき、ルカとベータが出ていったドアを見つめることしかできなかった。
ルカの家にベータを預けるようになって数日。
もうずいぶん馴染んでいる様子だったが、今どういう会話をしているのだろうか。
気になったが、干渉しすぎるのは良くないと言われたばかりだった。





