銀の乙女とよばないで
『オオオッ!』
ランベルトが吼えた。
神鳥の全身に力がみなぎり、さらに加速する。
敵の銀の鷹を抜き去り、単独首位となった。
「やった!」
神鳥が抜き去る姿を見て、後方で喜ぶ勇輝。
だが。
『やってないなあ、残念だけどね!』
三角顔の銀の鷹はススっと静かに城壁側に寄り、九〇度姿勢を傾けた。
城壁に機体の腹をくっつけるかのような状態をつくる。
そして壁に激突しそうでしない、ギリギリのラインを器用に飛行し続けた。
『ハアーッ!』
ランベルトの神鳥はもっと城壁から離れた安全なルートを激走し続ける。
銀の鷹は危険な最短ルートを。
神鳥は安全だがやや遠回りなルートを。
……ランベルトはほぼ全力で飛ばしているのに、ほとんど差は開いていなかった。
単純に遠回りなだけが理由ではない。
ランベルトの操縦はまだまだ荒く、イメージ通りのラインを飛行できていない。上下左右にブレがあるのだ。
見事に最短ルートを高速飛行する敵に対し、神鳥の動きには無駄がある。
だから思ったように差が開かない。
『パワーだけではダメなんだよ、空の戦いってのはさ!』
『くっ!』
全力で逃げる神鳥。
余裕で追う銀の鷹。
順位は勝っているが、状況は良くない。
「やべえ、あいつ結構やるじゃねえか!」
嫉妬に狂ってケンカ売ってくるようなゲスだから大した奴ではないと思いきや、なかなかどうして本職の機兵乗りだ。
練習中の不慣れな機体では、ちょっと厳しい相手かもしれない。
競り合いを続けながら二機は北門の前を通過した。
レースは残り半分。
『フーッ』
銀の鷹から、ちょっと息切れする声が聞こえた。
『そろそろ第二フェーズといこうかランベルト殿』
『ハア、ハア、望むところだ!』
ランベルトの息も荒い。
二人ともスピードの飛ばし過ぎで苦しくなってしまったようだ。
このまま無茶なペースを続ければお互い完走できるかどうかあやしくなる。
二機は同時にスピードを落とし、後ろを飛んでいた第二グループの接近を許した。
『ふん、いい機体ですなランベルト殿!』
『聖女様のお手製とは、まっこと色男は得ですねえ!』
丸と四角が速度を上げてランベルトにからんできた。
からんできた、とは言ってもぶつからないような距離感は守り、しかし視界内には入ってくるという職人技的な嫌がらせをしかけてくる。
こっちの男たちもなかなかの技量だ。
視界内をフラフラ動かれることで、ランベルトは急加速ができない状態になってしまった。
さっきと同じように猛スピードを出せば、どちらかに衝突する危険がある。死人がでる可能性大だ。
『やめなさい! この卑怯者!』
クラリーチェが二人を責める。
だがまさか鉤爪で攻撃するような真似ができるわけでもなく、口で言うことしかできない。
そのあたりの駆け引きを分かっているから、男たちは余裕の笑みをうかべて軽口を言った。
『これはルール通りですよ《銀の乙女》殿』
『だけど! こんなのは騎士の戦いではないわ!』
『そんなにお堅い事を言わず。せっかくの美貌が台無しですよ《銀の乙女》殿?』
『変な呼び方しないで!」
銀の鷹を乗りこなす銀髪の美少女。
だから《銀の乙女》。
本人はこんな風に言われるのを好まないようだ。
『まったく、不愉快な人たち!』
吐き捨てるクラリーチェだったが、男たちはめげずに話しかけてくる。
『いつもいつもつれない態度ですなあ』
『我々が貴女に惹かれるのは自然な事なのですよ、鷹どうしではありませんか』
なるほど。
外野の勇輝はついそんな事を思ってしまった。
なんでこんなキツイ性格の女につきまとうのか……と思っていたが、納得がいった。
猛禽類のオスが同じ猛禽類のメスに恋焦がれるのは、当たり前の話ではないか。
彼らにとっては、お上品なだけのご令嬢なんかよりも、クラリーチェのように強い女のほうが魅力的なのだ。
『フン!』
クラリーチェは鼻を鳴らして男たちの好意を無視するが、男たちは困ったような顔で薄笑いを浮かべている。
勇輝だったらそろそろ諦めて他の女を探すところだが、こいつらはまだまだ諦めがつかないらしい。
恋愛とは厄介なものだ。
それはさておき。
ランベルトが第二グループにからまれている隙に、三角顔の男はまんまと先頭に抜け出してしまった。
『あららぁ~、後ろはなんだか楽しそうでいいなあ~、クククッ!』
勝ち誇る男。
レースはすでに後半。これはまずい。
勇輝もスタートする前からなんとかしないと、なんとかしないと、と考えてはいるのだが、残念なことにレースのハイスピード感についていくのがやっとで何も出来ていない。
手をこまねいているうちに、ランベルトが話しかけてきた。
『クラリーチェ、ユウキ』
その声色を聞いた瞬間、家族二人は背筋にピリッと電流が走るのを感じた。
無茶をしがちな男が、覚悟を決めた時の声だ。
『すこし無茶をする。
フォローを頼む』
一方的にそれだけ言うと、ランベルトのあやつる神鳥にまた魔力がみなぎってくる。
大事故の危険をかえりみずに、彼は再度の急加速を断行した。
『わっ、バカ!?』
神鳥の正面をふさぐ銀の鷹から短い悲鳴が。
まさか本当にやらかすと思っていなかった丸顔の男は、眼前に迫る機兵の顔を見て死を覚悟する。
激突するかと思われた寸前、神鳥は銀の鷹の身体を両手でつかんだ。
鉤爪ではない、爪を引っ込めた手で。
『ウオオーッ!』
銀の鷹をつかんだまま、神鳥の身体がドリルのように一回転する。
丸顔を乗せた銀の鷹は、真上にほうり投げられた。





