男のプライド
そもそも今日のランベルトは、訓練を兼ねて城壁の上にエッガイを設置していくという作業を行っていた。
クラリーチェも銀の鷹に乗って荷物運搬を手伝っている。
そんな中、先日の三人組が近づいてきてケンカを売られた。
ランベルトも熱くなって、そのケンカを買ってしまった。
そんな話の流れらしい。
「珍しいこともあるもんだ」
クリムゾンセラフに乗って急行するさなか、勇輝はつぶやいた。
『珍しいことなのですか?
ランベルトさんは血気盛んな方なのでは?』
セラに聞かれて勇輝はウーンと考え込んでしまった。
「いやあ、悪魔に対してはそうだけど……。
人間相手にキレるような男じゃねーと思ってたけどなあ」
『人間と悪魔では対応が違うのですか?』
「うん悪魔の相手ってのは、しんどいからな」
殺気にまみれた凶悪な悪魔と戦うためには、狂気に近い精神状態まで自分を追いつめる必要がある。
悪魔が放つ全力の殺意、悪意、敵意に向き合うのは強烈な負荷がかかる。あんな異常なものに長時間接していたら、あっという間に精神が病んでしまう。
だから長く戦い続けている者たちは、それぞれ心の中に切り替えスイッチのようなものを持っている。
自分は神の兵士だとか、ヒーローだとか、はたまた狂戦士だとか野獣だとか。
通常とは違う『何か』だと自分を定義することで、ある意味での現実逃避をして精神を守るのだ。
「最近気合の入りすぎだったからな、無理に強がってんのかもしれない」
自分はやれる。
神鳥は負けない。
そんな風に考えての行動だとしたら危険だ。
聖都の城壁からわずかに離れたところ。
そこに神鳥と、四羽の銀の鷹が待機していた。
一羽はクラリーチェの愛機。
残り三羽は例のおでん三兄弟のものだった。
『これはこれは聖女様。
立会人になってくださるためにいらっしゃったのですかな?』
丸顔の男がわざとらしくそんなことを言って勇輝を出迎える。
「……なんで中央の第一騎士団がこんな所にいるんだ」
『なに、うわさの新型機をぜひ拝見したいものだと思いましてね。
どうせならちょっとした余興でも楽しもうじゃないかという話になりまして』
角顔が嫌味なすまし顔で答えた。
「余興って……」
先ほど勇輝を呼んだ時の様子では、それどころの雰囲気ではなかった。
こんな言い回しを丸ごと信じてはいけないだろう。
『せっかく全員飛行タイプなのだから、ちょっと競走をしてみようか、なんて話になりまして』
三角顔の男がルールの取り決めを話し始めた。
コースは聖都の外周をひと回り。
全機一斉にスタート。
妨害あり。
「おいおい!」
空中で進路をふさいだり危険接触をしようというのだ。
これは確かに殺されかねない。
というか妨害を仕掛けた側も死ぬ危険があるではないか。
『これくらいスリルがあったほうが楽しいでしょう?
ねえランベルト殿?』
神鳥に乗ったランベルトは、やや興奮した様子でうなずいた。
『私はそれで構わない』
ヒューッ!
ランベルトの無謀を三兄弟がはやしたてた。
『さすが空の貴公子!』
『ご婦人方の前で無様な姿は見せられませんなあ?』
嫌な顔で笑う三人の男と、静かな怒りを見せるランベルトの顔。
こういうことか、と勇輝は理解した。
意地を張らねばならなくなった理由は女性問題らしい。
客観的に見て、ランベルトはやたらと美女に縁のある男である。
養母のヴァレリア。
義妹のクラリーチェ。
勇輝の第二人生もランベルトに助けられたところから始まっている。
第三騎士団のテロ騒ぎのときも、貴族の令嬢たちを安全な場所へエスコートするという役割を与えられた。
美女によって引き立てられ、美女によって支えられ、美女を助けて武功を立てている。
侮辱しようと思えば、これほどやりやすい男もいないかも知れない。
――お前が出世できているのは、女を誑しこんでいるからだろ?
こんなセリフを実際に口にはしなくても、雰囲気を匂わせるだけで悪意は伝わる。
命がけで戦ってきたのにこんな侮辱をうけては、男として黙ってはいられない。
「ランベルト」
『止めないでくれ』
うむを言わさぬ態度で言葉をさえぎられてしまう。
「……手助けは?」
『無用だ』
取り付く島もない。
どうやら彼の奮闘を見守るしかないようだ。





