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聖女×ロボット×ファンタジー! 死にたくなければモノ作れ、ものづくり魔法が世界をすくう!  作者: 卯月
第一章 聖なる都に聖女(♂)あらわる

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第十話 貧民窟にて

「赤きこぶしを突き上げブレイズイット♪ かたる背中はフレイムソーイット♪」


 やたらにテンションの高い勇輝が、変な歌を歌いながら街中をスキップしている。


「ユウキさん、そんなに一人で歩き回ると迷子になっちゃいますよ!」

「へーきへーき!」


 後から続くランベルトとクラリーチェは、勇輝を街中につれ出した事を少し後悔していた。


「あの子、どうしてあんなに元気なのかしら」

「さあね……」


 白い敷石がびっしりとめられた道路の上を、金色のポニーテールがピョンピョン跳ね回っている。

 長い髪の毛が邪魔臭いと勇輝が文句を言うので、クラリーチェがポニーテールをってあげたのがよほど気に入ったらしい。


 自分でその『しっぽ』をいじくったり、自分の影をながめながら頭を振ったりして、まるで子供のようなはしゃぎぶりだった。


「ユウキさん、よっぽどその髪型が気に入ったようですね」

「うんっ、やっぱりポニテは萌えの基本だからね!」

「モエ……?」

「王道ってやっぱ大事だと思うんだ。奇策をろうして外したら目も当てられないもんな」

「は、はあ?」


 意味がつたわらない。

 文化の違いか。


「いーじゃんそんな事、早く行こう、はやくはやくっ!」


 石畳いしだたみの上を駆けながら、勇輝は二人に催促さいそくする。

 ずいぶん大げさに己の活発さをアピールしているが、実はこれは虚勢きょせいというか、自己に対する演出のようなものだ。


 右も左も分からない世界。

 家族も友人も、誰もいない。

 拾ってくれたヴァレリアたちは親切だが、そういつまでも甘えてはいられないだろう。


 そう遠くない未来、勇輝は再び孤独こどくになる。


 元の世界に帰れたとしても、帰れなかったとしても、勇輝に待っているのは天涯孤独てんがいこどくの生活だけなのだ。

 いわば運命的に、いつかその日はやってくる。

 だからこそ強く明るく生きなければいけないのだと、勇輝はそう考える。


 生きる力は元気な心からわいてくるものだ、だから「俺はとっても元気だぞ、この程度でくじけたりしないぞ!」と、自分に言い聞かせているのだった。


「アハハハ、しっかし本当に、この街はどこもかしこも白いねえ!」


 勇輝の言う通り、この聖都はありとあらゆる建造物が白い人工石を積み上げて形作られていた。

 民家、教会、商店、道路、果ては井戸や階段までもがまぶしい程に白く輝いている。


 東京のように古いものと新しいもの、奇麗なものと汚れたものがごちゃ混ぜになった街並みを見慣みなれていた勇輝にとって、この白一色の統一感はまさにカルチャーショックだ。


 ランベルトが勇輝の疑問に答えた。


「学者の研究によると、この周辺の地質は特別なのだそうです。作り方は他の都市と同じく砂と生石灰を練り合わせて凝固させるのですが……」

「へえ!」


 クラリーチェがランベルトの説明に補足を加える。

「ここの石は聖都ラツィオの守り石と呼ばれていて、世界各地からおとずれる巡礼者たちがわざわざ買い求めていくほど貴重なものなんですよ」

「ふーん!」


 勇輝の無駄に元気な返事を聞いて、二人はまゆをひそめた。


「あの、我々の言葉はちゃんと伝わっていますか?」

 ランベルトの言葉に、勇輝は心外そうな顔を見せる。

「え、何で、わかってるよ? 要するにこの聖都……ラツィオだっけ? ここは有名な観光地で、この白い石は地方の特産品なんでしょ? うんグッドよグッド、ベリーナイスよ!」


「……微妙に翻訳ほんやくが間違っているわね」

「もう少し優雅な表現は出来ないものですかね、まったく」

 あまりに実もフタもないもの言いに、聖都育ちの二人は顔をしかめるほか無い。




 さて、そもそもどうして三人は街に出る事になったのか。

 それは勇輝の滞在たいざいが長期になりそうなので、生活に必要なものを買いそろえてあげなさいというヴァレリアの厚意によるものであった。


 ちゃんと現金まで持たせてくれるのだから、彼女の態度も徹底したものである。

 そして同じ年頃の女の子ということで買い物係にクラリーチェが選ばれ、ランベルトも護衛&荷物持ちとして一緒に行く事になったのである。


 もちろん監視役という裏の任務もふくまれている、でも勇輝には関係のない裏情報だ。


「んー? こっちは何だ?」

「あ、そっちは!」


 ランベルトの静止もきかず、勇輝は薄暗い横道に足を踏み入れた。

 敷石も建物も表通りと同じ白石で出来ているのだが、この路地は全体的にいたんでいて、はっきりいって強烈に汚い。


「そっちは危ないから、行ってはいけません!」

「はあ~? 迷子になるほど子供じゃねえぞ俺は~?」


 ヘラヘラ笑いながらズンズン進む勇輝。

 だが奥に進むにつれてプンと鼻を刺す異臭がただよってきたので足を止めた。


「ウッ、臭せえ! この臭いは!」


 勇輝は知っている。

 バイトしていたコンビニで数回かいだことのある不潔ふけつな悪臭。

 こういう臭いをした人間がまれに入ってくる事があるのだ。

 だが店員としてはただちに退店させなくてはいけない。

 客が逃げて商売にならなくなる。

 それは、人の汗とあかと汚物が凝縮ぎょうしゅくされた、浮浪者の臭い。


「おお、お恵みを……」


 左右に並ぶ崩れかけた建物から、ひどく汚れた浮浪者同然の人間たちが数人、まるでゾンビの群れのように姿を現した。

 皆、左右の手のひらを差し出しながら勇輝ににじり寄ってくる。


「ウグッ!」


 ひどい悪臭に勇輝は口をおさえた。

 さっき食べた豪華な朝食が逆流しそうだ。


「お恵みを!」「お恵みを!」


 仲間たちのお恵みコールを聞いたのか、奥からさらに多くの貧民たちが集まってくる!


「お恵みを!」「お恵みを!」「お恵みを!」「お恵みを!」


 黒ずんだ無数の手のひらが目の前に突き出される。

 彼らはみな元の人種がわからぬほどに顔も体も汚れていて、それなのに左右の眼だけがギラギラと光っていた。


「お恵みを!」「お恵みを!」「お恵みを!」「お恵みを!」


 眼と、手と、大声が、勇輝を完全に取り囲む!

 大勢に取り囲まれて逃げ場もない、これではむしろ恐喝だ!


 怖い。

 勇輝は純粋に恐怖した。


 どうしよう、この世界の金なんて持っていない。

 なすすべもなく大勢に囲まれてしまった。

 怖い。

 ただただ怖い。


「お恵み!」


 突然、小学生くらいの少年が、勇輝が着ている学制服のポケットに手を突っ込んできた!


「おい、ちょっ……!」


 それを合図に周りにいた大人たちも勇輝に襲い掛かってきた!


 まず、そでのカフスボタンをちぎり取られた。


(なんでそんな物を!?)


 驚く間もなく今度は胸のボタンを千切られる。

 数個ボタンを失って制服の着方がくずれると、今度は服そのものを引っ張られた。


(身ぐるみぐ気かこいつら!?)


 恐怖と驚愕で身体が動かない。

 このまま全身丸裸にされてしまう自分の姿が目に浮かぶ。


 だが、物乞いたちの乱暴狼藉らんぼうろうぜきはそこまでだった。


「やめろ、やめないか恥知らずども!」


 ランベルトが割って入ってきて、ひじてのひらでむらがる物乞ものごいたちを押しのける。


「欲しいのはこれでしょう、ホラッ!」


 クラリーチェが自分のふところから小銭をまとめて取り出し、わざと豪快に地面にばらまいた。


 バッシャァン! ジャラジャラジャラ……!


 金属音が派手に鳴り響くのを聞いて物乞いたちは狂喜し、地面に飛びかかった。

 おかげで勇輝から集団の意識が離れる。


「今です、さあ!」


 ランベルトが乱暴に手を引いて、勇輝を助け出した。

 物乞いたちはまるでエサを与えられた池のこいのように、騒がしく小銭に群がっている。

 それ以上追撃されることもなく、三人は路地から抜け出した。




「あービックリした」

 何もかも、あっという間の出来事だった。


 縄張りに入った瞬間にすぐ連中が出てきて。

 すぐ取り囲まれて。

 すぐ襲い掛かってきて。


 二人に助けてもらわなければ、いったいどうなっていた事やら。


 クラリーチェが血相けっそうを変えて勇輝をしかり飛ばした。

「だから危ないって言ったでしょ! 女の子がそんなキラキラした物を見せびらかしながら貧民窟ひんみんくつに入るなんて!」

「き、キラキラって、このボタン!? こんなのちっとも高くないよ!?」


 奪われたボタンの材質はたぶんアルミ製、メッキもまさか純金ではあるまい。

 たしかまとめ売り五個セット四百円とか、そんな程度だったと記憶している。


「あんな連中にそんな事わからないわよ! その日その時を生きることしか頭にないケダモノみたいな連中なんだから!」

「まあまあ良いじゃないかそれくらいで。ユウキさんももう分かっただろう」


 激怒する妹をたしなめるランベルト。

 しかし彼からも小言をいわれた。


「これにりたなら勝手な行動はひかえてください。出くわしたのが物乞いだったのはむしろ幸運だったんですよ。人さらいや通り魔だったら今頃どうなっていた事か」

「は、はい……」


 無残なことになってしまった制服をみて、勇輝は頭を下げるしかなかった。


(これで幸運かよ……スラム街ってマジでやべーな)


 テレビや映画といったフィルター越しにしか知らなかった世の中の裏側。

 勇輝にとっては少し刺激的すぎる初体験になってしまった。


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