邪悪なるものたちの出会い
十二天使の一人、フェブライオに焼き尽くされたはずの邪竜は、わずか一つの頭だけ生き残っていた。
海に落ちた邪竜は海底に身をひそめ、いつの日かの復讐を心に誓う。
――憎い……! 憎い……!
――あの羽根のはえたやつらには、牙が効かなかった。炎も効かなかった。雄叫びも効かなかった。
――憎い!
――あの羽根のはえたやつらが憎い。赤い目をした女が憎い。
――たくさんあった頭を全部つぶしたアイツらが憎い!
――力、力が必要だ。
――アイツらでも喰い殺せる力が。
ジッ、と身をひそめていると、頭上を大きな影が通りすぎた。
鯨だ。
しかし普通の鯨とは様子が違っていた。
巨体のあちこちに赤く光る目玉がいくつもついている。頭の正面に、左右に、胴体に、腹に、背に、尾に。
口を開くと鋭くとがった牙が生え揃っていた
悪魔、 巨鯨型。
航海中の船を見つけては襲いかかってくる、船乗りたちの天敵である。
巨鯨は赤く光る無数の目をギョロギョロと動かし続けて、人間の乗る船が近くにいないか探し続けていた。
ギョロ、ギョロギョロ!
自然と、海底から見上げていた邪竜と目が合った。
だが相手が同じ悪魔と知ると巨鯨は興味を失い、ゆっくりと離れていく。
その見下した態度に、邪竜は怒りを覚えた。
――赤い目! こいつも赤い目をしている! あの女と同じ!
あの憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!!
邪竜は猛然と襲いかかった。
脇腹で光っていた眼球めがけて思い切り牙を突き立てる。
『バオオオオオッ!!』
『グルアアアアッ!』
不意をつかれた鯨は大暴れして海上に浮上する。
邪竜は噛みついたまま共に海上へ飛び出した。
ドッバアアアアンンンン!!!
二匹の巨体が海面にたたきつけられ、強烈な水しぶきが舞う。
ここが海のど真ん中でなければとんでもない大惨事になっていただろう。
『バオオオオ!』
巨鯨の背中から毒々しい色の噴水が飛び出した。
噴水は海面を禍々しく染め、邪竜の鱗をドロドロと溶かしはじめる。
だが邪竜は身じろぎひとつしなかった。
――あの羽根つきの攻撃はこんなものじゃなかった。
邪竜はさらに深く牙を突き立てる。鯨の背骨が砕ける感触がした。
――あの羽根つきはこんなに柔らかくなかった。
『バオオーン!』
鯨が泣き叫ぶ。邪竜は脇腹の肉を食いちぎった。
――あの羽根つきは泣き叫んだりしなかった。
巨鯨の体が端から黒い霧と化し、サラサラと消えていく。
――弱者め! お前は弱者だ! 弱い奴はエサだ! エサになれ!
邪竜は消え去ろうとする鯨の身体を喰らった。
肉を。
骨を。
臓腑を。
そうして鯨の身体が完全に消滅してしまった時、邪竜の身体はひと回り大きくなっていた。
「ほおおー。
共食いする悪魔とは珍しい。
貴様、いったいどこから来たのだ?」
ふいに頭上から声をかけられた。
――なんだ?
ギョロッ!
邪竜の背中に目玉が生まれて、声の主をにらみつける。
声の主は白い髪の人間……いや人間のようで人間でない、『何か』だった。
――なんだ、この変なやつは。
「ほおほお、喰った相手の能力を奪うのか。
ますます面白い。
気に入ったぞ貴様!」
白い髪の怪人、グレーゲルは両手を広げ魔法の力を解放した。
邪竜の真上に魔法円があらわれる。
「そら、喰え。クジラ一匹では足りぬだろう。
お前のエサは私が用意してやる」
魔法円の中から、大量の魚が降ってきた。
ただの魚ではない、魚型の悪魔、それも鮫の群れだった。
「鮫型だ。
味は保証できんが、そいつらの歯はなかなかのものだぞ?」
鮫の群れはあっという間に邪竜を包囲し、一斉に襲いかかってきた!
『グウアッ! ガアアアアアアッ!』
すさまじい死闘がはじまった。
鮫の強靭な牙は、強固な竜の鱗さえもきしませる。
一撃で噛み砕かれるほどではなかったが、なにぶん敵の数が多すぎる。
『ガオオオオンン!!』
邪竜が吼える。
すると全身いたるとこに目玉が生まれた。
ギョロッ! ギョロギョロッ!
周囲を旋回する鮫の群れ一匹一匹を、大量の眼球がとらえる。
「ゲッゲッゲッゲ!
器用な奴!
ああ愉快愉快!」
360度すべてに視界を得たことで、邪竜は悪魔の鮫を殺しはじめた。
攻撃力、防御力、どちらも邪竜の方が上だ。
死角がなくなってしまえばじゅうぶん互角以上に戦える。
さらに。
『ガアッ!』
邪竜が叫ぶと、長細い胴体部分から鮫の頭がはえた。
はえた頭は同族の身体を食い破り、邪竜の体内に戻っていく。
早くも鮫型の力をものにしてしまったらしい。
「ググググゲゲゲゲゲゲゲゲ!!
良いぞ、実に良い!
今度こそあの魔女を殺してやる!
さあ喰え、もっと喰え!」
凄惨な悪魔同士の殺し合いを見ながら、魔人はこの上もなく愉しそうに笑っていた。





