巨人組手
『ハッ!』
神鳥の右手がゆっくりと前に突き出される。
『オイサッ!』
クリムゾンセラフの左手が同じくゆっくり、相手の突きを叩き落した。
『セイッ!』
今度は神鳥の左手が突き出される。
『ハイッ!』
その左手をクリムゾンセラフの右手が叩き落す。
右手、左手、右手、左手……。
十回同じことをくり返したら、今度は攻撃側と防御側が逆になる。
『オラッ!』
『ヤアッ!』
クリムゾンセラフが突く。カラドリウスが捌く。
突く。捌く。
突く。捌く。
ゆっくり、ゆっくり。
一回ずつ丁寧に、確認しながら。
十回やったら交代。
もう十回やったらまた交代。
かれこれ百回以上も同じことをくり返していた。
武道でいうところの約束組手である。
戦場で活躍するためには肉体と同じレベルまで機体を動かせるようにならなければいけない。
いきなりそんな事は難しく、こうした地道な練習を積み重ねることが重要だ。
『ハアッ!』
ランベルトが気迫をこめてパンチをはなってくる。
ゆっくり打っているが大まじめだ。
まだ神鳥をもらって数日しかたっていないのに、かなり動かせるようになってきている。
これまで聖騎士として、銀の鷹の乗り手として、培ってきた戦いの日々が無駄ではなかったことを如実に物語っていた。
ランベルトは実戦で勝ったことも負けたこともある。
今日は生きているが、明日は?
来月は?
来年は?
いつか戦死してしまう可能性はけっして否定できない。
それが騎士というものだ。
戦いに勝って生き残るためには強くなるしかない。
そのためのトレーニングだ。新兵のようにただ何となくやらされているだけのトレーニングとは意気込みが違う。
地味でゆっくりとした約束組手ではあるが、拳には痛みと怖さを知るものの気迫がこもっていた。
(いいぜ、兄貴……!)
勇輝は自分が生みだした新型機兵が義兄の手によって形になりつつあるのを感じていた。
銀の鷹を大きくして手をはやしただけ……というのは表向きの姿。
勇輝がイメージした真の新型イメージとは、『空中での四刀流』であった。
空中での格闘戦は『バランスの崩し合い』がもっとも重要である。
上空から地面に激突すれば、どんな機兵や悪魔でも一発で終わりだ。
逆にいうと自分で致命傷をあたえずとも、勝敗は勝手につく。
だから一撃必殺の大技というものは、あまり重要ではない。そのための重装備で動きが悪くなるならかえって邪魔というほどのものだ。
そこで機動力を維持しつつの四刀流である。
両手両足に生えたするどい鉤爪。
四方向から襲ってくる多角的な攻撃をすべて回避するのは困難だろう。
しかも鉤爪は伸縮自在であり、人間のように武装をほどこすこともできる。
この多彩な戦闘スタイルがはまれば、おそらく空戦の常識を変える。
『ハアッ! タアッ!』
目の前にいる神鳥。そして乗っているランベルト。
このコンビなら、きっと思いはかなうはずだ。
勇輝はそう感じた。
バシッ!
クリムゾンセラフは神鳥の拳を受け止めた。
『休憩しよう、兄貴』
『ハアッ、ハアッ、まだいける! もっとだ!』
神鳥から義兄の頼もしい声が飛んでくる。
だがオーバーワークは良くない。
『俺が疲れちまったよ。
それにお客さんだ』
クリムゾンセラフが顔を横にむける。
そこには中年の男女と少年なのか少女なのかはっきりしない子供、ルカの姿があった。
「お姉ちゃん!」
『おう、来たな』
ブンブン手を振るルカの後ろで、おそらく父親と母親であろう二人が頭を下げた。
「いやはや何とも、このたびはまことに申しわけないことを……」
ルカの父親はヴァレリアに対し平謝りし続けた。
「ほんのちょっと前まで普通の男の子だったのですが、ある日急にこんな姿になってしまいまして、しかもなぜか得体のしれない力を使うようになってしまって……」
大量にあふれ出る汗をふきながら、父親は必死だ。
一国の大臣の前である。おまけに聖女までいる。
緊張するなというほうが無理な話。
「まあまあそんなに身構えないで下さい。
お子様やあなたを罪に問うつもりはありませんので」
「は、ははっ!」
父親はいくぶん表情を明るくした。
今回の件、ルカは軍務省本部の正門と目の前の公道を破壊している。
弁償しろ、という話になったとしたら、一般庶民には厳しい金額になってしまうだろう。
ましてや逮捕などということになっては一家離散の危機である。
「ルカちゃんがこの姿になった時に、何かきっかけのようなものはありませんでしたか?」
「いやあ……」
男は心底不思議そうに首をひねってしまう。
「最近ずっと聖女になりたい聖女になりたいってうっとおしいほど言ってたんですけどね。
まさか本当にこんな、ねえ」
なりたいなりたいと思っていたから、本当になっちゃいました。
いくら魔法の世界とはいえ、さすがにこれは珍しい。
ヴァレリアは勇輝の顔を見た。
二人とも苦笑するしかない。
当のルカは大人たちの会話が退屈なのか、イスに座ったまま足をプラプラゆらして遊んでいた。





