ツンデレ親父はケツむけて喋る
ドズン……! ドズン……! ドズン……!
重量感のある足音が、地面を振動させる。
ここは聖都壁外の大草原。
新型機兵神鳥に乗ったランベルトは、草原の上を歩行する訓練を行っていた。
上空では勇輝の乗るクリムゾンセラフと、クラリーチェの乗る銀の鷹が旋回し、周囲を警戒している。
悪魔の数は激減したとはいえ、それでも油断大敵。
新しく生まれた個体がその辺をうろついているかもしれず、こんな状態のランベルトが狙われたら非常に危険だった。
「けっこう動かせるようになってきたじゃん!」
「いや、まだまだ先は長いよ」
空と地上で会話する勇輝とランベルト。
歩行訓練は機兵操縦のステップ2か3といったところだ。
ステップ1は、
あお向けに寝たところからうつぶせに転がる。
はいはいをする。
四つんばいになる。
そのまま歩く。
立ち上がる。
といった風に、赤ちゃんの成長ステップと同じ行動からはじまる。
ステップ1が赤ちゃん編、ステップ2が幼児編といったところだ。
空を飛んで戦闘するのはもっとずっとずーっと先のステップになる。
「はあ、はあ……」
神鳥がゆるやかな坂をのぼっていく。
銀の鷹に乗っていた時ならばピョンとひとっ飛びで乗り越えられそうな簡単な坂。
だが今はそうもいかない。
一歩、また一歩と感触を確かめながら慎重にのぼっていかねばならない。
「アッ!!」
突然、神鳥がバランスを崩した。
地面がゆるくなっていて小さな土砂崩れを起こしたのだ。
ドザザザザーッ!!
ガラガラガラ……。
崩れた土砂と一緒になって、銀色のボディが地面をすべり落ちていく。
「ランベルト!」
クラリーチェの銀の鷹が急降下し、前のめりに倒れた神鳥を引っ張り起こした。
「ケガはない!?」
「ああ、大丈夫だよ」
神鳥を自力で立たせ、ランベルトは無事をアピールする。
「ずっと鳥だったからかな、二本の足で歩くというのがこんなに大変だったとはね」
もちろん日常生活は人間として普通におくっている。
だが人体と守護機兵では大きさも重さもまったく違う。
機兵の重さに耐えかねて地面のほうが崩れるなんて状況は、鳥型機兵ではあまり経験できないものだった。
「面白いよ」
語りながら、ランベルトをのせた機兵はまた歩きだした。
「機兵のことなんてもう知り尽くしているつもりだったんだけどな。
すっかり自惚れていたよ」
神鳥が自分の右手を見つめる。
ジャキン!
鋭い物音とともに五本の指先から研ぎ澄まされたナイフのような鉤爪が飛び出した。
ジャキン!
もう一度同じ音が鳴った。
今度は爪が一瞬にして引っ込み、人間の手とさほど変わらない外見になる。
「鷹の強さと人の器用さ、どちらもモノにしてみせるさ」
グッと力強く拳を握りしめる。
外見は優男だが熱い血の流れている男。
それが勇輝たちの兄、ランベルトだ。
「兄貴ならできるさ、絶対」
「ああ!」
それぞれ機兵に乗った家族が絆を深めていた、その時だった。
『ヒィィィィィヤッハアー!!』
突如として巨大な騎馬隊が駆け寄ってきて、神鳥を包囲した!
『ホウッ、ホウッ、ホウッ、ホウッ、ホウッ、ホウッ!』
『イヤーッハアア!!』
異様にテンション高く叫びながら周囲を猛スピードで駆け、旋回する騎馬集団。
謎の敵襲かと思ってつい武器を構えそうになったが、よく見るとそれは身内だった。
『やってんなあ小僧ども!』
「リカルドさん!?」
遊撃隊隊長、リカルド・マーディアーと、彼がひきいるケンタウロス騎兵団。
「いつから馬賊にジョブチェンジしたんすか?」
勇輝の軽いボケに、いつもの怒鳴り声が飛んできた。
『バカヤロウてめえコノヤロウ!
こんなお上品な馬賊がいてたまるかコノヤロウ!』
二人の会話を聞いて部下たちはゲラゲラと下品に笑っている。
この人たちは品格というものについて、一から勉強しなおしたほうが良い。
しかしこう見えて彼らは歴戦の精兵ぞろいだ。
先ほどの高速旋回だって、同じレベルで速く、小さく、乱れることなく回り続けられる集団などそうそういない。
常にふざけることをやめない彼らだが、実力は本物だ。
『今日だってオメエ、オジサン達は真面目に仕事していたんだよお?
それをオメエ、子供たちがヨチヨチ歩きで遊んでいるからチョットからかってやろうかなって駆けつけてあげたんじゃねえか!』
「嬉しくないわそんなモン!」
なにがそんなに楽しいのか、自称『オジサン達』は汚ねえ笑顔で下品に笑う。
『で? なんだその妙な機兵は?』
リカルドが問い、勇輝が答える。
「俺がランベルトにプレゼントしたんですよ」
『へえ』
「リカルドさんにも何かあげましょうか、お祝いに」
言外に第三騎士団長就任の情報を知っていると匂わせる。
「何でも作りますよ、ペガサスでもドラゴンでもフェニックスでも」
カーッ、とノドを鳴らして、リカルドは嫌がった。
「いーらねえぇぇ。地に足のつかねえ戦場なんて寒気がすらあ。
俺はこいつで良いんだよ」
そういって自身の馬体を叩いた。
『よーしテメエら嫌がらせはこんくらいにして仕事にもどんぞ!』
『イエー!!』
どうやら近辺のパトロール中だったらしい。
先導者から順にやって来た方向へ走り出す。
そのままリカルドも行ってしまうものと思われたが、しかし。
『あー、ランベルト』
「は、はい?」
『そのイカレたガキが作ったものだろ。教科書通りにやるより、もっとやり方があるんじゃねえか』
「はっ?」
一方的に言うだけ言って、あとは風のように走り去ってしまった。
「なによあれ。アドバイスするにしたって、もっとふさわしい態度ってモノが……」
「いや良いんだよ、あの人はあれで」
不満そうなクラリーチェの言葉を、ランベルトは止めた。
「教科書通りではなく、か」
それは機兵のあつかいに限った話ではなく、もっと深い問題についての助言だったのではないかと。
ランベルトにはそう思えた。