第九話 死因:おっぱいを守りたかったから
今、自分は夢を見ているらしい。勇輝はそれに気が付いていた。
最寄り駅から徒歩五分の場所にあるコンビニエンスストアー、そこが勇輝がバイトしている職場だ。
勇輝はレジで店番をしている最中であった。
(あー、早く終わらねえかなあ)
嫌な客にあいそ笑いを浮かべるのも苦痛だが、このようにボーっと突っ立っているのも退屈である。
同じ一秒のはずなのに、寝ている時や遊んでいる時の一秒とはくらべ物にならないほどゆっくり、ゆっくりと時計の針は回っている。
(家に帰ったらロボットアニメの続きを観ようか、宿題はあったっけ……?)
思考回路にもやがかかっているような気分だ、考えがまとまらない。
(ヒマだ……、目ぇつぶってたら早く終わらねえかな……)
そんなふうに考えて、冗談交じりに目を閉じてみる。
すると、退屈なバイトは本当に一瞬で終わっていた。
(ああ、夢だもんな……)
勇輝はいつもどおりの道を歩いて帰るところだった。
家は駅の反対側。踏切を渡らなくてはいけない。
カンカンカンカンカン……!
タイミング悪く、勇輝が渡ろうとするよりも早く遮断機が下りはじめてしまった。
(あちゃ……)
あきらめて勇輝は遮断機ギリギリの、最前列で待つ。
どうせ何分も待つわけではない。
ちょっとボーっとしていれば終わる時間だ。
しかし、横断歩道の反対側に、どうやらその数分すら待てない人物がいたらしい。
風俗嬢系の派手な服を着た女性が遮断機をくぐって走り出した。
(うわーこういうのがいると電車止まっちゃうんだよなー)
勇輝は顔をしかめたが、走る女の姿がセクシーだったので、一転、鼻の下をのばした。
右に、左に、巨乳が揺れる。スイカのように大きな果実が、そりゃもうブルンブルン遠慮なく揺れる。
そして短いスカートからはむっちりした太ももが大きくあらわになる。
さすがに奥までは見えない、そこは残念だが見えそうで見えないというのも勇輝的には大いにアリだ!
女はカンカンカンカン鳴り響く中、ハイヒールを鳴らして走り続けた。
カンカンカンカン……!
カツカツカツカツ……!
勇輝はその様子を凝視し続けた。
なんの様子かって?
もちろんおっぱいと太ももの様子だ!
カンカンカンカン……!
カツカツカツカツ……!
渡りきるまであとわずかというところで、女が悲鳴を上げた。
「アッ!?」
細いヒールが線路に引っかかったのだ。
女は警告音が鳴り響く踏切の内側で、派手に転倒した。
カンカンカンカン……!
反射的に左右の線路を確認した。
電車がきている!
ちょうど女が倒れているコースに!
カンカンカンカン……!
勇輝は飛び出した。ほんの数秒で女のもとにたどり着く。
「立って!」
腕を乱暴に引いた。
「痛ッ! 足、あし……!」
転んだ時に足をくじいたらしい。
「なんでヒールなんかはいてんだよ!!」
勇輝は女を乱暴に抱き起した。
カンカンカンカン……!
目の前に、巨大な電車が来ていた。
ギギギギギギギィィィィィーッ!!
とんでもなく耳障りなブレーキ音。
だが十分すぎるほど速いスピードで迫ってくる。
(あ、これもう……)
勇輝はありったけの力を込めて、女を安全な方へ突き飛ばした。
次の瞬間、勇輝の精神は空を飛んでいた。
高く、高く、どこまでも高い所へと心が飛んでゆく。
ついには空を突きぬけ、宇宙にまでたどり着く。
それでもなお勇輝の心は高い場所へと昇り続けた。
「私の声が聞こえますか?」
再び意識を取り戻した時、目の前にいたのはすごい美人だった。
紅い眼をした、金髪の美女。
「私の姿が見えますか?」
美女は生真面目な表情でこちらを見つめている。
「私の心が感じられますか?」
黙っていると、美女は次々と質問を変えてくる。
「私の口で喋れますか? 私の手で触れますか? 私の命で動けますか?」
勇輝はアウアウと口を動かした。
なぜか口の動きが悪い、まるで話し方を忘れてしまったかのようだ。
「あなたは、自分の名を言えますか?」
「……アー、あい、ざーぁ、うーき……」
乳児のようなたどたどしさで、ようやくそれだけ口にする。
「あなたは、自分の言葉を口に出来ますか?」
「ことぉ、うぁ?」
何やら難しい事を要求されたような気がして、ためらう。
「あなたを支える言葉を、あなたを作った言葉を、あなたが目指している言葉を、あなたに与えられた言葉を、あなたが伝えたい言葉を……」
彼女の声に耳をかたむけているうちに、自然と祖母の口癖が浮かび上がってきた。
《偉い人や金持ちになんて成らんでもええ、人として正しく生きれ。誰に対してもまっすぐ顔向けできるように、素直に正直に生きれ》
「ヴぁーちゃんの、ぅちぃ、ぐせ……」
「お祖母さんの言葉?」
「ばあ、ちゃんの……」
「それがあなたにとっての規範?」
「正しく……、真っ直ぐ……」
「その先に苦難が待ち受けていても?」
「目をそらさずに……」
「もうすぐ絶望と恐怖がやって来るわ」
「それでも、人として、俺は」
「また死ぬかもしれない」
「逃げ出したら、もう空を見れない」
「死ぬよりひどい目にあうかもしれない」
「それでも俺は、俺は」
まぶしく輝く空に向けて、勇輝は拳を突き出す。
「それでも俺は、空の青さを裏切れない!」
……ふと気が付くと、手を伸ばした先にはベッドの天蓋があった。
「あ?」
伸ばしている手は、白魚のように繊細な少女の手。
「………………」
頭をなでると、絹糸のようになめらかな金髪が背中まで流れている。
「んーっと」
胸を触ると、硬い筋肉とは無縁の柔らかさに満ちていた。
「夢か、変な夢だったな。なぁにが『空の青さを裏切れない』だ、意味分かんねえ」
馬鹿でかいベッドからはい出ると、目の前にちょうどよく大きな鏡つきの化粧台が配置されていた。
そこには寝起きのだらしない格好をした、金髪の美少女が。
「でもって……」
勇輝がため息をつくと、鏡に映った美少女も同じポーズでため息をつく。
「コッチは夢じゃなかったわけだ」
一晩たっても外見はもどらず、勇輝は紅い眼の金髪美少女のままであった。
窓を開けて見れば、今日もいまいましいほどの快晴だ。
まるで避暑地のように空気は澄み、風は爽やか。
「まあ、クヨクヨ悩んでいても仕方がねえ、今日も元気に頑張りますか」
両腕を広げて背伸びする勇輝。
それに合わせたかのようなタイミングで、そこかしこから教会の鐘が鳴り始めた。
ガラーン、ガラーンと表現すべきか、それともリンゴーンと表現すべきか。
街中から鳴り響いてくる鐘の音は、まさに宗教都市の象徴と思えた。
「んー、いかにも異国の情緒だねえ」
こうして、勇輝の異世界体験二日目が始まった。





