プロローグ 紅い聖女のむかしばなし
むかーしむかしのお話です。
とおいとおい所にあるおおきな国に、それは立派な都がありまして、たくさんの人たちが幸せにくらしていました。
ところがある日、大きな地震とともに地の底からおそろしい魔王がとび出してきたのです。
魔王は山のようにおおきな体をしています。おおきな体のおおきな影で、お城がまっくらになってしまうほどでした。
魔王は教会の鐘よりもおおきな声をだして、悪魔たちをよびよせます。
「あつまれ、あつまれ、悪魔たちよ」
魔王の声をきいた悪魔たちは、おおよろこびで国中からあつまってきました。
大地も空もうめつくすほどたくさんの悪魔が、魔王のもとにやってきます。
それでも魔王は同じことばをくりかえしました。
「あつまれ、あつまれ、悪魔たちよ」
その声をきいて悪魔たちはもっともっとたくさん集まってきました。
それはまるでこの世のすべてから、一匹ものこさず悪魔をあつめようとしているかのようでした。
こまったのは都にすんでいた人たちです。
魔王と悪魔においだされ、街の人たちは住む家も食べる物もなくしてしまいました。
悲しくて泣いててしまう街の人たち。
そんな人たちを助けるために、どこからともなく一人の乙女がやってきました。
その乙女はルビーのように美しい、紅い瞳をしています。
彼女の名前はエウフェーミア。
いまでは聖エウフェーミアと呼ばれている、とても有名な聖女さまです。
エウフェーミアは天使の力をかりて魔王と戦いました。
戦いはとてもはげしく苦しいものでした。
しかし聖女はあきらめずに戦いつづけ、そしてついに魔王と悪魔をやっつけたのです。
おおよろこびの街の人たちに向かって、聖女さまは言いました。
「街の人みんなで愛しあい、たすけあって笑顔でくらすのですよ。
そうすればもう魔王がやってくる事はありませんからね」
都の人たちはその教えをよく守り、いつまでも幸せにくらしましたとさ。
めでたしめでたし。
……以上の童話は、この世で語り継がれている童話の中でも特に有名なものの一つだ。
聖エウフェーミア、ルビーのように紅く美しい瞳をした聖女の物語。
彼女が存命中に記された資料は、彼女の人柄をこのように記している。
《その高潔さと清らかさは万民の心を打ち、救いがたい極悪人でさえも己を恥じて目をそらすほどであった。
その紅の瞳の前にあらゆる嘘偽りは通用せず、彼女に諭されて悔い改めぬものは無かった》
《この世を乱す悪魔を討ち祓うこと数え切れず。
ただ人に尽くし、神の愛を唱え続けた彼女を慕うものもまた数え切れず》
《望みさえすればいかなる富貴も思いのままであったであろう彼女は、しかしながら何物も求めず、苦しみにあえぐ人々を救うために東の果てへと旅立っていった。
その去り行く後ろ姿を見て、涙を流さぬものはいなかった》
愛し、愛される美しい光景が目に浮かぶようではないか。
聖エウフェーミアは世界各地を旅してまわり、数え切れぬほどの功績を残して歴史上の人物となった。
……ところでもう一人、紅瞳の聖女は存在する。
この二代目紅瞳の聖女、俗に『紅のユウキ』と呼ばれる彼女は、主だった史書にこう記されている。
《その姿は天使のごとく麗しく、その態度はケダモノのごとく見苦しい》
《かの聖女は主に三つの善と三つの悪を兼ね備えていた。
前者はすなわち正義、勇敢、仁愛であり、後者は粗暴、下品、軽薄である》
《名声や金品にはまるで興味を示さず、また身分の貴賎で人を差別しない無欲かつ公平な人物ではあった。
だが貴族の招待を無視するというような無礼を度々(たびたび)やらかしていたため、人の恨みを買う事も少なくなかった》
《彼女の行動原理は独善かつ感情的というほかなく、神の教えも国法も無視した蛮行の数々に苦しめられたという者も少なくない》
なんともひどい評価である。
要約するとひどく粗暴な正義の味方、といったところか。
これから始まる物語は、その困り者の二代目聖女の話。
『彼』の名は相沢勇輝。まだ十五歳の『男子』高校生である。
彼はまだ、己の身に降りかかった数奇な人生の事を何も知らない。
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