95話 初日 前編
ジャックさんの住まう家は最上階にあるようで、エレベーターで移動した。エレベーターのボタンで七十なんて数字があるのかと驚いてしまった。
「ようこそ、我が家へ」
家に上がり、リビングに通される。
途中の廊下には綺麗な調度品が置いてありジャックさんの趣味かと尋ねると、どうやら違うようでジャックさんのお嫁さんの趣味らしい。
「僕はあまりそういうのに興味がなくてねえ。妻がいなければつまらない家になっていただろうね」
「・・・へえ」
のろけなら他所で言って下さい。
「その奥様方は何処に? 家の中に他の気配はないようですが」
「ああ、三人とも今は仕事だから家を離れているんだ。別に働かなくてもいいんだけどねえ。本当にできた三人で僕にはもったいないよ」
参った参ったと頭を掻く剣聖を横目に必殺の拳が炸裂しそうになる。
この場でジャックさんを葬ったとしても誰も目撃者はいない。
もし俺がこの場に足を運んだ理由を知っているうえでわざとやってるのだとしたらその時は・・・
「ふ、ふふふ」
「ど、どうしたんだい? 楽しそうで何よりだけど何故か悪寒が走るのだが・・・ま、まあそれよりもとりあえず座ってくれたまえ」
「では」
促されるままにソファーに座る。向かいには机を挟んでジャックさんが座っており、まさか自分の命が危機に瀕しているとは思っていないのかニコニコと笑みを浮かべている。
「それで? 少年は僕が手紙に書いていた面白い場所に興味があって来たのかな? それとも別の目的があったりするのかい?」
・・・ふむ、どうやらジャックさんは俺の来た目的に気付いてはいないようだ。ちっ! 命拾いしたな。
それにしても面白い場所に関する記述なんてあったか? 可愛い子を紹介するしか覚えていなかったぜ。
「別の目的、ですね。それも・・・かなり重要な」
机に肘を突き、ゲンドウポーズをとる。
俺のただならない雰囲気に押されてか、ジャックさんは喉を鳴らし真剣な表情へと変える。彼の額をつたう汗で、事の重要性をようやく理解したのだと俺は判断する。
「それはいったい・・・」
「おや、お忘れですか? ジャックさんの手紙にも記載されていたと思うのですが」
「手紙・・・いや、すまない、僕には分からないな」
顎に手を当て必死に考えているジャックさんに俺は呆れた視線を向ける。
全く、自分の台詞には責任を持ってもらわないと困る。
俺はため息を吐くと、重々しい雰囲気を纏いながらその口を開く。
「可愛い子を紹介して下さい!」
恥も外聞もなくそれはもう堂々と、俺は言い放った。
たっぷり数秒置いて、
「・・・・・・へ?」
剣聖の口から呆けた声が漏れる。
真剣であった表情は口を開けた阿保面に変身し、イケメンであるはずの彼が醜態をさらしていた。
「すまない。僕の聞き間違いだと思うからもう一度聞くよ。少年は何をしにイギリスに来たんだい?」
「あなたに会いに来たんですよ。可愛い子を紹介してもらうために!」
「・・・は、はあ。いや、すまない。まさかそんな理由で来たとは思わなかったから少々驚いてしまったよ」
喧嘩か? 俺は喧嘩を売られているのか?
確かに、全てを持っている目の前のイケメンハーレム野郎からすれば可愛い子を紹介してもらうというのは『そんな事』で片付くものなのかもしれない。しかし、俺からすれば、俺達紳士の集いからすれば、それは『そんな事』で片づけられるようなものでは決してないのだ。
「う~ん・・・あっ、いやね、別に紹介するのは構わないのだけれど、本当に君には必要なのかい? 僕からすれば君は相当女性に好かれているように見えるのだけれど」
俺は握っていた拳を静かに解く。
そうか、ジャックさんからは俺が好かれている、モテているように映るらしい。成程、それならば彼の誤解も致し方がない。俺もこの怒りを抑えようというものだ。
「ふむ、では、紹介とは言わないまでもジャックさんの経験をお聞きしたいですね。三人のお嫁さんがいるのなら非常に濃い経験をされているはずですし」
「確かに、僕が彼女達と結ばれるまでには色々とあったけれど参考になるかは分からないよ?」
ジャックさんの言葉に俺は構わないと一つ頷く。
「そうかい? じゃあそうだな。僕には三人の妻が居るのだけれど、三人と出会ったのは全く別の時期、場所でね。一人は僕が高校生の時の後輩、一人は僕がイギリス支部で活動していた時の同期で、最後の一人は僕が絶対者になった後にスパイとして近づいてきた諜報員だったんだ」
しょっぱなからアクセル全開でどこに突っ込もうか悩んでしまう。
まず、高校時代。
俺が今(本来であれば)その高校時代に当たる訳だけれど、それはまあ毎日侮蔑の目で見られたというものだ。
少数。それも片手、いや両手はいただろうか。
まあどちらにしろサッカーチームが出来るか出来ないかの瀬戸際の数が俺に侮蔑の目を向けなかった希少な存在がいたにはいた。
二階堂先生や七瀬先輩がその希少種に当たる訳だが(七瀬先輩は能力に関して侮蔑している訳ではないのでセーフ)、どう考えても恋人になるような未来は存在しなかっただろうと思う。
次に、特殊対策部隊にて。
俺的にはこれが最も可能性があるのでは思う。
少なくとも部隊内の女性陣に嫌われてはないと思う。思いたい。流石に桐坂先輩や菊理先輩は年齢的に範囲外ではあるが、他の三人とはワンチャンあるのではないだろうか?
服部さんともしもそんな関係になったら、毎日が楽しそうである。食費で家庭が潰れそうではあるが、絶対者である俺にはそれは些細なもので障害にさえなりえない。
他の二人、西連寺さんと吉良坂さんとはあまり交流がないためなんとも、といったところか。
そして最後のスパイ? とかなんとか。
ちょっと待ってくれと手を上げざるをえない。
何せ俺が絶対者になって二か月と数週間という日にちが経っている訳だが、未だそのような人物に遭遇した覚えがない。一人も、である。
この二か月間は本部にいるサリーと戯れ、蒼に買い物に付き合わされ、偶に怪物を撲殺してきた記憶しかない。
「あの、すみません。俺はまだスパイ系の女性に遭遇してないのですが・・・」
「えっ、一人もかい?」
「ええ、一人もです」
「それはおかしい。絶対者のもつ情報は何処の国も喉から手が出るほど欲しているもののはずだ。あのレオンにだって五十人は送り込まれたと聞いたんだが・・・」
二人の間に気まずい空気が流れる。
何故俺の下にスパイが一人も来てくれな・・・来ないのか。
一つ、俺の情報を余り欲していない。
俺を除いても他に八人も絶対者は存在しているのだ。別に俺をそこまで重要視する必要はないのではと考える国があっても不思議ではないのかもしれない。
二つ、送り込んではいるが、途中で何者かの介入を受けている可能性。
確かにこの可能性がない訳ではない。しかし、送り込まれてくるスパイ全てを封殺出来る存在なんて相当限られてくるだろう。各国が自信をもって送られてくる精鋭なはずなのだから。
それに、出来るだけ俺の傍に居続けなければスパイに気付く事すら出来ないはず。
故に可能性は低いとみていいだろう。
そして三つ、俺に魅力が・・・・・・ない。
「うわぁああああああ!!!!!」
「どうしたんだ少年?! 落ち着くんだ!」
絶対者だなんだと言われても、俺は齢十六歳の餓鬼だ。
各国のスパイのお姉さま方が、
『え~ 私そんなおこちゃまに興味ないからパスで~』
とか言って仕事を放棄している可能性もある。
否、この可能性が最も高い!
「ごぶぅはあ!」
「少年っ!」
血反吐を吐き、満身創痍の俺にジャックさんが駆け寄り背に手を置いて摩る。
「じゃ、ジャックさん・・・この話は一旦置いておきましょう。このままでは俺は死んでしまう」
「わ、分かったよ。そうだ! 面白い場所について話そう!」
「お願いします」
くっ、まさか初日からこれ程までのダメージを負う事になるとは。
しかし、俺はまだ諦めないぞ!
おや、あまり話が進んでいない(;´∀`)





