94話 服部家
「蒼ちゃん朝っすよ~」
「・・・ふへへ」
「あはは! くすぐったいっす!」
鈴奈さんの胸の中で目覚める朝、控え目に言って最高だ。
頭の中で血涙を流しているお兄ちゃんが見えるが、私はそれを鼻で笑う。
そう、私こと蒼と黒猫のルイは今鈴奈さんのお家にお邪魔している。
私達と同じマンションに住んでいるものだとばかり思っていたが、実家が近い鈴奈さんはそちらの方に住んでいるようだ。
そしてそのお家というのがこれまた驚くようなものだった。
古風な屋敷だ。
それもめちゃめちゃに広い敷地を誇るもので、門のところで横の長さを目視で測ろうとしても不可能なほどである。現代の鉄筋コンクリート造の家ばかり見ている私はほげ~と、口を開いて阿呆な顔を浮かべる事しかできなかった。
衝撃の事実、鈴奈さんはお嬢様だったのだ!
失礼ながら私達と同じ庶民の同志だとばかり思っていた私は、色々とお嬢様の生活というのを聞いてみたのだが、
「えっ? 別に私はお嬢様じゃないっすよ~ 私の仲間に麗華さんって人がいるんすけど、その人の家に比べたら全然っすよ」
これがカルチャーショックというやつなのかと初めて体験した。
どうやら我が家は豚小屋か何かであったようだ。お兄ちゃんが帰ってきたらちゃんと報告せねばならないだろう。
とまあ、今日はその格の違いを実感した日の翌日である。
「蒼ちゃん、朝ご飯に行くっすよ!」
「おう!」
「にゃ~」
鈴奈さんの胸を数分堪能し満足すると、朝ご飯を食べに部屋を移動する。
中庭の池が朝日に反射して非常に美しい。ウンディーネが居ると言われても信じてしまいそうだ。ここに居るとしたらおそらく和服を着ている大和撫子のような姿をしている事だろう。
「本当に大きな屋敷ですね。迷っちゃいそうです」
「私はもう慣れたっすけど、初めは迷うかもっすね。あまりいろんな場所にはいかない方がいいっすね」
迷うって、どんな屋敷だ。
そして、廊下の所々に刀みたいな切り傷が見え隠れするのが少し怖い。まさか人を殺しているなんて事は・・・いや、これ以上は考えるのは止めておこう。私はまだ人生をリタイアしたくはない。
「ここっす! ほら、早く食べるっすよ!」
「おぉ! おぉうっ?!」
食事が置かれている部屋に到着し、おそらく私の席であろう場所には色とりどりのお皿が置かれており目を輝かせる。
そして、少し目をずらすと私の数倍の量はあるであろう料理が所狭しと並べられていた。
(こ、こんな量をいったい誰が・・・お相撲さんでも不可能だよ・・・)
明らかに人間が処理できる範囲を超えている。
この屋敷にはドラゴンでも飼っているのかも知れない。まさか朝ご飯を共にするとは思わなかったが、郷に入っては郷に従えということわざもある。喜んで異種族間交友をさせていただこう。
「いただきます! うん? どうしたんすか、蒼ちゃん? 早く食べないと冷めちゃうっすよ?」
しかし、私の予想ははずれ、巨人もかくやと驚愕する程の料理の山の前には服部さんが席に着いた。
私は驚きで体が動かない、服部さんのお腹を見て、身長を見て、最後に胸を凝視する。
(ど、どういう事だってばよ! 服部さんの体を例えるならふにゅん、すらっ、ふにゅんという感じで全体的にスリム! 何処にも栄養が行っているようには見えない!)
アトランティスやコスタリカの石球に並ぶ謎だ。
もしかしたら服部さんは猫型ロボットの親戚なのかもしれない。でなければその体に大量のご飯を詰め込めるはずがない、説明が出来ない。
「あ、あはは。勿論食べますよ」
「にゃ、にゃ~ん」
私とルイは引き攣った笑みを浮かべ、服部さんとの楽しい朝食を迎えた。
◇
私よりも余程暴食な服部さんとの朝食を終えると、トイレを借りに部屋を出る。
「確かここの廊下の突き当りだったかな?」
地図でもあればいいのに。
これだけ大きいのも考えものかもしれない。
移動途中、近くの部屋でおかしな声が聞こえてくる。
「なんだろ?」
どこか人のうめき声に似た感じのそれに私は足を止め、声の聞こえてくる部屋の襖を開ける。
「・・・」
「・・・」
ぱちぱちぱち。
三度瞬きを繰り返し、目の前の状況が夢ではない事を確認する。
女の人だ。
髪の色が金髪だという事からおそらく外国の人だろう。見た目が非常に整っていてとにかく胸が大きい。それだけであれば私がここまで混乱する事はない。
その女性は、腕を後ろ手に拘束されており、口をタオルのようなもので塞がれていたのだ。
お互いの瞳が交差し、静寂が訪れる。
そこで、すっと隣から伸びてきた手が襖を元の通りに閉めた。
「あ、蒼ちゃん、これは違うんすよ」
「ハハハ、ワタシ、ナニモミテナイ」
まさか鈴奈さんにこんな趣味があったとは・・・
ここは見てないふりをしないと私も鈴奈さんの手であんな事やこんな事に!
べ、別に同性がどうとか言う事はないけれど、その、私には少し早いというか、何というか・・・
「お、応援します!」
とりあえず右手でサムズアップして鈴奈さんの心を応援する旨を伝える。
大丈夫。私も、お兄ちゃんも鈴奈さんの想いを否定なんてしない。だから勇気を持って下さいという思いを込めて。
「その目は絶対誤解してるっす! 話を聞いて~!」
「わかってます、分かっていますよ」
「もう!」
それから数分後、ようやく落ち着いた私は鈴奈さんの理由を聞いて自分の誤解に気付いた。
「は、はあ、お兄ちゃんのハニートラップ?」
と、いう事らしい。
お兄ちゃんが絶対者になって以来、結構な数のスパイがお兄ちゃんの周辺をうろついていたのを人知れず襲撃、もとい事情聴取するために保護しているらしい。
私は横目でそのスパイさんを確認する。
「・・・ほう、ほっほ~う」
確かに素晴らしい戦力を保有している。
小型艦である私と鈴奈さんとは比べるべくもない。この大型艦がお兄ちゃんに攻撃をぶつければ泥船のお兄ちゃんは一撃で撃沈する事だろう。
「別に拷問とかしてる訳じゃないっすし、ちょっとメってしてるだけなんすよ。だからその、この事は柳君には内緒で・・・」
「いいですよ~」
「本当! よかった~ 気持ち悪いとか思われたらどうしようと不安だったよ~」
むしろ感謝だ。
あのだらしない兄を守ってくれたのだから。
お兄ちゃんが聞いたら絶対残念がると思うが、後々の事を考えれば鈴奈さんには感謝してもしきれない。
「うん?」
鈴奈さんはお兄ちゃんの事どう思ってるんだろうな~と思いながら微笑を浮かべていると、ふとポケットのスマホが振動する。
お兄ちゃんだろうかと確認すると、一件のメールが届いており、差出人はお父さんだった。
疑問に思いながらメール文を開くと、
『数日間は家に留まっておいた方がいい。異変が起きている』
余程急いでいたのか、かなり短い文でそう書かれていた。
「なにか、起こるの?」
だとすればまたお兄ちゃんが巻き込まれてしまうのだろうか。
今は外国にいるお兄ちゃんが何をしているのか、せめて今はゆっくり羽を伸ばしてほしいと望みながら私は空を見上げた。
受賞しました(*´▽`*)
書籍化の情報が出次第、活動報告に載せようと思います。
Twitterのアカウントも作ってみたのですが何をすればいいのかよく分からぬ。
よければ→https://twitter.com/kuro_kamigami





