74話 進軍する者
情けねえ。
レオンさんに滅多打ちにされた挙句、体を戦神に乗っ取られるなんざ、これからどう挽回すればいいのか。
「お前は・・・坊主か・・・?」
「ええ、先程は情けない姿をお見せしてすみません」
「ふっ、いや、俺も楽しめたから構わん。だが、お前はその体で戦えるのか?」
確かに、俺の体は限界をとっくに超えている。
内臓もボロボロで骨も数本粉砕している状態だ。
しかし、それはレオンさんも同様。対して変わりはない。
お互いに満身創痍な状態でまともに攻撃できるのは後一撃といったところだろう。
――十分だ。
一撃放てるのなら、それで終わらせるのみ。
後先の事など考えない全身全霊の一撃を放つ!
「・・・なるほどな。いい目をしてるじゃねえか・・・ここで負けてやってもいいかと思ったが気が変わった。その誘いに乗ってやるよ。だがなあ――後悔すんなよ?」
再度、レオンさんの体から噴き出る金色のオーラ。
ゆっくりと立ち上がり左腕を正面に、そして右腕のガントレットを引いて構える。
戦神と闘っていた以上の覇気に俺は笑みを浮かべる。
そうだ、この絶対者を俺が柳隼人自身が越えなくては何の意味もない。
さあ、今だ。
この場で力を出し切らずしていつ出すというのか。
この場で目の前の壁一つ越えられない者が家族を守り切れる訳がない。
構えは取らない。
ただただ本能のままに、腕に力を収束させる。
「群衆よ、我に続け」
闘気が以前より良く馴染む。
戦神に憑依された反動だろう。以前の自分の練度が如何に低いかがよく分かり多少へこむが今は形振り構わず活用させてもらう。
「この一撃は、我らの障害を砕き、勝利へと導く狼煙である」
戦神が語った言葉。
『技術? 能力? はっ! そんなものは糞くらえだ! 力こそが全てであり、闘争こそが我が道である! 止まらぬその意志こそが我が力の根幹なり!”』
あれは俺に向けられた言葉だ。
戦神は農耕と戦いの神だ。
しかし、彼には軍神の代名詞としても語られる。
そんな彼にはある異名があった。『進軍するもの』としての異名が・・・それは、
俺が攻撃を放つ前に、レオンさんが距離を詰める。
右腕のガントレットが空間を抉りながら俺の顔目掛け無慈悲に振り下ろされる。
「喰らえ、獅子の凶拳!」
神が戦士として認めた者の本気の一撃。
確実に死へと誘うそれを見つめながら、俺は技を完成させる。
「行進せよ、進軍する火星」
技と呼べるかも怪しい、本能だけで振るわれた右腕がガントレットと衝突する。
拮抗はしなかった。
その一撃を止める事は出来ない。
確実に前へと進軍し続け、傲慢に、不遜に、ただただ前進する意思の奔流。
決着は・・・
◇ジャック視点
僕は少年とレオンに心より拍手を送る。
心臓が先程から五月蠅く鼓動し、戦闘を促してくる。
しかし、残念ながら僕の試合は明日だから、一日我慢しなくてはならない。
ああ、こんなことなら準決勝を見るべきではなかった。手が疼いて仕方ないじゃないか。
観客を見回せば、攻撃の衝撃で未だ勝敗が分からないモニターを一心不乱に見つめるものばかりだ。試合開始前のどうでもいい雰囲気など一ミリたりとも存在していない。
「楽しみだなあ、これは僕もあれを召喚しないといけないかな?」
いや、確実にあの剣を抜くことになるだろう。
まだ完全に掌握出来ている訳ではないが、抜かなければやられる。そんな予感がひしひしと湧いてくる。
「まあ、それも醍醐味だしね」
同等以上の相手でないとそんなチャレンジは絶対にしないだろう。
思い切った行動をしたのは僕がまだ全く力を使いこなせていなかった頃、十年も前の歳の話だ。
「いや、自分の事ばかりではいけないね。まずは新たな絶対者の誕生を祝わないと」
徐々にモニターの砂塵が晴れていき、その場に立つたった一人のシルエットが浮かび上がる。
「そうだなあ。お祝いとして彼の知りたそうな情報も教えてあげよう。後は何だろうか? 女性の対処方法なんかも教えてあげようかな? 今後彼にもハニートラップはあるだろうし、ころっと引っかかられてもこちらとしては困るからね」
いや、あの歳であれ程までの力を身につけている少年ならハニートラップなんかには引っからないだろう。逆に相手を翻弄して情報を抜き出すぐらいするかもしれない。
「でもまあ、まずは・・・
明日、先輩直々に叩き潰してあげようかな。柳隼人君?」
モニターの映像が鮮明になり。
血だらけになりながらも左手を高く掲げ、勝利の雄たけびを上げる一人の英雄に僕は静かに語り掛ける。
ジャック・グラント。
世界に八人のみの絶対者の一人であり、二つ名は【剣聖】。
そして彼の序列は、
――五位。
◇七瀬 真鈴視点
『・・・は、隼人選手・・・柳隼人選手です! 壮絶な戦闘を勝ち抜き、準決勝を勝ち抜いたのは超新星、いえ、新たなる絶対者! 柳隼人選手です! 今、この瞬間! 歴史に新たなる一ページが刻まれました!』
テレビの向こうでナレーターの女性が興奮しながら柳君の存在を世界に叫ぶ。
そして私は食べかけのご飯を机に置くとため息を一つ付き、画面の中で左腕を突き上げる柳君を見る。
「はあ・・・先に進み過ぎなのよ。これじゃあ恩も返せないじゃない・・・ばか」
学校に居た頃に戻れとは流石に言わないが少しぐらい立ち止まって休憩していて欲しい。
これではいくら私が頑張っても彼の役に立てるビジョンが全く想像できないではないか。
「あぁ! お姉ちゃんが乙女の表情してる!」
「は、はぁ?! 何言ってるのよ梓!」
私の横で、車椅子に座りながらニヨニヨと意地の悪い顔を向けてくる少女の名前は七瀬 梓。可愛らしい私の妹だ。
数か月前までは病に伏せっており、治療する為には非常に高い金額を払わなければならなず半ば絶望していたところを柳君に助けて貰ったのだ。
そして治療に成功し、今では車椅子で生活できる程までに回復した。その時の感動は今でもよく覚えている。
「いや~ お姉ちゃんが柳さんを見ながらため息をついてるもんだからついつい! 恋する女性ってのは不憫なもんですな~」
「ため息をつく事と恋が何で関係あるのよ!」
全く、この妹は何をいっているのやら。
私が柳君を好きだなんて事は・・・断じてない! ないったらないのだ!
私は彼の生き様が嫌いだ! 今ではそれも治ってるのかもしれけれど・・・い、いや私は騙されない! 人の心情というものはそう簡単にはどうこうできるものではないのだ。
それは学校の生徒達が示している。あの対校戦への出場に彼の力を肌で感じた数名以外の生徒達は今でも彼がイカサマをしたと言っている者もいる。まあ、それも今日の映像を見れば変わるかもしれないが人の心情はそう簡単には変わらない証明にはなるだろう。
「もう、この子ったら一体誰に似たのかしら、ツンデレは負けフラグなのよ?」
目の前で脳みそが溶けたような戯言を言っているのは残念ながら私の敬愛する母である。
“もう~”と言いながら揺れる乳を叩きたい気持ちに襲われるが、我慢我慢。
・・・どうして私にはその果実があまり実っていないのかしら? ・・・今からでも遅くないわよね?
「お姉ちゃん必死に頑張ってるから実って欲しいけどなあ」
「そうね~ 先生方も全員凄い驚いてらしたから、真鈴も才能はあると思うけれど」
そう、私は柳君の去ったこの数か月で急成長している。
能力数値も以前は二万だったが、今では八万を超えている。
もう、学校の先生方よりも数値は上だが数値が全てではない事を私は知っている。今の未熟な自分に慢心などありえない、その瞬間私は命を落とすかもしれないのだ。
「はあ・・・」
目指す場所は遠い。
でも、私は進み続ける。
次回、明日予定(*´▽`*)
久しぶりの七瀬さんでしたね。彼女がまた主人公と出会う日も近いかも?





