73話 戦神降臨
明らかに坊主の雰囲気が変わった。
ちょっとやそこらの変化ではない。そう、まるで人格が変わったかのように、纏う存在感の質が一変している。
「この程度は怪我にも入らんだろ」
坊主は俺の拳を掴んでいた右手を離すと、己の左腕を掴み骨が削れる音を響かせながら強引に元の位置に戻す。見ているだけで坊主が感じているであろう激痛に悶え苦しみそうだが当の本人は顔色一つ変えていない。
「どうした? 間合いだぜ」
呆気にとられ攻撃を停止していた俺を満身創痍であるはずの相手が指摘する。
その変化に動揺するが、今はそんなことどうでもいいと思考を放棄する。
まだ、俺を楽しませてくれるのならそれ以上の事はない!
「破牙乱舞!」
両の腕を縦横無尽に振るい、空間を切り刻む。
空間全体を制圧するが如く迫る猛撃を前に坊主は・・・
――その全てを回避した。
微笑を浮かべながら、振るわれる斬撃を視界に捕らえ、全てを紙一重の間隔で回避したのだ。つまり、俺の攻撃が完全に見切られているということになる。
最後の一撃に回し蹴りを叩き込むが、やはりこれも躱される。
「これは流石に変わり過ぎじゃねえか?」
「それはそうだろ。何せ貴様の相手はこの俺だぞ」
回し蹴りを放った姿勢で、俺の脚の上に立つ坊主が俺を見下ろす形でそう断言する。
直後、頭部に感じる衝撃。
坊主の蹴りが俺の右側頭部を捕らえ、吹き飛ばしたのだ。
俺は吹き飛ばされる中、戦いの高揚にどうしようもなく笑みを浮かべる。
空中で反転、ガントレットを地面に突き刺すことで勢いを殺す。
そのまま坊主を視認すると、口に闘気を収束させ撃ち放つ。
「がぁああああッ!」
金色に輝く極光が地を、森を、空間を蹂躙しながら坊主を呑み込む。
例えSランクの怪物だとしても骨すら残らず一瞬で消え失せる一撃。
それは、奴に直撃し・・・消滅した。
「やっとこの体にも少し慣れた」
単純な話だ。
極光と同出力の攻撃をぶつける事で相殺したのだ。
笑みが引き攣る。
(技でも何でもねえ・・・ただ普通に殴っただけで同等の威力を出しやがった)
坊主・・・いや、今更だがあれは坊主じゃねえな。完全に別物の何かだ。
奴は手を強く握ると高らかに叫ぶ。
「技術? 能力? はっ! そんなものは糞くらえだ! 力こそが全てであり、闘争こそが我が道である! 止まらぬその意志こそが我が力の根幹なり!」
まるで自分に言い聞かせるように叫ぶと、俺を静かに見据える。
「来い、人間。ここに神話の闘争を再現しようではないか」
「はっ! 言われるまでもねえ!」
地を踏みしめ空高く跳躍する。
奴は俺からその視線を動かさない。
俺は大気を足場に空を飛び交う。
奴の頭上に到達すると、今までの加速を上乗せした一撃を振り下ろす。
「これは中々!」
奴は両腕で防御する。
顔の笑みが全く変化しない所を見るに、まだまだ余裕といった感じか。
まあ、予想通りだ。
「凶化!」
俺の体を漆黒のオーラが包む。
【獅子奮迅】状態でしか使えない俺の奥の手の一つ。体の反動が大きすぎる為、今までは使ってこなかったが、どうにも能力を渋って勝てる相手ではないらしい。
「む?!」
増大した威力により奴の足元が陥没する。
素早く奴の前面に降り立つと、左足で地を砕きながら踏み込み、渾身の右を叩き込む。
確実に体を捉えた感触を感じると、彼方へと消し去る気持ちで振り切る。
「はあはあ・・・」
一瞬で、視界から消え去り、余りの速度に地面の一部がガラス化している。
凶化状態は長くは保てない。
しかし、それ相応の強大な力を振るう事が出来る。今の状態の俺であれば例え三位であろうと引けをとらないだろう。
流石に奴も・・・
数メートル先の地が爆ぜ、砂塵が巻き上がる。
・・・
今の俺はどんな顔をしているだろうか。
いや、言われずとも分かっている。俺は笑っているのだろう。
待っていたのだ。自分の全力をぶつけられる戦いを。
絶対者同士が戦う事は滅多にない。
ゆえに俺は飢えていた。ギリギリの戦いを。どちらが勝つか分からない手に汗握る闘争を。
砂塵が闘気によって流される。
豪快に降り立った奴の表情は歓喜に満ちていた。
「誇れ人間。貴様、俺達の領域に片足を踏み込んでいるぞ」
俺の渾身の一撃でほぼ無傷・・・
断言しよう。
俺は奴には勝てない。
だが、それでも・・・
「余り俺を下に見てると喰い殺すぞ」
豪快に笑って挑むのみ!
言葉を境に、俺と奴は更に激しくぶつかり合う。
それは嵐のように、神話の物語のように。
天変地異を引き起こし、周囲の全てを蹂躙する。
歴史上ここまで激しい試合など存在しないだろう。
観客達の顔が見てみたいものだ。ジャックの奴は羨ましさの余り膝を揺すっているだろう。
「悪くない! 悪くないな人間! フェンリルと殺し合った時を思い出す!」
俺の攻撃は何一つ届かない。
奴は力と闘争の化身だ。
法則、概念、その他全てを力だけでぶち破り、決して止まらず進み続ける者。
「・・・ああ、悪くない」
俺は地に体を伏せながら笑う。
先を見ることが出来た。
ならば俺はまだ進める。人類に希望は残されている。
あのSSランクに勝つ事さえ不可能ではない。
「戦士よ・・・貴様の名は」
「・・・アーベル・レオンだ」
「レオンよ。貴様との闘争は何とも楽しいものだったぞ」
奴が右腕を振りかぶる。
(帰ったら、久しぶりに修行でもするか・・・)
柄にもなく、そんな事を想いながら、奴の拳を見つめる。
そして、
「がッ?!」
奴は振るった拳を自身の頬で受けた。
「はぁ?!」
予想外の展開に思わず戸惑いの声を出す。
「・・・何勝手に終わらそうとしてるんですか・・・人の体で好き勝手しないで下さい」
次話は明後日かな(*´▽`*)