69話 準決勝開始
昼休憩も終わりいよいよ準決勝の時間になった。
しかし、どうにも観客の反応は余り良くないようで、予選の時にあった熱はすっかり冷めてしまっている。勝敗が分かり切っている試合に熱くなれと言う方が無理な話ではあるが、少しぐらい俺の勝利を信じてくれる人達はいないのだろうか。
俺の試合は二試合目で、その前にジャックさんとレイピアを扱うロドルフさんと言う人が試合をする。
二人の試合中、俺は控室で待機していないといけない。
その為、既に控室に到着しており大会のスタッフさん達と楽しく喋っている。女性の方もいるので三割増し、巨乳で五割増し嬉しい状態だ。
控室にもテレビが設置されており、試合の状況は確認できる。
ジャックさんの戦闘を少しでも把握できれば一石二鳥だ。
「・・・お腹痛くなってきた」
「大丈夫ですか? お薬持ってきましょうか?」
「だ、大丈夫です。お姉さん方の笑顔が俺の特効薬ですよ」
「あらあら、お上手ですね。ふふっ」
「精一杯応援しますから頑張ってくださいね!」
「お世辞でも嬉しいものですね・・・」
俺の口説きレベルも数段階上達したかもしれないな。
もし俺が絶対者になったら女性にいっぱいアタックしてみるか。俺に地位が付くことで億が一の可能性だが、彼女が出来るかもしれん。
「そろそろ第一試合が始まりますよ」
スタッフの言葉に視線をテレビに移す。
そこには会場の中心に移動するジャックさんともう一人の能力者の姿があった。
贅沢は言わない。だからせめて技の一つでも引き出してもらえることを祈る。
◇レイピア使い視点
ようやくだ。
ようやくここまで来た。
この場で目の前のいけ好かない絶対者を倒す事で俺が新たな絶対者になる時がきたのだ!
「よろしくお願いします」
「・・・ああ、よろしく」
ちっ、余裕淡々としやがって。
だが、笑っていられるのも時間の問題だぞ。
俺は貴様が剣聖と言われている事が腹立たしくてならん。
ただ能力に恵まれただけの男などより、技術を磨きに磨き続けた俺の方が余程剣聖の名に相応しいだろう。
この一戦を以て貴様から剣聖の名も剥ぎ取ってやる。
『さあ遂に準決勝第一試合が始まります! 対戦するは、予選では剣の一閃にて全てを両断した絶対者、ジャック・グラント対オランダ支部所属ロドルフ・クラッペ! 互いに剣を武器に戦う能力者ですが一体どのような試合を見せてくれるのでしょうか!』
ナレーターの声が会場内に響く。
『それではお二方をフィールドに転送します!』
一瞬視界が光に満たされた後、先程の場所ではないフィールドに降り立つ。
今回のフィールドは巨大な橋の上だ。
風が吹き、髪が揺れる。
目の前には既にジャックの姿がある。
しかし、準決勝からは予選と違いスタートの合図がある。俺と奴の中間地点に三十秒のカウントを示すウィンドウが映し出されており刻一刻とその数を減らしていく。この数字がゼロになった瞬間から戦闘が開始されるのだ。
「・・・」
レイピアの感触も悪くない。
速攻でジャックに詰め寄り、溜めの隙さえ与えずに貫く。
やるべき事は既に決まっているのだ。ならば俺はただただその定石通りにすればいいだけ。
「ふっ・・・」
残り十秒。
剣士の間合いを殺せる俺との勝敗は決したも当然。まあ、精々みっともなく足掻いて俺の踏み台となってもらおうか。
【FIGHT!!】
カウントがゼロになると同時、ビー!という音と共に中央のウィンドウが弾け【FIGHT!!】の文字が浮かび上がる。
「はっ!」
一拍おいて俺はレイピアを構え疾走する。
その間にもレイピアの形状を操り、奴の選択肢を消して――
しかし、気付いた時には奴の姿が消えていた。
「ぁ・・・ひゅッ?!」
どこに行った?! と驚愕の声を上げようとするも、何故か声が出ず、代わりに血塊が吐き出される。そして体勢をずらしながら視点が回転し、ゆっくりと降下する。
ここにきてようやく己の首が両断されたことに気付いた。
首が百八十度回転した事で後方にジャックの姿を視認する。
「やはり、申請した剣程度だともう限界か・・・」
奴の剣は半ばから折れており、使い物にならない状態だった。
俺が何かしたわけではない。明らかに使用者の練度に対し、剣が追い付いていない事の証明。
(能力すら・・・使わせる事が出来なかったのか?)
体が粒子になる刹那、奴は振り返ると口を開く。
「僕は八人の中で最も凡庸な人間ですからね。努力だけは人一倍しているつもりです」
その言葉は俺を殴りつけ夢から目を覚まさせるには十分だった。
どうやら半端な力を手に入れた事で天狗になっていたのは俺の方だったようだ。
◇
「はえぇ」
速度だけではない、驚愕すべきは何よりもその技術だ。
移動において相手に認識されない歩行技術、死角からの寸分の狂いの無い斬撃。
あれは一朝一夕に出来るものではない。
「はあ・・・」
ああ、いやだいやだ・・・
日々を怠らず技術を磨き続ける天才程厄介なものはない。
戦いたくないタイプだぜ。
ま、それもこの一戦を乗り越えなければ話にすらならないが・・・
「じゃ、行ってきます」
スタッフさん達に挨拶をして部屋から退出する。
そのまま場内に入り、中央へと足を進める。
「やっぱりこうなったか・・・」
「俺二回戦の賭け一分にしたんだが十秒にすれば良かったぜ」
「まあまあ、その分明日盛り上がるから明日を楽しみにしとこうぜ」
会場に熱気はなく、どこか緩い空気が流れる。
彼等は今、レール上の勝敗の決まりきった遊戯を見ている気分なのだろう。
勝敗など決まりきっている。
絶対者には敵わない。
挑むだけ無駄だ。
数値『0』には不可能だ。
「はっ、うるせえ」
俺は全ての否定の言葉を鼻で笑う。
言葉はいらない。お前等はただ俺を見ていろ。
決められたレールなどこの手で粉砕し、自らで新たな道を作ればいい。
絶対者――常人とはかけ離れた法では縛れぬ理外の怪物達。
もし対抗できる存在がいるとすれば同じく理外の怪物だけ。
それならば、俺にも十分に勝算はある。
神とは気まぐれに天変地異を引き起こし、世界を変革する理外の象徴ともいえる存在なのだから。
「良い顔してやがる。俄然やる気が出てきたぜ」
「あんまりやる気出さないで下さいよ。倒しにくいじゃないですか」
「はははっ!」
場内の中心に俺とレオンさんの両者が揃う。
『続いて準決勝二試合目を開始します! たった一人で四十三名の能力者を僅か数分で倒した絶対者、アーベル・レオン! 対するは日本支部所属、柳 隼人! 僅か十六という歳で準決勝まで上り詰めた今大会最年少選手です!』
ナレーターの紹介が終わると共に転送の光が両者を包む。
目を開きまず目に入るのが十メートル先に立つレオンさんと後方にそびえ立つ巨大な廃城。後ろを振り返ると何処までも続くような木々が並び立っている。
空は何処となく暗く、不気味な雰囲気があるが、俺は眩しい太陽より少し暗いぐらいが丁度いいので何も支障はない。
中央のカウントは既に二十を切った。
勝てるだろうか・・・
無駄な自問自答だが考えずにはいられない。こういう時に考える時間があるのは思考がマイナスに働くから駄目だな。
「ふう~」
深呼吸を一つ。心を落ち着ける。
(無駄に気張るな・・・勝てないはずがない。そして、蒼の前で俺が負ける事は許されない)
そしてカウントが残り三秒となった時、レオンは目を驚愕に見開くと腰を少し落として防御の態勢に入る。
やはり【先見】の力は厄介だな・・・
三秒先の未来が見えるなんてチートもいいところだ。
しかし、未来が分かったところで対処できなければ意味がない。
そして一秒。
――起きろ、戦神。
ゼロ。
【FIGHT!!】
僅かのラグもない完璧な同時。
合図とともに俺がいた地面が陥没し、爆ぜる。
俺の姿は既にレオンさんの眼前、右腕を引き一撃を放てる状態。
余りの速さに純白のオーラが軌跡を描き、一拍遅れて爆風が木々を薙ぎ払う。
万感の思いを込め開幕の一撃を叩き込む。
「星穿――五撃!」
星すら穿つ一撃が計五発。
ほぼ同時にレオンの体に突き刺さる。
「がはっ?!」
腕でも防御だけでは威力を殺しきれず、レオンさんはそのまま後方に城壁を破壊しながら吹き飛ぶ。
後に歴史に残る柳隼人とレオンの試合は、観客の誰もが予想だにしなかった、隼人がレオンを吹き飛ばした一撃から始まった。





