65話 開戦
大会までの数日、俺は参加する二人の絶対者について情報を漁った。
どの情報も現実逃避したくなるようなものばかりで目を覆いたくなるが、そうも言ってられん。
軽く情報を整理しよう。
まずは赤毛のおっさん、アーベル・レオンだ。
戦闘時間が長引くにつれて力が上昇していく【調子上進】の能力が後々に響くことは目に見えている。六分が経過した時点で、攻撃の威力だけなら序列三位と同等らしい。その三位さんが誰か知らないから何とも言い難いがとりあえず時間はかけられない事は確かだ。
つまり俺が取るべき戦法は開始した瞬間の速攻だろう。位階を上昇させた戦神の一撃で仕留める。
・・・のが最も望ましい。
だが、これも難しいと思われる。レオンの持つ【先見】の効果で三秒先の攻撃を全て見抜くというふざけた能力のせいだ。背後からの奇襲もどれだけ速度のある攻撃だろうと見抜かれるのであれば俺の攻撃を全て躱される可能性が出てくる。時間が経過するまで守りに入られたら厳しい戦いを強いられる事になるだろう。
最後に【獅子奮迅】だが、これは情報が少な過ぎて全く分からなかった。まるで獅子の王そのものとか書いてあったが意味が分からん。
と、まあここまでがデータベース上の情報である。
おそらく実際に戦えば情報の二倍以上は厄介な相手だろう。
未だ世に知られていない四つ目の能力があっても不思議じゃない。
「で、もう一人」
ジャック・グラント。
【剣聖】の二つ名を持つ絶対者で、能力は【宝剣統括】。別次元からあらゆる時代、種類の剣を統括し、敵に応じて相性の良い剣を召喚して戦うスタイルらしい。
中々に嫌な戦闘スタイルではあるが、剣には相手が間合いに入らなければ攻撃が通らないという欠点がある。ゆえに遠距離からの攻撃で近寄らせずに倒す必要がある。ジャックも何かしらの遠距離攻撃は所持しているだろうが間合いの攻撃よりかはかなり威力は落ちるはず。
勝機がゼロということは流石にないだろうと思う。
そしてもう一つ、この男には情報が記載されていた。
当初その文字の意味が理解できず辞書で何度も調べ知人にも間違っていないかを確認したが、どうやら表記ミスという訳ではなかったようだ。
到底俺を含む、全世界の男の八割方は許せないであろう情報。
――この男、ハーレムを作っているのだ。
ここに誓おう。
今大会、何が何でもこの男だけは倒すと。
剣聖? 絶対者? 知ったこっちゃねえ!
全世界の哀れなDTの同志達の分まで俺がぶん殴る! これは決定事項だ!
・・・ふう、ちょいと熱くなってしまった。
反省反省。そんな事では今からの戦闘は生き残れない。
「・・・はあ、一か月前では想像できなかったな。俺がこんな場所に来てるなんて」
俺は脳内で戦術を組みながら会場へと足を向ける。
そう、今日は世界大会当日であった。
◇
「じゃ、俺は開会式があるから下に行ってくるわ」
「おう! 頑張れよ!」
悲しいかな、俺を試合前に見送りに来たのは父さんだけであった。
他のメンバーは席の奪取に奔走しているものや、観戦中のお菓子を買いに行った人など色々と走り周っている。
受付で申請した武器の入ったバッグを持ち、父さんに背を向け軽く手を振りながら会場の中へと入る。
選手たちの集まる中央に移動すると周囲を軽く見回す。
観客席は既に満員で見てるだけでふらふらしてくる。ただその中で『柳君頑張るっす!』と巨大な垂れ幕が垂れ下がっていたのが眩暈の原因な気がしないでもない。
(まだ絶対者の二人は来ていないみたいだな)
後十分で開会式が始まるのだが・・・どうやら時間にはルーズな人達みたいだ。
「おっ! お前この前あった坊主じゃねえか!」
と、思った瞬間。後方から声がかけられた。
振り返りその相手を確かめる。
「・・・何でそこまで気配消せるんですか・・・自信無くすんですけど」
「がはははっ! まだ餓鬼に勘付かれる程なまっちゃねえよ!」
そこには絶対者の一人、アーベル・レオンが笑みを濃くして立っていた。
高速道路の時も俺の感知を掻い潜って近づいてきたが、この人本当に人間か?
「あの、以前は手を貸して頂きありがとうございました」
「まあまあ気にすんな! あんまり手ごたえが無かったんで途中で見逃したが、坊主がちゃんと処理したんだろ?」
「ええ、出来れば最後までやって欲しかったですが・・・」
早々あんたみたいな化け物相手に善戦出来る怪物なんているかよ!
「お、おい! あれってレオンさんじゃないか!」
「大会に出場するって情報はマジだったんだな!」
「それよりレオンさんと喋ってる相手は誰だ?」
「いや、知らねえが。まだ子供じゃないか・・・何でこんなとこにいるんだよ」
ようやくレオンの存在に気付いた人達が驚きと歓喜に声を上げ、同時に近くにいる俺のことをこそこそと噂している。
(あまり目立ちたくないな・・・)
場所を移動しようと一歩足を引くと後方に人の気配がある事に気付く。
「これは驚いたな。レオンに知り合いがいたとは」
・・・デジャブ。
まだ試合が始まってすらいないというのに何度俺の自信をへし折ってんだこの人等は。
絶対者は人の背後を取らないと気が済まないのかよ。
内心で呆れながら体を九十度回転させ後ろの人物を見やる。
金髪碧眼の男性で身長は百九十近い。彼の笑みは自信に溢れ、その佇まいは達人のものだ。隠し切れていない闘気、いや剣気が溢れ出している。腰には一本の長剣を携え太陽の光が彼を照らす姿は物語の騎士のようだ。
「ようジャック! 今回は存分にやり合おうぜ!」
レオンさんが嬉しそうに声を上げる。やはりもう一人の絶対者、ジャック・グラントだったか。
「ああ、僕もそのつもりで来たからね。本気でいかせてもらうさ。それよりもこの少年は君の知り合いかい?」
何だこのカオス空間は。
俺達三人を囲うように微妙な空間が生まれてるんだが・・・観客も絶対者二人が現れた事に沸き立っている。もう俺いらないですよね? 失礼していいですか。
「こいつは日本へ旅行に行ってるときに偶然見つけてな。ふはっ! ジャックよ、油断してるとお前も喰われるかもしれんぞ?」
「・・・へえ、それは面白いな」
「ど、どうも」
獰猛な笑みを浮かべる捕食者たち。
どうしてこんな事になってしまったのか・・・
ロックオンされるのが早すぎる。
いや、逆に考えるんだ俺!
直ぐに諦めがついていいじゃないか! うじうじする暇もない状況! 最高だな!
遠い目をしていると、ようやく時間になったようで開始のアナウンスがかかる。
『大変お待たせいたしました! ようやく、ようやくこの日が来ました! 今から第二十七回世界大会を開催します!』
「「「「「うぉおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」
観客の歓声が鼓膜を揺らす。
人数が数万人いる為、熱気もとんでもないものとなり立っているだけで蒸されそうだ。
『観客の皆さんもご存じの通り、あの絶対者が! 【剣聖】と【破壊王】が参加するという世界大会始まって以来の異例なものとなっています!』
「「「「「うぉおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」
皆乗りいいいなあ。出場者達も絶対者と闘えるという事実に炎を燃やす者達が大勢いるようで先程から多くの視線が俺を挟む二人に向けられている。
『本日はまず、およそ二百名の出場者をランダムに四つのフィールドに転移させ、その中で生き残った勝者が午後の準決勝に出場できます!』
このフィールドというのは学校での対抗戦と同じものだ。
フィールド内で一定以上の怪我を負えば自動的に外に出される。どれだけ相手をぼこぼこにしても大丈夫な素晴らしい技術だ。
『それでは一分後に転移が始まりますので選手の皆さんは中央に寄ってください!』
アナウンスに従い、中央へと移動する。
出来ればまだ絶対者とは戦いたくないな。一対一の方がイレギュラーが無くて楽だからな。
そして一分後俺は転移の光に身を包まれた。
開戦だ。
実況はエミリーです!(きゃるん☆)





