6話 暴君――蒼
なんやかんやあった土曜の次の日の朝、俺は今とんでもない暴君に襲われている。
「ねえ~ お兄ちゃん起きてよ!」
妹の蒼だ。日曜だというのに朝早くから俺の部屋にノックもなしにずかずかと入ってくると、布団を揺さぶり、俺を起こそうとしてくるのだ。
俺が頑として起きないのでしまいにはドスドスと殴りだした。
「ちょっ、痛い痛い! なにすんだよ!」
「だってお兄ちゃんが全然起きないんだもん!」
もんじゃねえよ。
なんでも自分の思い通りになると思ったら大間違いだぞ!
今日は絶対にベッドから降りないことを固く誓う。
「ねえねえお兄ちゃん、服買いに行くから付き合ってよ」
「却下だ。俺は昨日外に出たんだ、今日は家を出ない」
「そんなの理由にならないから! ねえねえお願い行こうよ~」
「友達と行けばいいじゃないか。なんでわざわざ俺と行こうとするんだ?」
「え?! そ、それは・・・その」
言いたくない理由があるのか、もじもじするだけで口を開かない。
「そ、そんな事はどうでもいいじゃん! 気にせず私の服を選んでくれればいいの!」
いや、俺にとっては重要なことなんだが・・・
もしかして、好きな男でもできたのだろうか? それで男の俺に服の意見を求めているのかもしれない。
「・・・それに、これは兄殿にとっても悪い話ではなかろう」
「なに?」
蒼は唐突に決め顔でそんな戯言をのたまう。
俺にとって得になるような事など何もないと思うのだが。
「な~に、一生童貞の兄殿には此方のような美少女と共に出来る機会などこのような場合をおいて他にないかと」
「お前は俺を馬鹿にしてんのか!」
「あはは、冗談冗談」
「言っていい冗談と悪い冗談の境界も分らんのか!」
全く、なんて奴だ。今世界中の同志がこの暴君に殺意を向けたに違いない。
当の本人はどこ吹く風で“ぴゅ~ぴゅ~”と口笛を吹いている始末だ。ぶん殴りてえ・・・
「まあ、そんなどうでもいいことは置いといて、お昼奢るからさ、一緒に行こうよ」
「いや、どうでもよくわねえよ?! めちゃめちゃ重要なことだろ! ・・・はあ、でもまあお前が奢るねぇ?」
全く信じることが出来ない。
何かと理由をつけては俺にお菓子を買わせてきた暴食の悪魔だ。
そんな奴が本当に奢ったりするだろうか?
胡乱な瞳で蒼を見つめるが、まあ嘘をついているようには見えない。
始終どや顔を向けて、何故か自信満々の様子だ。大方蒼を溺愛している父さんがお小遣いをやったのだろう。ああ、ちなみに両親は今海外で仕事をしているのでそうそう帰ってこない。
「はあ、わかったわかった。ついてくよ」
「やったー!」
今日は一日中寝るつもりであったが仕方ない。
だるい体を起こして、外に出る支度をする。
蒼に手を引かれながら、二つ隣の駅にあるショッピングモールに到着した。
「なんか昨日、隣駅でBランク級の怪物が暴れたらしくてボロボロなんだって。お兄ちゃんも何か知ってる?」
「・・・イヤ、ハジメテキイタナ」
と冷や汗をかきながら、蒼の質問を受け流す。
もし俺がかかわっているなどと知られたら、確実にボコボコにされるだろう事が予測できたからだ。
“ふ~ん”と胡乱な目を俺に向けながらも、服屋の中に入っていく。
いろんな種類の服を選ぶと試着室の中に入り、着替えだす。
どうやって時間をつぶそうかとスマホを取り出そうとすると、
「お兄ちゃん、ちょっと来て」
とのお声がかかった。
断る理由も特にないので、試着室に近づくと、バッとカーテンが開けられる。
「どう?」
そこには服を試着した蒼が読者モデルのようなポーズをしている姿があった。
白のトップスにターコイズカラーのロングスカートを履いており、清楚という言葉にぴったりの雰囲気を纏っている。
我が妹ながら本当に綺麗だな。まあ当人には絶対に言わないが。
「似合ってるんじゃないか」
「本当に?」
「まあ、普通の男だったら一殺だと思うぞ」
その証拠に店の外を歩いている通行人がちらちらと蒼を見ているのが分かる。
何人かの男は後で話しかけようとでもしているのか、その場に留まり続けている。
おいなに人の妹に手えだそうとしてんだぶっ飛ばすぞこら。
あらん限りの眼力で睨みつけるとそそくさとどこかに散らばっていった。
はっ! この程度で逃げるような奴に妹はやれん。
「違うよ、お兄ちゃんがどうなのかって聞いてるの!」
「ん? いや似合ってるって言ったじゃん」
「それだけ?・・・お兄ちゃんもイチコロなの?」
とそんなことを尋ねてくる蒼。
本当に今日はどうしたのか、まるで俺に気があるんじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。
いや、年頃の女の子ならこういうものなのだろうか?
「いや、イチコロになったらまずいだろ」
「む~」
正しいはずの回答にどこが気に食わないのか、不満そうな顔をする蒼。
再度試着室のカーテンを閉めて違う服を試着し始める。
店から出れたのはそれから30分ほど経ってからだった。
全ての服に感想を言わされた俺の身になって欲しい。
俺の貧弱なボキャブラリーではそれぞれの服に違う感想を述べていくのは中々に辛い所業であった。
しかし、隣で嬉しそうな笑顔で歩いている蒼を見たら多少は疲れも取れた。
たまにはこういうのもいいかもしれない。
◇
「じゃあ、どこに食べに行くか」
帰り道、蒼の奢り飯を食べる為にそう問いかける。
蒼はその言葉に笑顔を張り付かせたままピタッと体を硬直させた。
こいつ、まさか・・・
「お前、まさか、忘れてて金使い切ったなんて言わねえよな」
「てへ☆」
舌を出しウィンクする阿呆な妹。
前言撤回だ、やっぱりこいつと外に出ていいことなど一つもない。唯俺の怒りメーターがぐんぐんと上昇するだけだ。
「俺が来た意味とは・・・」
「ごめんごめん、今度埋め合わせするからさ?」
と手を合わせて一応の反省は見せる蒼。
上目遣いでこちらを見上げ瞳には僅かに涙が見れる。
「ごめんね、つい楽しくなっちゃって」
「まあ、別に・・・そこまで怒ってないから」
「ありがとっ」
我ながら甘いが今日のところはよしとしよう。
帰りに蒼が腕に抱き着いてきたが、何やら柔らかい感触が伝わってきたのでどけようにもどけれなかった。
・・・これぐらいなら今日のことを思えばぎりぎり許されるのではないだろうか。
俺の機嫌ははすっかり良くなっていたが、隣で小悪魔のような笑みを浮かべる蒼に気づくことはなかった。