4話 圧倒
「グルアアアアアア!!」
ラヴァーナは瓦礫を振り払い、怒りの形相で隼人を睨みつける。
「はあ~ うるせえな、さっさとかかってこいよ」
隼人は頭を掻きながら何とも面倒くさそうにそう愚痴る。
ラヴァーナの周りを浮遊する十門の砲が隼人を捉えエネルギーを収集し始める。それは一門それぞれが建物を吹き飛ばす程の威力を秘めていた。
しかし、隼人はその光景を前にして顔色一つ変えず、静かにそれを見据える。
そして放たれる、十もの死の閃光。
ここに人がいれば相対する少年の未来を想像し目を逸らしていただろう。
対する隼人は――左足を大きく一歩踏み出した。
たったそれだけで地面が大きく陥没する。
すると足を中心に圧力上昇が起こり、それが波として空気に伝播する。
その衝撃波は閃光と衝突するとその威力を相殺させた。
「十点だな、弱すぎる」
失望交じりの声が漏れる。
その言葉がわかるのかは不明だが、怒り狂ったようにラヴァーナが叫ぶと、何やら漆黒のオーラを纏い始める。
「ほう?」
砲が次々に分裂していき、十、二十・・・そして百に迫る数に増える。
そして、それぞれが隼人に照準を合わせてに放たれる。その数があまりにも多い為たとえバラバラに撃たれようとも空間を面のように覆う。
隼人は両手を構えると、その一撃一撃を拳で殴りつけて全てを相殺する。その速度は常人には見えず、ただただ腕の残像が映り、まるで阿修羅のような多手だと幻視する。
後ろには幼女とその母であろう美女がいるのだ、一撃たりとも後ろにやることは許されない。
しかし、そんなハンデがあるのにも関わらず隼人には焦りの表情はない。
それどころか失望の色が出ている。
攻撃を捌きながら隼人は不満の声を漏らす。
「まあ、多く見積もって三十五点だな。これじゃあ俺のストレス解消にもなんねえ、拍子抜けだ」
ラヴァーナは地面を蹴り隼人の目の前に移動すると、その剛腕を振り下ろす。
それを左手一本で受け止めると、隼人は面白そうに問いかける。
「なんだ、怒ったのか? 貴様らにもそんな知能があったとは驚きだ」
「グルアアアアアア!!」
ラヴァーナは後ろ脚で立ち上がると、超高所からの連撃を隼人へと叩き込む。
その連撃は暴風を巻き起こし、周りの建物を吹き飛ばしていく。
連撃が終わると、砂ぼこりで隼人の姿は隠れてしまった。
しかし、これで生きている人間など――
「六十点」
瞭然とした声が響き渡る。
それは、怪物にとってありえてはいけない声であり、動揺するように一歩後ろに下がってしまった。
その瞬間、土煙の中から隼人が飛び出し、地面を蹴るとともに一瞬で怪物の顔へと到達する。
右腕をを引くとその顔に狙いを定め、一気に叩き込む。
「山砕き」
その攻撃は、正しく山をも砕く一撃であった。
音速を超え、空気を割る音が響き、次の瞬間にはラヴァーナの巨体は地に沈んでいた。
・・・しかし、それでもなお怪物を倒すには至らない。
怪物は血を流しながらもその巨体を起こし始める。
隼人は建物の屋根部分に着地すると怪物を見下ろす。
「ゴガアアアアアアアア!!!」
その咆哮は覚悟の証明のように隼人には聞こえた。
怪物は浮遊する砲を操り、一つに束ねていく。
収束し終わると、そこにはミサイルもかくやというほどの巨大な砲が隼人に狙いを定めていた。
それを見た隼人は己が笑みを濃くする。
「そうだ! お前の全力を出せ!」
間違っているかもしれないが、怪物であろうと俺が対処できる範囲であるならば、その全力を出させたうえで倒したいのだ。
共存できないとはいえ、殺されるために生まれたなどというのは悲しすぎるから。
そして、俺にはそれが可能な力があるのだから。
超巨大な砲に目をつむりたくなるほどの光り輝く膨大なエネルギーが集まっていく。
少ししてチャージし終わったのか、エネルギーの収束が止まり、ラヴァーナがあらん限りの咆哮を響かせ大気を震わせる。
――そして、それは放たれた。
極大の光線は大気を穿ち、隼人の全身を蹂躙してなお止まらず、空を突き抜け、雲を吹き飛ばした。
・・・・・・
・・・
静寂が辺りを占める。
鳥のさえずる声もなく、たださんさんと日の光が当たっていた。
しかしそんな空間に、コツコツという足音が反響する。
怪物はもうさほど動かない体をその音の方へと向ける。
そこには、砲で打ち抜いたはずの人間が服がぼろぼろになりながらも、なおも壮健の様子でこちらに歩み寄ってきていた。
隼人は怪物と寸前の距離まで近づく。
「今のはよかったぜ。九十点はあるいい一撃だった」
そう言うと、右足を後ろにすり下げ拳を放つ構えをとる。
ラヴァーナは動けない、もはや体の限界というのもあるが隼人から発せられる濃密なオーラに時間を忘れ、戦慄し、それでいて魅せられていた。
「次は、同族に転生してくれると嬉しいな――」
淡い紅に輝くオーラは極限まで収束される。
ここまでの力を持つ敵に敬意を払い、全力の一撃を放つ。
「――星穿」
その技に音はない。
ただ穿ったという結果だけが残る。
防御不能の真に必殺の一撃である。
ラヴァーナの体に極大の風穴が空く。
確実に致命傷であろうその傷により体が緩やかに崩れ落ちる。
「・・・ガ・・・アア・・・」
その瞳から光が失われ、その巨体だけが残る。
間違いなく絶命したことを確認すると俺は踵を返し、幼女のいる場所へと戻る。
幼女は気絶しているようだが、怪我はないようで安心した。
「今からどうすっかな・・・」
取り敢えず救助がくるまでこの場で待っているのは確定として、このぼろぼろの服はどうするか・・・このままでは変態として捕まってしまうかもしれない。
社会的に死ぬことを恐れた俺は崩壊した服屋に向かうと、レジにお金を払って新しい服を着用する。
かなり財布がきついが仕方ない、必要経費である。
ため息をつきながら店を出ると、何やら高速で俺にぶつかってきた。
「うおっ!」
思わず尻餅をつき、なんだとぶつかってきたものを確認する。
「ワン!」
「なっ?! サリー!」
そこにはペットショップのもふもふアイドル事サリー(ポメラニアン)がいた。
「無事だったのか!」
「ワン!」
元気そうでよかった。
よほど嬉しいのか尻尾をぶんぶん振り回している。
そんな彼女を震える手で優しく撫でる。
「うおおおおおおおおお!!!!」
なんという触り心地だ!
やはり俺は間違えていなかった。ここに理想郷があったのだ。
「く~ん」
彼女も気持ちいいのか目を細め俺に体を預けてくる。
・・・家に連れて帰りたい。
しかし、それは出来ないのだ。
窃盗は犯罪なのだ!
血涙を流しながら、彼女を救急の人に渡すことを決意し、サリーとともに幼女のもとへと戻る。
それから少し時間がたつと救助隊が来て、俺たちは救助された。倒れている怪物を見たときに驚愕し、「君がやったのか?!」と言ってきたが、別の能力者が倒したと言った。訝し気に視線を向けてくるので、スマホに表示された『0』の数値をを見せると、あっさりと納得した。
◇
疲れた体を何とか動かして家に帰る。
もう日は完全に落ち、真っ暗になっている。
「ただいま~」
いつもはすぐに返事があるのだが、今日は聞こえてこない。
寝ているのかと思い、リビングに向かう。
そこには腰に腕を添えて牛乳をぐびぐび飲んでいるバスタオル姿の妹がいた。
「ん? きゃ~ えっち~」
蒼は俺に気づくと、わざとらしく体を隠す。
「はっ」
「え? 今笑った? 妹のパーフェクトボディーを笑ったのか!」
「お前の裸なんぞに何か感じるわけないだろ、あほか」
「むきー! そこは顔を赤らめてそっぽむく場面でしょうが! 童貞のくせに!」
「それは関係ねえだろ! お前こそ処女だろうが!」
そんな言い合いをしながら半裸の愚妹を置いて自室に入る。
そして赤面しているであろう顔を手で覆った。
「・・・年頃の女なのに貞操観念が薄すぎるだろ」
少し妹に見惚れてしまったのは人生最大の失態である。