34話 任務前の会議
翌朝、目覚めるとベッドから這い出し窓のカーテンを開く。
眩い朝日が部屋を照らし、体の覚醒を促す。
窓の外を見やると、そこからは特殊対策部隊の本部が見える。俺達が引っ越した場所は本部近くに建てられた特殊対策部隊の人員の住むマンションだ。
これまでとは違う風景にまだ慣れない部分はあるが、それは後々慣れるだろうから大丈夫だろう。
俺は支給された服に着替えるとリビングへと向かう。服の胸元には龍のワッペンが付いている。これを見ると多少ではあるがやる気が出る。何と言うか大会の代表メンバーに選ばれたような感覚だ。
「おはよ~」
俺と同じタイミングで部屋を出た蒼とリビングへと向かう途中で鉢合わせる。
その髪は寝ぐせであちこちはねており、目はまだ眠気が取れないのかウトウトとしている。
「おはよう。昨日はちゃんと眠れなかったのか?」
「なんか興奮しちゃって、あっ、エッチな意味じゃないよ?」
「今の会話で誰もそんな事は思わねえよ」
一体俺を何だと思っているのか。妹のそんなあられもない姿を考える兄などこの世にはいないだろうに。
リビングに入ると台所に移動しコーンフレークを棚から取り出す。二人分の皿を用意するとコーンフレークを投入し上から牛乳をかける。
「ほい」
「おっ、あんがと。お兄ちゃんは今日から仕事だっけ?」
「そうだ。今日は次に行われる任務についての会議って聞いたな。もし緊急の用件があるなら俺のスマホに通知が来るようになってる」
緊急の用件と言ってもBランクやAランクの怪物の討伐だ。それよりも上の怪物は早々現れない。地域によっては常に怪物が出現し続ける魔境があるらしいが、その点日本は平和である。Sランク級の怪物はここ四年の間は一度も出現していない。
「それよりも、蒼は今日から学校だったな」
「うん! 一杯お友達作って家に連れて来るよ!」
「あんまりガンガン行き過ぎて引かれるなよ?」
「大丈夫、大丈夫」
本当に大丈夫だろうか? 蒼の性格も心配だが、前回の二の舞を踏まないかが心配だ。一応もしもの時の手は打ってはいるが・・・
ピピピッとスマホのアラームが鳴る。
時間だ。俺は残ったコーンフレークを急いでかき込むと早足に家を出る。ドアが閉まる際「頑張って来いよ、兄貴!」と言う蒼の笑顔に幾分か緊張していた心が落ち着いた。
◇
本部に到着した俺は伝えられた部屋へと移動する。
途中職員らしき人達と出くわすがこちらが頭を下げる前に、頭を下げられるので何とも言えぬ気持ちになる。
例えるならば家族がいきなり敬語で喋りかけてくるような戸惑いと驚きの感情だ。
目的の部屋に辿り着くとノックを数度して扉を開く。しかし、中にはまだ誰も来ていないようで空っぽだ。まあ、一番最初に到着するよう一時間前にアラームをかけておいたから当然ではあるが。
ふむ、少しばかり暇な時間が出来た。
俺は昨日スマホに転送されたデータを再読する。これは今日の会議に関係するものではないが、特殊対策部隊に入隊したのなら知っておく必要があるからと渡されたものだ。
その内容は非常に興味深いものだった。
その中でも最も印象深かったのが中立の怪物が存在するという事だ。
それは主に一定以上の思考能力を持つ者、つまりSランク級の怪物だ。
現在確認されているだけでも五体の怪物が中立的存在であるらしい。吸血鬼、人魚、龍、天使、鬼とその種類は多種多様だ。そして彼等は中立の存在ではあるが総じてその実力は恐るべきものだ。俺が戦ったラヴァーナや対校戦での新種の怪物では彼等の足元にも及ばないだろう。
その圧倒的な戦力を欲し国が再三に渡り協力要請を出している様だが全て却下されているらしい。
「会ってみたいな・・・」
中立だという彼等には聞きたい事が山ほどある。
その存在について、人間を襲う理由について、そして、蒼の事について。
どうしたものか・・・
任務をこなしていけば会えるだろうか? それとも
「どうしたのです? そんなに考え込んで、頭でも痛いのです?」
頭上から可愛らしい声が響く。顔を見上げると、こちらを心配そうに見つめる桐坂先輩の姿があった。
どうやら思考に埋没し過ぎて周りの注意が散漫になっていたらしい。
スマホの時刻を確認すると予定の三十分前を表示している。桐坂先輩はかなりの優等生のようだ。
「心配して頂いてありがとうございます。先輩は随分と早くからいらっしゃるんですね。まだ三十分前ですよ」
「そう言う柳君の方こそ私よりも早いのです。いつもは私が一番早いので少し驚いたのです」
「新人ですからね。一番早く来た方がいいかと」
「ふむ、いい心がけなのです。でも、その辺を気にする人はいないので大丈夫なのです。それよりも皆が来るまで喋りましょう!」
「いいですよ」
桐坂先輩は楽し気に喋り始める。その内容は飼っているウサギが可愛いだとか、お母さんと料理をしたなどの非常に可愛らしいものだった。こんな場所にいてもやはり子供だという事だ。こんな子供でも能力次第で戦場に駆り出される世界がおかしいのである。
先輩との会話は思っていた以上に楽しく時間はあっと言う間に過ぎていった。他の隊員達も続々と入室し、会議の時間となる。席は自由であったが、桐坂先輩は俺の事が気に入ったのか隣の席で留まった。
「それでは会議を始める」
司会進行は金剛さんだ、資料が配られそれに目を通す。
「日本に迷宮らしきものが出現した」
「迷宮?」
「そうだ、こんな事例は初めてだから混乱するのは無理もないと思う」
聞き間違いかと思い、思わず聞き返してしまった。
それにしても迷宮・・・か。ゲームなんかではよく聞く単語だ。魔物がいたり何階層とかがあって最後にはボスが出てくるのがお決まりだ。
しかし、それが現実に現れたとなると何とも厄介極まりない。怪物との連戦など考えたくもない。いくら命があっても全く足りないだろう。
「まずは資料を見てくれ。その迷宮だが、見た目は普通の洞窟と何ら変わらないらしい。しかし、国が幾つかの調査チームを派遣したところ・・・その全てが全滅した」
その一言で室内の緊張が高まる。
仮にも国が派遣した調査チームだ。実力が不足しているなんて事も考えられない。
であるならば、その迷宮に待ち受けるのは想定を上回る化け物が存在するという事実に他ならない。
「勘違いしないで欲しいが、まだ死亡が確定した訳ではない。ただ、連絡は完全に途絶え、生きている可能性は絶望的だ」
金剛さんの声音に力が入る。死亡が確定した訳ではないというものの、彼は生きているとは思っていないのだろう。
「そして今回の任務だが、決行は明日、メンバーは俺と服部、そして西連寺と柳だ。まず部隊全員が全滅する可能性は避けたい、牙城の能力は狭い範囲では真価を発揮できないし吉良坂には緊急事態時の指揮をとってもらいたい。まあ、こちらには西連寺の【空間転移】があるから安心だとは思うが。イレギュラーは何処にでもあるからな」
選ばれたか。確かに俺の能力は狭い場所でも有効だからな、当然の選出ではある。
最悪何か起こったとしても西連寺さんの【空間転移】がある訳だから大丈夫だろう。彼女の能力は一度訪れた場所と視界内の場所へは何処にでも転移できる上に対象に触れていればそれも彼女と共に転移出来るという大変優秀な能力だ。
それにしても今回は少しきな臭い。
まずダンジョンの発生場所だが、資料によると町はずれの森にある廃工場内との事だ。何故そんな場所に工場があるのか、誰が通報したのか、不可解な点が多すぎる。
まるで誰かの手の上で踊らされている様だ。
一応俺の能力は身体強化という事で報告しているが、もしかしたら戦神だけでは手に余るかもしれないな・・・
「ちなみに今回、菊理にして貰った予言だが」
「はい。・・・率直に言いますと、何か大きな変化がなければ、今回の任務でどなたかが死にます」
その予言に思わず目を開く。
つまり、現地に行く俺か金剛さん、そして西連寺さんと服部さんの中から誰かが死ぬという事だ。いや、もしかしたら一人ではないかもしれない。
しかし・・・このメンバーでそんな事がありえるのか?
怪我を負うにしても西連寺さんの能力で直様退避できるし金剛さんの障壁まである、まさか能力を発動させる暇もない程に一瞬にして殺されるという事だろうか。
「それが誰か分かるっすか?」
服部さんが冷静な声音で尋ねる。
己が死ぬかもしれないのに恐怖はないのだろうか。・・・いや、そう言う訳ではないか。
誰かが死ぬ予言は既に幾度となく聞いていたから慣れているのかもしれない。
「いえ、残念ながら私の能力ではそこまでは・・・」
「そっすか~」
服部さんは残念そうにそう言うと、椅子にもたれかかり天井を仰ぎ見る。
彼女が何を考えているのかは分からないが、その瞳の意思は強くとても悲観している様には見えない。
「今回の任務は何が起こるか分からん。各自より一層気を引き締めて臨んで欲しい」
金剛さんの締めの挨拶で今回の会議は終了した。
部屋を出る際、服部さんから昼食の誘いを受ける。
「ここの四階に美味しいレストランがあるんすよ、一緒にどうです?」
「いいですよ。行きましょうか」
本当にここは何でもあるな、途中トレーニングジムやプール、果てはエステまであったからな。絶対利用しないだろうと思うような施設まであったが誰か利用するのだろうか。
「ここっす!」
「おおう」
何とも高級そうなレストランだ。一人だったら確実に尻込みして入れないレベルだ。
「じゃ、入りましょ!」
服部さんに続いて入店する。
席まで誘導されメニューに確認する。
(・・・訳が分からん。)
いや、日本語では書かれているのだがそれがどういう料理なのか全く想像が出来ない。
とりあえず目に付いた料理を注文する。服部さんも六品ほど注文した。
数分後、俺の前には大盛りのエビ料理が置かれている。正確にはエビではなくロブスターが正式名称であるらしいが、そんなのは正直どうでもいい。俺は四苦八苦しながらも目の前の料理を食す。あっ、意外に美味しいかも。
「柳君は今回の任務をどう思うっすか?」
唐突に服部さんがそう切り出す。
「色々と不可解な点はありますが、どうしても今回のメンバーの誰かが死ぬとは思えませんね」
「そうっすよね~」
服部さんは僅かに苦笑する。肯定の返事とは裏腹に誰かが死ぬと半ば確信しているような口調だ。
「でも、菊理ちゃんの予言ってほぼ百パーセント当たるんすよ。今までもその予言通り多くの隊員が亡くなったっす。私が入った時は二十人ぐらいの大所帯だったす。本当、いつも五月蠅いくらいで・・・」
昔の仲間を思い出しているのだろうか、服部さんはサイドテールを指で弄りながら虚空を見つめる。
「今日は柳君に安心してもらう為に食事に呼んだっす」
「安心ですか?」
「ええ、君は私がスカウトした隊員ですからね。何があっても私が守るっす!」
表情を一変させ笑顔で言う彼女の言葉には何処か重みがあった。
それがどうにも俺には危うく見える。
「自分が代わりに犠牲になるとか言わないですよね?」
「ははは、そんな訳ないじゃないっすか。普通にサポートするって意味っすよ。」
本当にそうだろうか。
こういう人に限って変に責任を感じてたりするからな。迷宮では服部さんが暴走しないかも注視しておくか。
「俺には俺の戦う理由があるので、責任とか感じないで下さいね」
「戦う理由っすか?」
「ええ、その為に俺は成果が欲しいので、今回の任務は渡りに船です。難易度が高いのなら尚更ですね」
数値至上主義の世の中を正す・・・とはいかないまでも、数値が絶対ではないと伝える。それが今の俺が戦う理由だ。そうすれば俺が舐められる理由も無くなるし、家族に被害が及ぶ懸念も無くなる。その為には胸を張れるような成果が何としても欲しい。
「ふふ、じゃあ今回は柳君の活躍に期待しとくっす」
「ええ、存分に期待して下さい。何か報酬があるとなおやる気が出ますね」
「ほほう、ならばお姉さんが耳かきしてあげるっす」
「マジですか! じゃあそれでお願いします!」
俺と服部さんはお互いに笑みを浮かべた。
いつも読んで下さり有難うございます。
次回は15日予定です(*‘ω‘ *)





