3話 日常の崩壊
土曜日、気分転換がてら隣駅の少し大きめのショッピングモールに来た。
ここに来たらやることはひとつだ。
「あ~ 癒されるな~」
ペットショップに行き、動物たちの愛くるしい姿を眺める。
今は、ピョンピョンと飛び回っているポメラニアンを見て日頃の疲れを癒しているところだ。
「なんで君はそんなにプリティなんだい?」
「ワン!」
俺の言葉にどうやら彼女もご満悦のようだ。
可愛らしい尻尾が左右に揺れ、喜声を上げている。
くっ!? 今すぐにでもこのガラスを越えて彼女(♀)に触れあいたい!
しかし・・・
じっと値札に目を向ける。
そこにはありありと表示された三十万の数字が。
(高ぇよ! そんなの払えるわけねえだろ!)
「ああ、サリーよ! またいつか・・・いつか絶対にまた会いに来るからな!」
目の前のサリー(仮)に別れの挨拶をする。
若干だが彼女も悲しそうな表情をしているような気がする。尻尾がへにょんと力なく倒れている。
身を引き裂かれそうなほどの悲しみが俺に襲い掛かってくるが、拳を強く握り何とか耐え、ペットショップを後にする。
ペットショップを見た後、他にどうするかは決めていなかったので、とりあえずショッピングモールを歩き回る。
歩き回るだけでも他人の様々な顔が見れて案外面白いものだ。
お母さんに買ってもらったのかアイスクリームを食べて満面の笑みを周囲に振りまく幼い女の子。
そして・・・恋人同士であろう手を繋いだラブラブのリア充カップル。
俺は奴らに呪詛とフ〇ックした中指をお見舞いする。
「チッ! わざわざ外に出てきてイチャイチャッぷりを見せつけてんじゃねえよくそリア充どもが!」
べ、別に俺が非リアという訳じゃないぞ!
ただ・・・その、俺に見合う女子がいないだけなのだ!
はあ、と大きなため息を吐き捨てる。
さんざん物色した後そろそろ家に帰ろうかと踵を返そうとした時、突如として地面が大きく揺れた。
「大きいぞ!」
「キャー!?」
「大丈夫かー!!」
モールのタイルが割れ、店の物品が次々に飛んでくる。
それによって負傷する者も数名いたようで、血を流している人物が目に入る。
そんな中、俺はいち早くこの場から離れるための逃走経路を探していた。
これがただの地震などではないと気付いたからだ。
その予想を正解だとでもいうように、次の瞬間けたたましい咆哮が響き渡る。
「ギャアアアアアアア!!」
その咆哮は聞く者を恐怖に追いやり、モールにいる人はその体を震えさせる。
次いで、アナウンスがかかる。
『ただいま、ショッピングモール近くにDランクの怪物が出現しました。お客様はできるだけ早く、遠くへ逃げてください!』
その焦った声が今がどれだけ危険である状況かを物語る。
ちなみに昨日俺が出会った筋骨隆々のミノ君もDランクの怪物に該当する。
簡単に説明すると怪物にはF~SSSまでのランクがある。
Fランクは攻撃系の能力者であれば、大体倒すことができる。それとは逆にSSSランクであれば世界規模の危機になるほどの力を持っている。
Dランクであれば町規模の災害だ。それなりの経験をした能力者でないと話にもならない。
アナウンスが終わると同時に客は次々に逃げまどい、阿鼻叫喚の地獄へと早変わりとする。
人を押しのけて我先にと外に出ようとする者。
親と離れてしまったのか泣き叫ぶ子供。
絶対に守るとばかりに家族を支えようとする少年。
死に瀕したとき、人間の本性というものは顕著に表れるものだ。
俺は人の群れから離れて逆にモールの奥へと進んでいく。
「まあ、冷静にはなれないか」
簡単に考えれば、人数を分けてこちらから出たほうが詰まらないことはわかるだろうが、やはり緊急時には視野が狭くなるものだ。
遠くのほうで派手な戦闘音が聞こえてくる。
どうやら町を守る実行部隊がもう到着したようだ。その速さに素直に驚く。
これほど迅速に行動出来るのならばよほど練度が高いのだろう、この分だとすぐに終わるかもしれないな。
モールの中心近くまで来ると、アイスクリームを食べていた小さな少女が泣いているのが見える。
その近くには彼女の母親と思われる女性が倒れており、どうやら意識がないようだ。
俺はその女性に駆け寄ると、その状態を確認する。
「・・・よかった。軽い脳震盪みたいだな。小さいお嬢さん、君のお母さんはすぐに目を覚ますから安心していいよ」
安心させるように紳士的に言ってみたが俺には似合わない言葉だ。
蒼が見ていたのなら爆笑していたかもしれないな。
少女は俺の言葉を聞くとぐすぐすっと鼻をすすりながらも、声を出す。
「・・・お゛に゛い゛ち゛ゃん゛・・・あ゛り゛がと゛う゛」
本当に強い子だ。
今すぐにでも泣き出したいだろうに。
俺は幼女の頭を優しく撫でる。
――その時だった。
幼女の後ろの空間に罅が入ったのは。
「マジかよ・・・」
驚いたのはその大きさだ。
その罅はゆうに10メートルは軽く越えている。
少しの間呆けていると、罅の間から高速で何かが飛び出してくる。
幼女の前に瞬時に移動しその物体を見据える。
それは腕だった、あまりにも巨大で、それだけで家と同じほどの大きさをほこっている。
爪は何者をも切り裂くほど鋭く、触れただけで両断されてしまいそうだ。
そして、その凶悪な腕が隼人へ横なぎに振られた。
「くっ!」
「・・・お兄ちゃん!」
想像以上の一撃に踏みとどまることができず、そのまま吹き飛ばされてしまう。
隼人を吹き飛ばすと、怪物はゆっくりと罅から出てくる。
そして、その全貌が露わとなる。
先人はその怪物をこう言い表した。
――それは、巨大な体を持った四足歩行の怪物である。
全てを切り裂く爪と、全てをかみ砕く顎を持つ獣である。
そして、全てを消し飛ばす殺戮者である。
個体名、ラヴァーナ。
巨大な肉体と、その体の周りを浮遊する幾重もの砲を操り、敵を殲滅するBランク――都市破壊レベルの怪物だ。
ラヴァーナは己を見上げ、震える幼い人間を視界に入れるとその口の端を醜く歪める。
そして砲の一つを人間の前へ移動させ、エネルギーを収集し始める。
「あ、ああ・・・」
幼女は震える体で倒れている母を強く抱きしめる。
目の前では自分を狙う砲が、自分を殺そうと恐ろしいまでのエネルギーを蓄えている。
体が自然と震えだすが、か細い腕で母を助けようと懸命に動かそうとする。
しかし、そんな時間があるはずもなく砲からエネルギーの塊が発射される。
唖然とその輝きを見つめていると、自分の目の前に何者かが立ち塞がる。
それは先ほど怪物に吹き飛ばされた少年だった。
「調子に乗んなよ糞野郎」
少年はそう呟くと右手を振りかぶって、エネルギーの塊にぶつけた。
幼女を殺すはずだったであろうその一撃は少年の攻撃に耐えきれなかったのか、その姿が跡形もなく消失した。
少年はそれだけでは止まらず、目にも止まらない速さで怪物の懐に飛び込むとその胴体を殴り飛ばす。
「ガアアアアアアアアアア!!」
怪物はその巨体を柱にぶつけ建物を破壊しながら吹き飛ぶ。
隼人は幼女へ振り返ると笑みを浮かべて口を開く。
「あんな三下はお兄ちゃんがやっつけておくから、君は安心して終わるのを待っときな」
幼い少女はその言葉を聞くと、安心するように母の近くで意識を失った。
その表情はとても安らかなものだった。
今日はここまでです。
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