29話 憧憬
リクエストがあったので七瀬の立場から見た戦闘シーンです。
ふふふ、安心してくだされ。かと言って二章を長引かせるつもりもないです。
今日は二話投稿です! 次話は久々の蒼!
「大丈夫。すいません。怪我人がいることを忘れてました。少しだけ待っていてください
――秒で終わらせます」
力強く言葉を発した柳君は四体の怪物達と相対する。
痛む体を寧々に支えて貰いながらその姿を視界に入れる。
・・・無理よ。
私達が殺されかけた怪物達を瞬殺した実力をこの目で見てもあれらにはどうしても彼が勝てる未来が想像できない。
まだDランクのミノタウロスならば何とかなるかもしれない。
しかし、他の三体はどうだ?
ラヴァーナはその圧倒的な破壊を誇る砲で町すらも消し飛ばせるBランクの怪物だ。
リッターに至ってはイギリスでの悲惨な事件は誰もが知っているだろう。
【50万人殺し】と言うその二つ名が、奴がいかに凶悪な存在であるかを物語っている。
そして今まで見たことがない怪物が一体。その力は全くの未知数だ。最悪あの怪物も異次元の強さを秘めている可能性すらある。
「―――」
こちらからは聞き取れないが柳君が何事かを呟いた。
「あれは・・・何?」
直後、柳君を包むように純白のオーラが彼を包み、彼の髪は白へとその色を変える。
その劇的な変化に私は驚きを隠せない。
私の知りうる知識だけではその能力を推測する事すらも出来なかった。
柳君は悠然と歩き始める。
その歩みは些かの恐れもないかのように淡々としたものだ。
そんな彼にミノタウロスが激烈な突進を繰り出す。
柳君はその突進を躱す様子もなくただ見据える。
「危ねえ!」
山田先輩が叫ぶ。
しかし、その声はもう遅い。
ミノタウロスの突進が柳君に衝突・・・する直前、柳君は右腕を突き出す。
その動作はまるで日常の一コマの様に余りにも軽いものだった。
されども、
「マジかよ・・・」
――軍配が上がったのは彼の拳の方であった。
些かの拮抗もなく柳君の拳はミノタウロスの頭部を柘榴の様に弾けさせる。
次いで息つく暇もなく柳君の周囲には十を超える砲が囲い狙いを定める。
そして放たれる閃光。
目を瞑る程の光に柳君の姿は見えなくなる。
「あっ! 上!」
寧々が上空に指を向ける。
その先に視線を向けるといつの間にか上空に飛び上がっている柳君の姿が。
(それじゃ避けられないわ!)
既に砲はその照準を上空の柳君に合わせている。
機動力が完全に削がれた柳君に回避することなど出来ない――はずだった。
「え!」
彼はその場で反転すると大気を蹴ったのだ。
理論上、どれだけの速さで蹴ったとしても足の面積では全く推進力が出ないはずだが、柳君はミサイルと見間違うほどの速さでラヴァーナの頭上に移動する。
右腕を大きく振りかぶり叩き込まれる絶大な破壊力をほこる拳。
それはたった一撃で、街を滅ぼすほどの脅威であるはずのラヴァーナを沈める。
最早私はこれが現実の事なのか分からなくなっていた。
余りにも現実離れした事が次から次へと訪れ過ぎて夢ではないかと考える。
しかし体のいたるとこから伝わる痛みがこれが現実であることを如実に示していた。
砂塵が巻き上がり柳君の姿が呑まれた瞬間、リッターの飛翔する不可視の刃が砂塵を吹き飛ばし柳君ごと両断するのを幻視する。
一拍おいてそれが残像だと気付くと視線を彷徨わせその姿を探す。
柳君はすぐに見つかった。体に風穴を空け、力尽きたリッターを見下ろしている柳君を。
その瞳に感情は感じられない。
路傍の石を見るかのように見下ろした後、その瞳を最後の怪物へと移す。
怪物は不気味に笑い始める。
目から滴る血の涙が地面を赤く染め、その体は見上げる程の巨体となった。
その巨体からは想像できない速さで柳君に近づくと長く伸びた腕を鞭の様にしならせ連撃を見舞う。
それは正しく壁だ。何処にも逃げ場があるようには思えない。
にも関わらず、柳君は緊張の表情一つ見せずそれを捌く。
その攻防は余りにも凄まじく筆舌に尽くしがたい。が、あえて例えるとするならばまるで荒々しくも周囲を魅了する舞踏の様であった。
永遠に続くかと思われたその攻防は唐突に終わりを告げる。
柳君が何かをした。私にはそれだけしか分からなかった。
直後、巨大な物体がこちらに飛来してくる。
「ひっ?!」
べチャっ! と潰れる様な音を立て地面に落下したそれは怪物の腕であった。
怪物に目を向けるとその左腕が根元の部分から消えており、緑色の液体を撒き散らしている。
悲鳴とも怒声とも似つかぬ甲高い声を発するや、柳君の両側の地面が隆起を始めその形を人の手へと変貌を遂げる。
その手は勢いを増しながら柳君を挟み込むように迫る。
柳君はそれを拳で薙ぎ払う様に吹き飛ばす。
ただその頭上には夥しい数の破弾がその照準を定めていた。
誰もがその光景に戦慄の表情を浮かべる中、柳君が・・・笑った気がした。
――好都合だ。
血の気が引いた。
その刹那の間、私は目の前の怪物よりも柳君を恐れたのだ。
次々に柳君に降りかかる破壊の嵐。
地は爆ぜ、大気は叫ぶように震動する。
・・・静寂が訪れる。
今にも罅割れそうな緊張が蔓延る。
一陣の風が吹き砂塵が晴れる。
そこには・・・
頭から血を流しながらも溢れんばかりの熱気を纏う柳君の姿が。
今まで構えをとらなかった彼が右腕を引いて構えている事に、次の一撃が如何に隔絶したものであることを予期する。
怪物は恐れるように彼に背を向ける。
しかし、最早逃げる事など許されるはずもない。
柳君は一瞬にして怪物との距離を詰めるとその一撃を放つ。
怪物が跡形もなく消える。
断末魔さえ響かせずその存在を消滅させたのだ。
「・・・」
柳君だけがその場に立つ、勝利の瞬間だった。
彼のその姿に・・・
いや、私が彼を嫌いだという事実に変わりはない。
ただ・・・誰かを守ることが出来るその姿に、胸が痛くなるほど強く、強く憧れを抱いた。
明日は一日投稿をお休みして今までの話の修正に入ります。ざまぁをよりざまぁ展開にするかもしれません。





