24話 兄でいる為に
「ここまで来れば大丈夫か」
夕霧高校との戦闘地点から一キロメートル離れた大木の上、俺は今そこで周囲の警戒をしている。
今回の目標である『最低一人は倒す』は達成された。
というか一チーム全滅させたし。
最早俺の出る幕はない。競技終了まで隠れとけばいいだろう。
「お? あれはウチのチームだな」
八百メートルほど先に光り輝く矢が見える。
あれは七瀬先輩の能力だろう。ていうか破壊力すげえな・・・周りの木が次々に倒れてる。
相対している相手も相当強い。
全ての攻撃を風で吹き飛ばしている。
ここからではその容姿は完全には確認できないが、おそらくあれが今大会最強の能力者。
雲流高校の東堂 風音。
確か彼女の能力は【暴風輪転】だったかな?
俺でも対処は可能だろうが出来ればやり合いたくねえな。
それに、どうにも見ている限りじゃあ彼女の数値と能力の威力が合ってない様に見える。
彼女の近くにいる二人の選手が原因だろうか。
そうだとしたら十中八九強化系の能力者だな。資料にもそれっぽいのがいた気がする。
「あれ? そう言えば」
あいつらは何処だ?
雲流高校は初めの時点で二チームに分かれていた。
残りの三人組が何処かにいるはずだ。
俺は周囲に視線を向け、その存在を探す。
しかし、その姿は何処にも見当たらない。
「一体どこ行った?・・・っ?!」
思考の最中、突然足場が大きく揺れる。
ギリギリでバランスを保ち大木の根元に視線を向ける。
「はは! 見つけたぜ!」
そこには大木に抱き着き根元から揺らしている男の姿があった。
(ここまで近づかれていたのか!)
能力を使っていないといっても、俺の警戒をすり抜けてこの距離まで到達出来るものなのか。
警戒を怠った? そんなはずはない。ならばそれを可能にする能力者がいるはずだ。
それがどういう能力なのか、記憶にある資料を漁る。
「降りてこいや!」
しかし、そんな時間をくれるはずもなく気合を込めた一撃が大木に撃ち込まれる。
その一撃に耐えきれなかった大木は半ばから折れた。当然俺の体勢も維持できるはずもなく、地面へと飛び降りる。
「ちっ! ちょっとは思考する猶予をよこせ!」
地面に衝突する寸前、後ろに上体を倒し足からの衝撃を流す。そのまま後方に一回転すると即座に周囲へと視線を向ける。
見える範囲では敵は一人。
あとの二人は何処だ?
「おいおい、どこ見てんだ? もしかして俺の事舐めてんのか?」
青筋を立てながらこちらに近づく巨体の選手。
舐めてる訳がない。むしろ俺がもっとも警戒していた人物だ。
【身体強化】の能力者、名前は忘れたからマッチョ君とでも名付けておこう。
「いやいや、舐めてるなんて事は一切ないけどお仲間さんはどうしたんだ?」
「はっ! お前なんか俺一人で十分だからな、俺だけがこっちに来たんだよ。なにやらでかい爆発音がして来てみれば、まさか無能力者のお前しかいないとはな。一体どうなってんだ?」
嘘だな。そんな言葉を信じるはずもない。
あの爆発音を聞いてこっちに来たのなら尚更三人で来ている可能性が高い。
取り敢えずこのマッチョ君とまともに戦うつもりはない。
撤退あるのみだ。
敵を注視しながらも上体を起こしたその時、
「がっ!」
右の脇腹を強烈な何かが衝突する。
地面を転がりながらも視線をそちらに移すが誰もそこにはいない。
「・・・ああ、思い出した」
そう言えばもう一人厄介な能力者がいた。
この見えない攻撃もそいつの能力だろう。
【光学迷彩】、視覚的に己を透明にする能力。数値一万を超える能力者の一人で自分だけでなく己が触れた相手も透明にすることが出来る。
それにしてもやっぱり他にもいたじゃないか! マッチョの嘘つき!バカ!童貞!
「ふ~」
軽く息を吐く。
ただ、こっちの方はマッチョ君よりは対処がしやすい。
前方の地面の土が僅かに転がる。
その瞬間に俺は上体を右にずらす。頬にかすかに風の動きを感じたので寸前のところで避けられたようだ。
この能力は相手が視認できないという強力なものだが、それ以外の部分で察知することは可能だ。それに相手が広範囲に能力を飛ばすことが出来る能力者だとどうしようもなくなる。
「俺を無視してんじゃねえ!」
飛び出してくるマッチョ君。
そのあまりの速度に回避が追い付かない。
「きっついなあ!」
なんとか腕でガードするがそのまま後方へと大きく弾き飛ばされる。
「あ? なんだこりゃ?」
勿論ただで吹き飛ばされる程俺もあまくはない。
飛ばされる瞬間、手榴弾を三つほど奴の足元に落としたのだ。
数瞬をおいてそれらはマッチョ君を巻き込んで炸裂する。
「やったか!」
決め顔でフラグを建築していく。
フラグをわざと立てることで、相手にフラグを回収させない上級テクニックだ。
「こんなもんが俺に効く訳ねえだろう」
「なん・・・だと・・・」
余裕の笑みで爆炎から姿を現すマッチョ君。
バカな! フラグを回収しただと!
ていうかその登場怖いわ! ターミ〇ーターにしか見えん!
・・・
と、冗談は置いといて、これだから身体強化系の能力者は嫌いなんだ。
他の能力者と違って肉体そのものを強化している彼らには現代武器ではまともなダメージは与えられない。
つまり俺にはマッチョ君を倒す事は不可能だという事だ――正面からでは。
身体強化系の能力者でも弱点は存在する。
それは身体能力が強大すぎるばかりに制御不能になってしまうという自爆だ。
そして周りに障害物が多ければ多いほど自爆する可能性は高い。
その点、幸いなことにここは森だ。どこもかしこも木で囲まれている。
しかし、問題は未だ三人目が出てきてない事だ。
【光学迷彩】の能力で見えなくしているのだろうが、いつ出てくるのか。
俺は一歩足を下げる。
――トンっ
背中に固い感触が伝わる。
その感触は木ではない。かといって人間でもない。
振り返りその物体を確認する。
それは透明な壁だった。
空中に浮遊しており明らかに能力であろうそれは俺が振り返ったのと同時にその面積を大きく広げていく。
一瞬にして俺とマッチョ君を包むとその動きを止めた。
「・・・終わった」
いやもうこれは終了ですわ。どうしようも出来ん。やっぱ三人目もいたか。
囲まれたことで俺は環境を利用できない上にマッチョ君と一対一とか理不尽すぎるだろ。
俺達を包むキューブ状の檻から外を見ると【光学迷彩】の能力を解いた二人の姿が目に入る。
その顔には嘲笑の色が濃く表れ、馬鹿にするように笑っていらっしゃる。
「俺たちはどんな奴だろうと本気を出すんだよ。まあ最後まで精々あがいてくれよ」
マッチョ君が嘲笑しながら口を開く。
・・・まあ俺も頑張っただろ、六人倒したし。
数値一万越えが三人相手とか、たとえ七瀬先輩でも無理なはずだ。
体の力を抜く、もういっそ一撃で決めてくれと。
マッチョ君は俺との距離を素早く縮めるとその剛腕で俺を地に沈める。
が、今だ俺は戦闘不能に陥ってはいない。
(こいつ、手加減しやがったな)
マッチョ君は倒れている俺の頭に足を乗せると徐々に力を入れていく。
「無能力者が粋がるからこうなんだよ! ははは!」
「うぐぁ」
頭からミシミシと嫌な音が響く。
はやくやれよと思うが、よほど俺を甚振りたいようで決着を付けずに俺を蹴り続ける。
少しずつ意識が遠のく中、いつも日常で聞いている声が――蒼の叫び声が聞こえてくる。
『お兄ちゃん頑張って! そんな奴に負けないでお兄ちゃん!』
その叫びに僅かに手に力が入るが、それもすぐ緩む。
最早俺に戦うだけの体力は残っていなかった。
「お前の知り合いか? ああ、そう言えば柳 蒼っつう妹がいるんだったなあ。
いやあ、お前みたいな奴がいると大変だな! 学校でも肩身が狭くいつも一人で過ごしてるって有名だぜ。まあ、お前みたいに不出来じゃあねえみたいだからいじめられてはないみたいだがなあ」
その言葉は俺にかなりの衝撃を与えた。
蒼は・・・普通の生活を送れていなかったのか?・・・俺のせいで。
・・・いつも蒼は笑っていた。
・・・いつも俺の心配をしてくれた。
・・・いつも・・・俺の味方でいてくれた。
俺はどこかで蒼に依存していたのだろう。
家族を守ると言っておきながら、俺の方が蒼の笑顔に守られていたのだ。
何が家族と笑って過ごせればそれでいいだ、一番近くの妹一人でさえ守れていないじゃないか。
「お! いい事を思いついたぜ。俺がお前の妹を貰ってやるよ。相当容姿はいいらしいからなあ。無能力者の妹だと相手を見つけるのもやっとだろ。感謝しろよ」
・・・許してくれとは言わない。
ただ今度こそは・・・これからは、俺にお前の事を守らせてほしい。
でなければ俺はお前の兄と名乗ることも出来ない。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ならば俺よ、いつまで地に転がっているつもりだ。
まだ死んでいないのだろう。
倒すべき敵がいるのだろう。
それならば
――早く立て!
「戦神」
面白い! 続きがきになる! と思っていただけたらブクマと評価ボタンを押していただけるとやる気がでます!
ちなみに三人目の能力者の能力は【障壁】です。





