224話 権力の腐敗
5年後の桐坂先輩との顔合わせから数分。
休憩をとっていたであろう時間が終わり、怪我人が彼女の治療を求めて入って来る。
そして俺は先輩に気に入られたのか、雑用を手伝うよう命じられ、助手であろう女性と共に可能な限り手早く補助に入っている最中だ。
「後輩、腕固定するの手伝うのです!」
「後輩、血を拭いたいからタオルを持ってくるのです!」
「後輩、ちょっと腕がつったから解して欲しいのです! ぬがぁあああ!!」
治療室で響く桐坂先輩の声に癒されながら、全力でバックアップする。
にしても怪我人が多いこと多いこと。
俺の世界では基本的に特殊対策部隊のメンバーの治療に専念していたはずだが、この世界ではどうやら違うらしい。
怪我人との会話内容から、怪我の理由は怪物に違いはないことは分かったが、疑問なのはこんな被害が出てしまうまで特殊対策部隊が出動できていないという点だ。
「こんなに怪我人が多いのは、なにかあったんでしょうか?」
「いつもこんな感じなのですよ。今日はちょっぴり多いですが、大した違いはないのです」
対処法が現実に追いついていないのだろう。
低ランクの怪物であれば救急隊が対処し、高ランクであれば特殊対策部隊が【転移】すれば、迅速な対処は可能だと思うのだが。
もしかしたら俺の世界とは怪物の発生頻度が異なるのかもしれない。
人の数に対して、怪物の数が飽和状態になっているのなら、これだけの怪我人が毎日でるのも頷ける。
体感ではそろそろ夕方に差し掛かるだろうかという頃。
怪我人も一段落して、桐坂先輩は汗を拭いながら息を吐く。
「ふぅ~ 今日のピークは越えたのです~ この時間からの出動はベテラン組が多いので、そこまで怪我を負う人はいないのですよ」
「初期の頃と比べたら大分落ち着きましたよね」
「ほんとうに、3年前は地獄かと思ったのです。慣れてないから死者も多くて。今は比較すれば大分安定してきたのですよ。まっ、ここに人が来る分にはまだいいのです。死んだらそれで終わりなのです」
5年。この世界ではその時間をどう過ごしたのかは分からないが、愁いを帯びた先輩の姿は少し大人びて見えた。
「それよりも後輩、お前気に入ったのです! 腕から骨が突き出てても動じないし、精神が安定していない患者も落ち着けられる奴はそういないのです!」
まあ自分と比較すると・・・・・・
しょっちゅう四肢が千切れるし、戦場に身を置いている訳で、精神的に不安定な時期が最近もあったばかりだからな。
こうして欲しいという患者の気持ちはある程度理解できるつもりだ。
「元気にやっていけているようでなによりですわ」
またもどこかに行っていたスぺさんが戻ってきた。
「どこに行ってたんですか?」
「はや、いえ亜矢の存在をこちらのデータベースに入れておきました。私の紹介ということで認証されたのでもう自由に移動して頂いても構いませんわ」
「亜矢? あぁ、なるほど。分かりました」
俺の情報はなるべく秘匿したいということだろう。
わざわざ偽名を使う程かとも思うが、万が一この最強装備であるサングラスを外す羽目になったら、この世界の柳隼人と同じ名前で顔も同じことを不審に思う人は多いだろう。
いそいそとテーブルの準備を済ませ、紅茶を淹れるスぺさん。
席に着くよう促され、部屋の中にいた俺と先輩、そして助手であろう人が座る。
なんだか女子のお茶会に間違えて交ってしまった気分だ。
スぺさんは自分からは喋るつもりはないのか紅茶を飲んで落ち着いてらっしゃる。助手の人も美味しそうに飲み、桐坂先輩は少し口に合わなかったのか眉を寄せて不満を露わにしていた。
「先輩、少し教えて頂きたいことがあるのですが」
「ふむ、言ってみるのです」
「先輩は柳隼人さんと親交があったとお聞きしたのですが、どのような方だったのかと」
中学で頭角を現し、高校卒業後に絶対者ということはその間は特殊対策部隊に居た可能性が高いだろう。この世界の自分が他人から見て一体どのような存在だったのか気になり桐坂先輩に尋ねる。
先輩のカップを握っていた手がピタリと止まり、眉が少し下がった。
「・・・・・・とんでもないお人好し。あれ程無謀な男は初めてみたのです」
「お人好し、ですか」
「ええ、自分に限界がないとでも思っているのか、いつも一人先陣を切って突っ込むのですよ。萌香が何度治療した事か、両手足を使っても足りないのですよ。でも、そのおかげで助かった命は数知れず、色んな人に慕われていたのです」
おいおい、性格まで違うんじゃないか。
家族さえ、いやそれにプラスして手の届く大切にした人を守れるのなら俺はいい。
正直その他がどうなろうと二の次だが、この世界の俺はどうやら違うらしい。
自分を犠牲にしてでも他人を助けたいというような人物に聞こえる。残される人の事を考えた行動には聞こえない。
「はぁ・・・・・・正義の象徴と言っても過言ではなかった。けれど、その象徴に惹かれていく数に比例して悪感情を抱く数も増えた」
途端に話の流れが怪しくなる。
「先の大戦のことは後輩も知ってるのですよね?」
「え、あっはい、まあ」
先の大戦、おそらくは霧灯馴のことではないかと思うが、正直全く情報はない。かといってここで話の流れを切りたくないため首肯する。詳細に関しては後でスぺさんに聞いてみれば大枠は分かるだろう。
「絶対者の一位が死に、二位も重症、けれど柳隼人は見事に生き残ったのです。けれど、彼も相当弱っていた、あいつらにはそれが千載一遇の好機に見えたのでしょう。アメリカにある呪具保管施設にある特級の呪具が複数使用され、彼の意識は途絶えたのです」
「呪具保管施設って、そこの警備は他と比べ物にならないぐらいに強力で・・・・・・」
「制御の効かない法外にいる正義の象徴。それを最も煩わしく思うのは誰か? 権力者なのですよ。丁度施設のトップである二位が重症を負っていたことですしね」
それだけの権力者が、そこまでして柳隼人を消したかったのか。
「権力者が堕落していく工程に、権力を行使する事を守ろうとするという習性があるのです。対し、あの後輩は全ての膿を排除せんと動いていた。彼等からすれば目の上のたん瘤どころではなかった、という話なのです」
複数の呪具による呪いは複雑に絡み合い、到底解呪ができるような状態ではなかったらしい。幸い、完璧に殺される寸前で肉体だけは確保したが、ただそれだけ。目覚めるのは絶望的らしい。
呆れた話だ。
誰よりも人類のために動いた男が、権力に溺れた屑共に足を引っ張られるとは。
「そこで話が終わったらまだ良かったかもしれないわね」
えっ、まだ続くの。
桐坂先輩の話を継いで、スぺさんが飲んでいたカップを置いて口を開く。
「彼が陥れられたことで起こった、柳蒼の覚醒」
「まさか、暴走して?」
「いいえ、【暴食】の暴走ではないわ。まあどっちもどっちだけれども。ここでの覚醒は、死神としての覚醒よ」
・・・・・・ワッツ?
しにがみ、死神? どっからそんな話が出てくるんだ。
「え、いや、え? どっからそんな話が。人間がいきなり死神になるなんておかしいじゃないですか」
「本当に?」
「当然で・・・・・・」
「私が聞いているのは、本当にあの子が人間の子供だと思っているのかと聞いているの」
いや、普通そう思うだろう。
確かに、なんかあいつだけ髪の色が違うし、血が繋がっていないかもしれねえなとお互いに笑ったこともあるが。
(ん? 死神?)
服部さんを現世に連れもどす際に現れた神、あいつもおそらく死神。
そして奴の髪は、
「あの子は死神と人間のハーフですわ」
何度目か分からない衝撃に、俺は一度桐坂先輩に抱き着く事で脳をリセットする。
「え!? えっ、一体なんなのですか?!」





