222話 4556通り目
低温、爆風。
風に煽られて張り付く服を鬱陶しく思いながら俺は叫ぶ。
「なんで落下してるんですかぁあ!!」
現在、遥か上空を落下中。
下が海何て事はなく、市街地が広がっている。激突すれば柘榴になることは明らか。
パラシュート無しのスカイダイビングの元凶である吸血鬼さんは、俺と一緒に落下しながらうふふと笑みを浮かべていた。
「懐かしいですわね~ あっ、あちらを見て隼人。面白そうな施設があるわ、後で寄ってみましょうよ」
「そんな場合ではなくないですか?!」
今、俺達、落下中! それに俺はここがどこだか分からない!
のほほんとしていた朝方にいきなりこんな展開になれば落ち着ける訳がない。
「くっそ! もう一人、いやもう一柱の元凶にも後で文句言ってやる!」
超越神のプロマイド写真をとって部屋中に飾ってやろう。
あの無表情が少し朱に染まるのを想像するだけで滾って来るぜ。
そろそろ地面が近づいてきて、能力を発動しようとする前に両脇から腕を差し込まれたかと思えば、落下速度が急速に落ちた。振り返ると、蝙蝠のような羽を生やしたスぺさんが俺に抱き抱えて飛行していた。
「貸し一つですわよ?」
「マイナスが大き過ぎてプラスに変動しませんよ?」
ゆっくりと降下しながら、人気のない広場に着地する。
「少し座りましょうか」
近くのベンチを指さすスぺさんに従い、取り敢えず俺もベンチに腰を下ろす。
「それで、色々と説明して貰ってもいいですか?」
「勿論。まず今回貴方を誘ったこの世界は、貴方のいる世界とほぼほぼ同じものになります」
スぺんさんが座りながら、近くの自販機で購入したコーヒーを俺に渡す。
「・・・・・・世界ってことは、パラレルワールドってことですか」
「まあ似たようなものですわね。ある時点を起点に分岐した世界の一つ。ここはその4557通り目の世界です」
咀嚼するには大きすぎる展開だ。
超常的な存在がいるし、もしかしたらあるかもなと考えた事はある。しかし、実際に体験してみると、なんともいえない感情が湧き上がる。
周囲を見る。
俺がいる世界と同系統の建物、人の種類も変わっていない。まあ、星が違う訳じゃないのだから、その道程に変化はないのだろうが。
「一つ疑問なんですが、その4557通り“目”というのは」
複数の世界が存在する。まあ、分かる。
けれどそれに順番があるというのはどういうことだ。
「文字通りですわ。この世界が発生する前に4556の分岐が存在するから、その次」
「うーん、納得はできないですが。というか、スぺさんはなんでそんなことを知ってるんですか?」
「それはまあ、私の能力でということなのですが。ふふっ、詳細は追々教えて差し上げます。この世界については、説明より体験する方が理解ができるでしょうから、少し情報収集の時間を取りましょう」
なんだかはぐらかされてしまった。
「あの建物が見えますか」
「なんだか主張の強いあれですか」
視線を向ける。一つ、天高く聳え立っている塔。
この辺りは俺が住んでいた場所に近いと思うが、あんなものは俺の世界にはなかった。建築高さは世界最大級なんじゃなかろうか。
多分国の主導か、どこぞの成金のものだろう。どいつもこいつも大きけりゃいいってもんじゃなかろうに、なんちゃらと煙は高いところに登るってやつだな。
「あれは、この世界の貴方の家です」
「へぇ、そうなんで・・・・・・え?」
「あそこに行けば色々と分かるでしょう。私は少し外しますから、行ってみる事をおすすめしますわ」
一緒に行動するものと思っていたが、一時的に別々で行動しましょうと言われる。
後で連絡しますと、なにやら端末を渡されてスぺさんはこの場を去ってしまう。
一人残された俺は、もう一度天高く聳える建物を見た。
「・・・・・・天才も高いところが好きだったということか」
・・・・・・
行き先が既に見えているため、とくに道に迷うということもなく、歩道を歩いていく。
街の喧噪、暑苦しい日の光、そして怪物。軽く視界に入って来た情報からは、俺のいた世界となんら変わりはなかった。
途中、百貨店によって軽く変装を試みる。
マスク、黒帽子にサングラス。身なりを隠すためだとしても怪し過ぎるかと思ったが、予想に反して周囲から人が離れていくということはなかった。
ただただ変なファッションをしているとでも思われているのか、小さな子供がじっと見てきて内心恥ずかしかった。
「おっ、見えてきたな」
喧噪を抜けて、目当ての柳宅が目前となる。
「ちょい緊張するな」
別世界の俺はどんな感じだろうか。
スぺさんはほぼほぼ同じ世界だと言っていたが、こんな建物があるってことは微妙な差異は必ず存在するはず。
(そういや、時間軸は同じなんだろうか)
俺の世界に対して数十年進んでいるなら、もしかしたらおっさんの俺がいたりして。
・・・・・・禿げてないといいな。
玄関に辿り着き、チャイムがあることを確認する。
こんな馬鹿でかい建物にチャイムは違和感しかないが、アポもとっていないためとりあえず押してみる。
『・・・・・・どちら様でしょうか』
警戒を孕んだ声がインターホンから聞こえた。
女性、というよりかは少女に近い声帯。商店街では気にされなかったが、やはり俺の恰好は怪しかったらしい。
「柳隼人君の知り合いで相馬って言います。実は隼人君に呼ばれまして、今いますか?」
『ほう、隼人さんに呼ばれたと。少々お待ちください』
警戒と言うか、怒りに似たものを感じたが気のせいか?
なあに、設定なんて殆ど考えてないが中に入って俺に会ってしまえばこっちのものだ。
重々しく玄関の扉が開く。
現れたのは腰まで伸びた黒髪を持つ少女。勝気な瞳がチャームポイント、そして腕に装着されている籠手が彼女の魅力を最大限に・・・・・・
「え? 籠手?」
少女が飛ぶ。
殺気マシマシの拳が俺の顔面を捉えるすれすれでなんとか横に転がって回避した。
「ちッ」
「ちょといきなりなに?! アメリカンジョーク?! 全然笑えないけど!」
「笑えない冗談を言ったのはあなたでしょう。隼人さんの知り合いで呼ばれたなどと、その戯言を宣う口を閉じてあげるのでそこを動かないで下さい」
言うや、身を屈めて拳を繰り出してくる。
中々の身のこなしで読みにくい動きをしている。型にはまらず相手の息の根を迷いなくつこうとする戦闘スタイルはどことなくシャルティアさんを彷彿とさせるが、どう見てもこの少女はシャルティアさんの血縁ではない。
「タイムタイム! なにに怒ってるかは分からないけど、確かに俺は嘘を付きましたすいません!」
後方に飛び退いてマスクと帽子を脱ぎ去る。
少女は驚愕したように目を見開いた。
「信じられないかもしれないけど、俺は平行世界から来て――」
「ついに、そこまで落ちましたか。隼人さんのクローンなんか作って、どこまで私達を侮辱するつもりなんですかッ!」
「話をっ! 聞いてよ!」
暴走少女は怒りマックス。
深く息を吐いて、腰を深く下ろす。
「殺しはしません。あなたに罪はありませんから、ただ、創作者を教えてくれれば安全は保障しましょう」
どうやら俺はクローン認定されたらしい。
居もしない創作者さんに危害が及ぶ前に誤解を晴らした方が良さそうだ。
「はぁ、しゃあない。ちょっと反撃するけど安心してくれ、加減はする」
変化した空気に警戒を上げる少女。
対する俺は戦神の権能を――
「うん?」
パスが、繋がらない。
戦神も太陽神も、唯一超越神は使えるようだが、あれは殺す可能性がでてくる。
「だ、大丈夫、俺にはまだ能力があるから」
柳隼人、【大天使】を発動。
背中に天使っぽい翼が生える。身体強化は殆どなし。
手を空に翳せばキラキラとした光が周囲に降り注いだ、以上。
「「・・・・・・」」
デジャブか?
というかこりゃいかん。
俺はすかさず遠くの建物に視線を向ける。
「今だッ、やれ!」
「ッ?!」
視線に釣られて勢いよく振り返る少女。
そして全速力でその場を撤退する俺。
「なっ、待ちなさい!」
「お邪魔しました!」
そこまで変化はないと思っていたが、想像より面倒くさいことになっていそうだ。





