207話 飛躍
夢うつつ。明るい光に照らされ薄っすらと目を開けていく。
「もう起きるっすか?」
夢から覚めたと思ったら夢だった件。
どういうことだ、状況が分からない。何故か服部さんに膝枕して貰っていて、腕には鼻提灯を膨らませているサリーもいる。
周囲の環境からも予想はつくがここは特殊対策部隊本部の十五階のようだ。
やばい、なにも覚えてないんだが。夢遊病にしては少し行動範囲が広すぎる気もするが。
「えっと、おはようございます。服部さん」
「はい、おはようございます。少しはリフレッシュできたっすか?」
言われてみれば、少し気分が落ち着いている気がする。
まさか服部さんの膝枕には鎮静作用もあるというのか。完璧すぎる。彼女の人形でも作って崇めた方がいいかもしれない。
少し名残惜しいが、サリーを地面に置いて服部さんの膝から頭を起こす。
「どうやら随分と甘えてしまったみたいで、あはは・・・・・・」
「気にしなくていいっすよ~ 可愛い寝顔も撮らせてもらったっすし~」
「写真撮ったんですか?!」
「あははっ! 冗談っす冗談」
からからと笑う服部さん。
なんだ冗談か。なんの得もない俺の阿保面が服部さんのフォルダに入っているのかと考えただけで恐ろしいことだ。
「そう言えば、今カイラス山で未確認物体が現れてるとか。柳君はなにか依頼が来ていたりとかするっすか?」
「いえ、特にそんな要件は来てないですね」
取り出したスマホを今一度確認して依頼が来ていない事を確認する。
おそらく現状は調査チームを組んでその未確認物体を確認していることだろう。それが吉とでるか凶とでるか。しかし、自国に富をもたらすなにかである可能性があるのならば他人の介入はギリギリまで阻止したいとかだろうか?
物体は滞空した状態で止まっているらしいからもしかしたら安全なものであるかもしれないと考えているのかも。その好奇心に殺されなければいいが。
「おろ? そうなんすね。絶対的な安全策として柳君が呼ばれると思ってたんすけど。テレビであんなこと言ってたっすから」
「ちょっと過剰に言い過ぎましたかね?」
テレビでの発言と言えば蒼が暴走した後の会見だろう。
あれは蒼から視線を外す為の発言だったから仕方なかったんだ。まあ効果はあったらしい。蒼を危険視はしているかもしれないが表だってなにかを言っている奴はいない。
【テュポーン】での一位との共闘もそうだが、【黒騎士】の単独討伐の戦果を持つ俺を相手にはできないと考えているのだろう。そのままおりこうさんでいて欲しいものだ。
「ふふっ、蒼ちゃんはいいお兄さんがいて幸せ者っすね~」
「ちょ、ちょっと、からかわないで下さいよ・・・・・・」
少し意地の悪い笑みを浮かべて俺の顔を下から覗き込む小悪魔からそっと顔を逸らす。
「あ、それとっすね~ なんと! 鈴奈さんはこの頃一段と強くなってSランクの怪物でもおそらく単騎でやり合えるぐらいになったのです!」
「おぉそれは凄い!」
俺が知っている服部さんの実力はAランクでも相性次第で厳しかったように記憶している。
単騎でSランクとやり合えるなら今の彼女の能力数値はおそらく30万を超えている。知り合った当初が20万前半、彼女の年で他者の成長速度は、ピンからキリではあるが一か月で平均100ぐらいであったはずだと考えれば異常な成長だといえるだろう。
「これで日本は安泰ですね」
服部さんの眉がピクリと動いた気がした。
が、それは一瞬で服部さんはいつもの笑顔で細い腕で力こぶを作る。
「にししっ! ど~んと任せて下さいっす!」
その後は軽い雑談をした後に起きたサリーと軽く遊んで本部を去った。
◇鈴奈side
柳君の背がエレベーターの閉まったドアで見えなくなった所で振っていた手を降ろして溜息を吐く。
『あの子が現在の選定者ですか。他の子達が言うような醜さは感じませんでしたね』
「よく分からない単語を出さないで欲しいっす」
頭に響く声に文句を言う。
つい最近私に憑いた、神様? 最初は霊に憑りつかれたと思い何件かお祓いに行ったのだが、
『な、なんと神々しい気なんだぁああああ!!』
と大袈裟だと思える程のポーズをとっていたのと本人の申告から神様だと思う。
しかし、聞いた名前がビッグネーム過ぎてそこは流石に疑っている。
『もう、本当なのに~』
指先を合わせて不貞腐れている姿が容易に想像できた。
彼女曰く、なにかしらの理由があって私に力を貸したいということらしい。
目的はなんとなく柳君だということを匂わせているが、肝心なことはなにも言おうとしない。
信用はしていないが、感覚的に彼女が悪性のなにかではないことは分かっているので受け入れている次第だ。
『それよりも鈴奈は可愛らしいですね。まあ、彼は全く理解していない様子でしたけれど』
先程の柳君を思い出して少し頬が膨れる。
「私だって強くなったのに・・・・・・」
『相手が悪いですね。彼が手を貸して欲しいと願い出るほどにはまだあなたは強くない』
「そんなこと分かってるっすよ。それでも、『じゃあもしもの時は俺の背中を守ってください!』とか言って欲しかったんすよ」
そんな場面が来るのかも分からないがもうちょっと頼って欲しいのだ。
『かれは少し奥手のようなのでガンガンいっちゃえばいいのです』
「なんの話っすか? ガンガン?」
『あれですあれ! テレビで見ましたよ。壁ドンからの熱い接吻を交わせば一気に距離が縮まることでしょう』
「本当になにを言ってるんすかっ?!」
大分発言が過激な神様と話している所をサリーちゃんに心配そうに見られながら百面相をする。
◇七瀬side
白い壁で囲われて大きな部屋の中央、大量の汗を流しながら酸素を欲し深呼吸を繰り返す。
私の周囲には約二百体のモンスターを模した機械人形全てが矢に穿たれた状態で転がっていた。
部屋の隅で拍手の音が聞こえ視線を向ける。
「おめでとうございます。ようやく弓兵らしい姿になりましたね真鈴」
「師匠・・・・・・」
「ふふっ、お礼などいりませんよ。私はただ最善の選択を取っているだけなので」
「修行の時も食べていると太っちゃいますよ」
アルテミス師匠の手には食べかけの大きめのシュークリームが握られていた。口元には少しクリームも付いている。
感謝の言葉が聞けると思い込んでいた師匠はピタリと硬直して私とシュークリームとで視線を巡らせた後、ぱくりとシュークリームにかじりつく。
「はむはむ」
「結局食べるんですね」
「おいひぃですから」
この人が師匠になって始まった修行。
最初こそ朧げなものだったが、今なら分かる。目の前の女性は正真正銘の怪物だ。
技量が人の為せるそれではない。
彼女曰く、視界に映る全てのものと把握している地点が己の狙撃範囲であると。
それを証明するように、一度彼女の技を見せて貰った。
部屋の机の上に林檎を置き窓を開けた状態で隣の県に移動する。そして彼女は矢をつがえ、事も無げな表情で軽く射る。重い音とともに放たれた三本の矢。
果たして、それはどれ程の距離が空いていただろう。
確実に直線では狙えず、弧を描いて目標を目指したはずだ。
帰宅し、その結果に唖然とした。
机の上に置かれた林檎、そこに刺さった三本の矢があった。
一本目は林檎が飛ばないように少し角度が鋭角に入り机に先がめり込む形で、二本目は林檎のど真ん中を、そして三本目は何故か知らない林檎を穿った状態で元の林檎の隣で倒れていた。
『どうやら残ってしまった林檎を途中で認めたのでついでに貰っておきました』
そんなことよりもどうやったのかを聞きたかったが、師匠はさわりの部分だけを述べるだけで後は実技で教え込むという方法をとるようだった。
変化する風向き、空気抵抗、力の加減、終端速度、考えれば考える程疑問が浮かび上がる。
そして、同時に高揚もした。仕方がないだろう。私を遥かに超える弓使いがいて、その人が私に技術を伝授してくれるというのだ。今まで試行錯誤でやってきた私としてはまさに青天の霹靂だった。
「二百十三。まあ上出来でしょう。体感も鍛えられてきているようで安心です。ただ、およそ十三本甘い攻撃をしましたね。それでは即死はできません。矢の数の分だけ死ぬ確率が上がるのだと記憶しなさい」
「はい」
渡されたタオルで汗を拭って体を伸ばす。
(それにしても本当にすごい施設ね)
師匠に言われて来てみれば、足元まで伸びた金髪の女性がいて、なにやらこの施設を使って訓練してもいいと言う。報酬は私の戦闘データがとれればいいと。
そんなものでよければと頭を下げてお願いした訳だが、無数の機械に見た事も無いものまで視界に入ってくる。人間だと思い喋りかけた助手みたいな人が実は創られたものだと教えられた時はそれはもう驚いたものだ。
修行が終わったら師匠に少し聞いてみようかなと思いながら息を吐いた。
さて、二人は今どの程度の実力なのか。
明日時間ができそうなので今までの感想を返信させて頂きます(*´▽`*)





