21話 能力数値『0』の実力
チームから離れると、まずは少し大きめの大木を上り周囲の偵察をする。
「お、見っけ」
右前方一キロメートル地点に一チーム、左六百メートル地点におそらく一チーム、ただし二つに分離している。最後に後方五百メートル地点に一チーム。
「さあて、どこから狙おうか」
左は却下、あれは雲流高校のチームだ。
あそこには身体強化系の能力者が一人いる。俺の手には負えないので、あっちは他の人に任せよう。
ならば後方か右前方のチームに限られるわけだが・・・
後方は愛園女子学院。
この学校の選抜メンバーは操作系の能力者が多く、他の学校と違い精神干渉系の能力者がいる。
もし干渉を受けた場合俺一人だと対処しづらい、不可能ではないが出来る事ならもう一人は欲しいところだ。
そして右前方の夕霧高校。
操作系と生成系のメンバーと構成されており、警戒するとすれば能力数値一万越えの【重力操作】の能力者がいる事だ。
狙うとしたら、
「夕霧高校かな」
そうと決まれば早速行動だ。
大木から素早く降り、森に足を進める。
◇
「うわあ、めっちゃ緊張しますね先輩」
「まあ最初はそんなもんだ。その内慣れてくるさ」
夕霧高校唯一の数値一万越え能力者である五十嵐 敦は後輩の緊張する様子にそう声をかける。
(観客の歓声が聞こえてくるのも緊張の原因になっているのだろう。場所を移動させたのなら声も聞こえないようにしてもらいたいものだ。)
はたから見ると堂々としている敦だが今回の対校戦はいつも以上にプレッシャーを感じていた。
能力数値一万以上の選手が各高校に一人以上おり、その誰もが強敵であると考えられるからだ。歴代の対校戦を遡ってもこれほど優秀な者たちが揃ったのは初であると断言できる。
(しかし、才媛学園は何故無能力者を出してきたのか)
敦は怪訝に思う。
あの一年以外にももっと優秀な人材はいたはずだ。
であれば何故彼を採用したのか、それとも彼にはなにか特別な要素があるのか・・・
「・・・考えても仕方ないか」
目の前に現れたなら倒すだけだ。それ以上でも以下でもない。
思考を戦場へと戻し、辺りを警戒する。
「それにしても誰もいないなあ」
「警戒を怠るなよ。何処から奇襲されるか分からん」
「勿論」
夕霧高校のメンバーは周りの木々や草叢を警戒する。
そのまま先頭のメンバーがずんずん進み、
――カチッ
「ん? なんだ? 足元から何か音が――」
瞬間、地面が爆ぜる。
戦闘開始だ。
◇
(かかったな)
なんともお粗末な警戒をしながら進行してくる夕霧高校がようやく俺のポイント地点に到達した。
そのまま先頭の選手が地雷を踏んでその直撃を受け、粒子となって消えていく。
一定以上のダメージを受けたため場外に強制退場させられたのだろう。
「まずは一人」
仲間が一人やられて夕霧高校は混乱する。
「動揺するな! 周りに注視しろ! 来るぞ!」
しかし、優秀な司令塔が一瞬にしてチームをまとめ上げる。
あれは五十嵐 敦か、流石に三年だけはあるな。
彼の言葉でチームの動揺が収まっている。
(それでも想定の範囲内だが)
手に持ったスタングレネードのピンを引き抜くと集団に向けて投げ込む。
それは狙い通り彼らの頭上で起爆すると、百八十デシベルの爆発音と百万カンデラ以上の閃光が襲い掛かる。
「ぐっ! 慌てるな! 能力を使わずに身を守れ!」
いくら叫んでも無駄だ。
スタングレネードによって、今はまともに聞くことも見ることも出来ていないはずだ。これでしばらくは五十嵐の統制がとれないだろう。
そして、そんな経験がない素人ならばこの状況は確実に混乱する。
俺は集団目がけて疾走する。
選手の顔を瞬時に確認すると【火炎能力】の男子選手を殴りつける。
「うわぁあああああ!! 来るなあああああ!」
何も分からない状態で攻撃されたら誰でもまともな状態にはなれない。
その選手も例にたがわず大きく取り乱し、自分が攻撃された方へと手を向ける。
「死ねえええええ!」
手から放たれた炎は辺りを熱しながら人を飲み込む。
ただし、それは俺ではない。
彼の炎は俺の狙い通り夕霧高校の選手を燃やす。それによって二人の体が粒子となって消えていった。
(二人、三人。)
続けざま、腰に取り付けていた短剣を抜く。
「ご苦労さん」
そのままの勢いで【火炎能力】の選手の喉元を切り裂く。
当然致命傷となり退場させられる。
(これで四人)
「舐めてんじゃねえぞ!」
目線を向けると、ナイフが飛んでくるのが視認できる。
上体を傾けることで回避すると、その攻撃の主を確認する。
息を荒げながらも、俺をしっかりとその目に留めている二人の選手がこちらを睨む。
一人は【重力操作】の五十嵐 敦。もう一人は確か【鉱物生成】の選手だ。
その顔は憎らし気でかなりプライドに刺さっている様子だ。奇襲するなら声は出すなよ。
「進は少し下がっていてくれ」
「こんなところで引き下がれっかよ! あいつは俺がやる!」
「おい、待て!」
飛び出してくる進君。
俺は彼を笑顔で迎える。
(本当・・・都合が良すぎて、笑えて来るな)
五十嵐との接近戦でそのサポートに彼が能力を使う事が今最も恐れていたことだが、この選手はかなり短気で冷静な判断が出来ないらしい。
このレベルで選抜に選ばれるのかと正直失望してしまう。
「笑ってんじゃねえ!」
彼は能力を発動するとその手に剣を生成する。
へえ、生成した鉱物の状態を変えることが出来るのか。確かに優秀な能力だが、剣を振るだけならそこらの剣士のほうがよほど強いぞ。
剣を俺目掛けて幾度となく振り下ろすが、俺は難なく避け、刃がかする気配すらない。
どうやら自分の能力の強みを全く分かっていないようだ。
「進! そいつから離れろ!」
たまらず五十嵐が指示をとばす。
五十嵐の能力では俺単体のみを狙うのは相当難しいだろうからな。俺と彼を離れさせたいはずだ。
ようやく血が引いてきたのか、五十嵐の言葉に従おうとする進だが俺が簡単に逃がすはずもない。
付かず離れずの距離を維持しながら、ある場所へと誘導していく。
(ここまでくれば大丈夫か)
ある程度まで移動が完了すると、短剣で進君の喉元を切り裂く。
「これで五人。最後は――」
目の前の人物を見据える。
表情からは感情があまりうかがえない。
しかし、彼の怒りを表すかのように五十嵐を中心とした半径二メートルほどの地面が陥没する。
「・・・正直、君を甘く見ていたのは事実だろう。しかし、まさかこれほどまでにしてやられるとは思わなかった。今からは全力でいかせてもらおう」
五十嵐は万感の思いを込めて言葉を紡ぐ。
この結果は当然の成り行きだ。
俺の天敵がいない中で、競技だと思って戦う者と殺す気で戦う者とでは圧倒的な差が存在する。もしこれが本当の戦場であったならば最初の時点でもっと警戒し、地雷にも掛からなかっただろう。
俺は少し笑うと五十嵐に背を向け走り出す。
「なっ?!」
まさか俺が逃げるとは思わなかったのか慌てた様子で追いかけてくる。
彼の進む場所は【重力操作】の能力によってすべて潰されていく。途中振り向きざまに短剣を投げるが五十嵐に届く前に叩き落とされるかのように地面に吸い込まれていった。
「待て!」
彼は唯一地雷を警戒しながら進んでいるようで、俺の走った道を突き進む。
(このまま行ければ楽なんだけど)
疾走する中後ろの足音が消えた。振り向きざまに状況を確認する。
「逃がさん!」
そこには空中を飛びながら俺に迫る五十嵐の姿があった。おそらく己にかかる重力を減らし、蹴った反動を利用することで普通では考えられない跳躍をしてきたのだろう。
「ですよね!」
そこまで簡単にいくとは初めから思ってはいない。
五十嵐が途中で重力を増加させ、高所から潰そうとしてくる攻撃を回避し、奴の跳躍を活かさせないよう木々を巧みに利用しながら再度鬼ごっこを開始する。
そのまま同じ繰り返しを数度した後、俺の目的である地点を五十嵐が通る、
――ガチッ
すると地面から鈍い音が響く。
「すいません。それ対戦車用の地雷です」
地面が弾ける。いくら重力で押しつぶせても数値一万程度の能力では対戦車用の地雷の爆発は完全には対処することは出来ない。
「ぐわあああ!」
五十嵐はあまりの威力に空中に弾き飛ばされた後、地面を数度バウンドして力尽き粒子となって消えた。
「これで六人。ちょっと音を立てすぎたな、はやく離れよう」
五十嵐の離脱を見届けるとバッグを背負って移動を始める。
そう言えば途中から歓声が聞こえなくなったが何かあったのだろうか?
まあ俺としては騒がしくない方が足音がよく聞こえてありがたいんだがな。
ふははは、これが実力じゃあ!無能力者舐めんじゃねえ(# ゜Д゜)





