197話 速攻
時刻は丁度零時を回った頃。
私、アンネ・クランツ、そして師匠はそれぞれのポイントに移動している。二人は対人を、そして私は怪物狩りである。
とはいえ私が狩ればいいのは【キャルド】だけ。
出来るだけ手短に済ませて後はアンネ・クランツに任せるつもりだ。
「綺麗な月ですね」
見合上げれば爛々と輝く月が見える。
こんな日には夜空の下で紅茶でも飲みたいものですが。
「そろそろ始めましょうか」
私が立っているビルの眼下。
深夜にも関わらずそれなりの数の人間がたむろしている。間違いなく寄生されているだろう、敵の監視のために複数の目を用意している訳だ。
「まあ、関係ありませんが」
屋上から一歩踏み出す。
落下する体、速度を増していき風切り音が高くなる。
下の監視が気付き、空に視線を見上げた瞬間に私は能力を発動する。
「時計塔――時間停止」
世界が停滞する。
飛び立つ鳥も、上を見上げようとする監視の動きも全て、切り取られた絵画のように動かない。
時間停止の効果時間は七秒。
地面すれすれで落下速度を遅延させて着地し、そのまま監視の網を掻い潜り母体の居るであろう地下に向かう。
再び動き出す世界。
見上げた監視は何もないことを確認すると、また周囲に視線を巡らせた。
「近いですね」
何時の間に造られたのか、地下の大空洞を疾走しながら呟く。
耳を済ませれば音が反響して遠くになにかが存在しているのが分かる。それもかなり大きい。いや、多いと言った方が正しいか。
(視界が確保できないのは厳しいですね)
この大空洞には光が一切ない。
ある程度慣らすことは可能だが、それでも明瞭ではない敵の攻撃を避けるのは難しい。
私の能力を知っていたのか、それとも偶々なのか。
どちらにせよ、予定より少し時間を超過してしまうかもしれない。
真っ直ぐ奥へと走る中、地下を支える柱の陰から不意に風を感じた。
察知すると同時にナイフを取り出し一閃する。
感触から人間の肉体ではないことが分かった。おそらくは低級の怪物。
「・・・・・・囲まれていますね」
気付けば周囲に怪物達の気配が感じ取れた。
ここまで察知できなかったのはこれらの怪物が呼吸をしていなかったからだ。怪物の死体に寄生しているのだろう。
それにしても数が多い。
一々構っていられる余裕はない。
「邪魔です」
一点突破。
足に力を収束、そして発散する。周囲の怪物は爆風で吹き飛び、進行を妨害せんと立ち塞がる怪物をナイフで両断していく。
「時間停止」
群がって来る怪物を無視し七秒の間に地下の奥へと踏み込む。
(なるほど・・・・・・)
慣れてきた目で見るそこは魑魅魍魎の巣と言ったところだろうか。
奥に存在する巨大な甲殻を纏った怪物がおそらく母体。私のナイフでは少々厳しい相手だ。
そして母体の周囲には強さはAランク級に届かずとも厄介な能力を持った怪物が守護するように跋扈している。
時間が正常に戻る。
一斉に全ての怪物の眼光が私を射抜く。
そして咆哮、近くにいた四つ目の四足歩行の怪物が体を大きく躍動させながら人を丸呑みできるであろう巨大な顎を広げ噛みつこうと迫る。
(さて、キャルドはどこでしょうか?)
視線を巡らせる。
【キャルド】、Bランク級の怪物でその能力は自身が受ける攻撃を別の場所に移すというもの。一撃必殺のアンネ・クランツとは相性が悪い相手だ。
猫のような姿をしているが、その全長は八メートルはある。
巨大な瞳と嗜虐的な笑みを浮かべる姿は、人を恐慌状態に陥れると言われている。
と、そこまで考えて私は瞬時にナイフを無造作に振るう。
私に噛みつこうとした怪物が縦に分かれ、勢い余りその体が後方に流れぐしゃりと潰れる音が響いた。
「少々多過ぎるので、少し減らしますか」
上体を僅かに倒し、低姿勢のまま疾走する。
音と空気の振動、そして僅かな視界を頼りに敵の場所を把握する。
動きを見るにおそらくこれらの怪物は敵の殲滅と同時に時間稼ぎの要因に使われているのだろう。
後方の母体は頭部の触覚を忙しなく動かしている。外との連絡を取っているのか、なにかしらの波長を流して攻撃しているのか。
もし前者であればそれは無駄だ。
ここに邪魔が入らないようにアンネ・クランツと師匠が対峙しているのだから。とはいえそれも時間が経てば難しくなる。
タイムリミットはおそらく十分程度、それ以上であれば彼等の能力で数千・数万の軍勢を最小限の被害で抑えるのは不可能。
「ふッ」
人型の怪物と三合斬り合い、自手で三秒の溜めを【圧縮】した一撃で風穴を空ける。
その隙に迫る、眼前から一体の怪物。
周囲を囲うように展開される陣形から察するにおそらく囮。
怪物の瞳が鈍く光る。
(珍しいタイプですね)
おそらくCランク級の魔物。
眼光で視認した対象の動きを止める能力。石化させる【コカトリス】には劣りますが、この多対一ではこれだけでも厄介極まりない。
動きが止まった私に降りかかる攻撃の嵐。
近接と後方からの攻撃と種類が分かれている。多種多様な怪物ならではの戦法、そして本来ではありえない光景だ。
「悪くありませんね。ただ、遅すぎます」
一定の距離で全ての攻撃が私に届かず【遅延】する。
ゆっくりとは近づいてくるが、それでも私に届くまでは数秒かかるだろう。
そして、攻撃が届くまでの間相手の怪物は魔眼を発動させ続けることはできない。
次第に拘束が解けていき、魔眼の光が収まった。
「時間停止」
二本のナイフを滑らせる。
周囲の怪物全てを切り刻み、血を浴びながら全てを地に還す。
七秒、敵から見れば瞬きの間、周囲に存在していた敵は全てが粉微塵に姿を変えた。
怪物が反応できていない今、母体への攻撃が通る道が見えた。
距離は関係ない。時間を圧縮させ、怪物の群れに防がれる前に、遠距離からナイフを投擲する。
それは一直線に飛び――途中で現れた巨大な猫がその身に浴びた。
凶悪に笑う猫の姿を視認し、そして視界が暗転していることに気付く。
視線を上に向ければ私の腹部の断面が見える。
【攻撃転置】、その猫、キャルドは自身が受けたはずの攻撃を私の腹部に移したのだ。
『ギヒャハハハハハッッ!!』
猫の姿からは想像できない下卑た声で嘲笑する姿は不気味の一言。
お気楽な脳で嗤う敵に私は笑みを返す。
「単細胞で羨ましいです。引っかかってくれてありがとうございます」
――時間遡行
七秒前の過去に戻る。
この七秒に私が能力を発動させて停止させた時間は含まれない。
周囲に敵が迫り遅延している光景。
そしてすぐに体の硬直が解ける。
「時間停止」
先程はここで周囲の怪物全てを蹂躙したが、今回は前面の怪物だけ屠り、ある一点に駆ける。
思ったよりも近く、血濡れの巨大な怪物の下の僅かな空間、そこにキャルドの姿があった。キャルドの弱点として、自身が攻撃を受けたことを認識していなければ能力を発動させる事ができない。
つまり、この時間が停止した空間の中では無力であるということ。
能力解除まで二秒。
「十分です」
ナイフを走らせる。
一瞬の間、ミリ単位まで切り刻みその体を粉砕する。
停滞していた血の海は、時間が戻ると同時にバケツを零したようにあたりに広がった。
「ギリギリ時間内ですかね」
母体に一瞬視線を向け、すぐにきりナイフで圧縮した攻撃を頭上に飛ばす。
轟音を立てながら一直線に昇った攻撃は遠くからでも良く見えるだろう。
「あなたの相手は私ではありませんから」
遠くから視認したであろう師匠が能力を発動させる。
私の体はその場から静かに消えていき、代わりに別の人物の体が現れる。
「後は頼みましたよ」
「ああ、任せろ。逆にそっちは頼むぜ」
「ええ。任せて下さい」
その小さな背は見かけによらず対怪物ではこの上なく頼もしい。
「さあ、蹂躙の時間だ。よくもここまで勝手をやってくれたな三下共、灰すら残さず消し飛ばしてやるよ」
不敵な笑みを浮かべ、絶対者序列三位アンネ・クランツが怪物の前に立った。
これが四位の強さです。はっきり言って化け物ですねw
【ご報告】
本日より2巻が発売となりました!
今回は3章と4章の物語+書下ろしですね。
色々と肉付けして重要キャラがいたりするので、そこを注視して読んで頂ければ面白いのではと思われます。
面白そうだとお手に取って頂ければこれ以上はありません(*´▽`*)
不満点があれば感想欄でも仰っていただければ次に活かせるので、些細な事でもどうぞ(^^♪





