188話 星を斬り裂く一撃
今の黒騎士は足無しで戦える程やわな相手ではない。足に巻き付けた天網久遠を操作する事で、足を強制的に動かす。操作を間違えれば自分の足をバラバラにしてしまうが、今はリスクを恐れる方が死に近づく。
「ふッ!」
拳と剣が衝突する。
互角、ではない。一方的に俺の風が削られる。生身に迫る剣の刃に手の甲を合わせ、向きを逸らし、蹴りだした足に風を纏わせて黒騎士を蹴り飛ばす。
(成程、あれが権能を切り裂く力か)
以前の黒騎士であればその力を十二分に使いこなせていなかったが、二段階目に到達した今は完全に扱えている訳だ。
にしても厄介だな。対応できる権能にも限界があると当初は踏んでいた訳だが、英雄神の悪風を切り裂いている所を見るに、おそらくは全ての権能が奴にとっては無効化される。
ただ、どうしようもない訳ではない。
権能が通用しないのは剣のみだという点だ。確かに、奴の鎧の周囲には厄介な空間の層が存在するが、こちらの方が幾分かマシだろう。
「模倣――加速」
今の俺の力では黒騎士の動きを完全に見切ることは出来ない。
故に、少し先輩の力を借りる。魔王の能力である【模倣】で服部さんの【加速】を模倣する。
この模倣ではオリジナルに比べて多少力は落ちるが、それでも服部さんの能力は驚異的な力を発揮する。
肉体の加速はしない。
俺が加速させるのは脳の処理能力だ。
認識レベルが格段に上昇し、視界内の情報が、肌に触れる全ての感覚が大幅に変化する。
視界から黒騎士の姿が消え、同時に背後から振るわれた斬撃を半身で回避する。
天網久遠で下半身を操作しながら左回りに振り返り、裏拳を頭部目掛け繰り出す。
が、黒騎士の剣が空間を滑るように動き俺の裏拳に反応するのを視界の端に捕らえれば、攻撃を途中で停止し腕を引き、体を更に回転させて正面から黒騎士の懐に右の拳を叩き込む。
迫る拳に、黒騎士はすり足で半歩下がると、剣を俺の頭上目掛け上段から振り下ろす。
お互いに最小限の回避しかしなかった。
俺は首を倒して頭部を避け、黒騎士は拳が乗り切る場所を見極め更に半歩下がった。
「んぐッ!」
刃が肩口から肉を屠る感触が伝わる。
痛みに一瞬硬直しようとする体を天網久遠を操作して無理矢理動かし、剣が突き刺さるのを無視して更に一歩前へ。
(ぶっ飛べッ!)
「凶嵐!」
赤黒に染まった風が拳に収束し、黒騎士の鎧と接触した瞬間に、しがらみから解放されたように吹き荒れ、黒騎士全てを巻き込むように前方へと直進し、街並みを削り取る。
両者ともにその場を吹き飛ばされる。
風を操りその場で浮遊しながら、【魔王】の超再生で傷を癒すと、視界の先で暴れている風が両断されて散り散りに消えゆく姿が見える。
その中心に立つ黒騎士は胸元の鎧が大きく凹んでいた。
「全力の殴打でそれか。ならば」
悪風と技術、加速でも力不足。
あの堅牢な防御を破るには更に強大な力が必要だ。
「来い、マルン」
空間から現れた武器を右手で掴み取る。
鍬状の武器、テュポーン戦で六腕を両断した神器である。
能力で距離を詰め、正面に現れた黒騎士に対し素早くマルンを振るう。
神器固有の能力は発動しない。黒騎士の剣は神に類する力を制限するものだという事を改めて理解する。
都合四度その場で打ち合う。
マルンの耐久性は問題ない。それだけでも十分。ただ、やはり天網久遠だけで足を操作するのは踏ん張りがきかない。打ち合いだけではいずれこちらが負けるのは見えている。
『天、炎・・・・・・』
「ッ?!」
そんな俺の様子を感じ取ったのか、一瞬の隙に懐に潜った黒騎士がそう呟きながら下段から剣を振り上げる。
その刃は俺には当たらなかった。
が、地面から感じる凄まじい熱気に高速で回避行動を取る。
一瞬にして地面が赤熱し、そして一気に溢れる。
火山の噴火を思わせるように、地面から湧き出た炎は俺の左腕と左足を巻き込みながら天高く登り、火の粉を都市中に振りかけた。
『不知火』
体勢を崩した俺を確実に仕留めんと、黒騎士が畳み掛ける。
奴の剣は一つであるはずだが、無数の剣線が見えた。その全てが俺の肉体に迫り――そして一瞬停止する。
「滅亡の時だ、太陽神」
俺自身を中心として炎を巻き上げる。
黒騎士は大きく後退し、炎の渦を睥睨し剣を構えた状態で動かない。
「少し時間がかかったが、ようやくだな」
だが、あれだけ何度も見ればもう十分だ。
左腕と左足の再生を終わらせると、右腕を真っ直ぐに持ち上げる。
「つまり、こういう事だ」
警戒していた黒騎士の眼前に移動し、頭部を右手で掴み、地面に叩き伏せる。
単純な移動で黒騎士は捕らえられない。
模倣したのだ。奴の【距離操作】を。
ただしオリジナルと比べるとその能力は2割は落ちる。
「それでも十分だがな。燃え朽ちろッ」
背後の六腕と右腕から炎が溢れ猛り狂ったように全てを灰塵に帰す。
ただ、黒騎士は炎に対する耐性が異常に高いのか、俺の攻撃を耐えきり、剣を強引に振るい俺を後退させる。
「ん?」
立ち上がった黒騎士は剣を構える事なく、暗い空を見上げる。
その不自然な行動に眉を寄せていると、更に黒騎士はその口を開いた。
『名も知らぬ、敵よ・・・・・・貴様からは、私と同じように、何かを守りたいという・・・・・・意思を感じる。そして、その殺気には・・・・・・あの子に対する、怒りを感じない』
突然の会話に若干動揺する。
まさかこのタイミングで更になにかあるのかと、警戒は高めたまま相手の会話に耳を傾ける。
『ならば、あの子を悪いようには、しないだろう・・・・・・しかし』
黒騎士は下げていた腕を上げて、剣先を俺に向ける。
『まだ、貴様の底を見ていない・・・・・・覚悟を、見せて見ろ。守るべきものを守り切る、覚悟と力を・・・・・・出来ないと言うのならば』
俺に向けていた剣を頭上高く上げ、そこから溢れ出る覇気に頬が引き攣る。
『ここで、散れ』
視線を上げる。
黒騎士の剣が眩く、強く輝き、その刀身から溢れ出る炎が剣の形を保ちながら、天を貫く程に大きくなる。
暗闇に満ちていた空間が、昼間以上の明るさで世界を彩る光景は、命の危険を感じてなお魅入られるものがあった。
「なる、ほどな。全力でかかってこいってことか」
地道に削っていくつもりだったが、どうやら黒騎士は次の一撃で決着をつけるつもりらしい。あれ程の高エネルギーを持った一撃を振り下ろし、もし俺が受け止められなければ、最悪この大陸は滅ぶだろう。
「全く、無茶苦茶だな・・・・・・でも」
何故か、気分は悪くない。
黒騎士の行動には苛立ちを覚えるが、守るという意思は本物なのだろう。
でなければ、こんな戦い方は絶対にしないはずだ。
「ははっ」
奴の全力の信念を目の前に魅せられて、同じく守るべきもののためにここに立っている俺が退く事などありはしない。
いいだろう。
覚悟を見せろと言うのなら、俺の全力でもってお前の全てを捻じ伏せるまでだ。
「位階上昇――超えろ、超越神」
髪は灰色に、瞳孔の周囲を神話文字が円環する。
三十秒だ。その間、俺の足の代償は無意味なものとなる。
そして、この権能なら可能なはずだ。
あらゆる矛盾を排し、壁を越えられるのならば。
「戦神・太陽神ッ」
権能の同時開放。
俺の体を纏うようにして闘気と炎が踊り、次第に融合していく。
視界がチカチカと点滅する。
ぶっつけ本番、敵に触発されて強引に引き出した限界だ、長くはもたない。
『星を堕とせ、断罪輝炎』
巨剣が振り下ろされると同時に、地面を踏み切って盛大に破壊しながら空へと飛び出す。
拳には尽くを駆逐する漆黒の炎と、進み続ける戦神の権能をのせて。
「うぉおおおオオ!!」
巨剣と拳がぶつかり、飛び散る炎が空に舞う。
互いの威力はほぼ同等、一進一退の攻防を繰り広げるが、それでは駄目だ。
こんなものなのかと己に再度問いかける。
「まだいけるだろ! 火力を上げろッ!」
勝手に自分で限界を決めるなと、全開の炎を更に燃え上がらせる。
それは傍から見れば、黒い太陽のように見えただろう。
断罪の剣に反するように進む、小さな漆黒の彗星。
星の輝きに応じて、徐々に巨剣に亀裂が入る。
最早言葉にもならない絶叫を上げながら掲げていた拳は、遂に目の前の障害を崩し振り抜ける。
半ばから折れた巨剣は宙で分解されて、散っていく。
地面に降り立った俺は、黒騎士に迫ろうとして、途中で動きを止めた。
「・・・・・・出しきったのか」
黒騎士の体は幽霊のように透けていた。
折れた剣を片手に、鎧から見える赤い瞳は俺を静かに見据えていた。
『見事だ。その意志、確かに見たぞ』
瞳は俺から移動し、どこでもない虚空を見る。
いや、その先には俺が分からないだけでなにかが居るのかもしれない。
『ただし、覚えておけ・・・・・・あの子が、悲しみに涙するとき、私は今一度、この世に再誕する』
「それは、おっかないな」
『貴様、名は』
「柳隼人だ」
俺の名を聞いた黒騎士は、剣を手元から消すと、僅かにだけ腰を曲げた。
『柳隼人よ・・・・・・後は、頼んだぞ』
その言葉を最期に、俺の返事を聞くまでもなく、奴の姿は闇に消えていった。
次話は場合によっては二週間後とかになるかもです。
次巻の原稿がスムーズにいければ問題なく投稿の運びになります(*´▽`*)