187話 紅蓮の騎士
さ、寒い・・・(>_<)
爆風の中、受け身をとりながら地面に横たわって、黒騎士の姿を確かめる。
「ふぅ・・・・・・まずは一つ」
辺りを見渡せば、鎧の破片が至る所に散らばっている。
矢の威力によって内側から爆散したらしい。これで終わりなら楽なのだが、やはりそう甘くはない。
爆散した破片の姿が徐々に薄れ消えたかと思えば、中空に開く空間の亀裂。
その先には無傷の黒騎士の姿が見える。
「やっぱそうなるか。まぁこちらも一回で終わるとは思ってねえよ」
黒騎士が亀裂から一歩踏み出そうとする瞬間、俺は弓を引いて一矢を放つ。
(おっ?)
ただ、黒騎士の予想外の行動に次の一矢を放つ手が止まった。
先程までの戦闘では回避だけでも必死だったはずが、俺の矢を迎え撃つように剣を上段から振り下ろしたのだ。
刃は吸い込まれるように飛翔する矢の先端に触れ、凄まじい衝撃波を撒き散らしながらも、矢を真っ二つに両断した。
「おいおいマジかッ?!」
放つオーラは明らかに別物だ。
一度死ぬことで強化して復活したって事か? いや、逆になんで最初は弱い状態で出てくるんだ。
思考の途中、音も無く俺の右側に現れた黒騎士が地面近くに体を倒し、下から斬り上げるように一撃を放つ。その刃の軌道は全くと言っていい程にブレが無い。
「今考えてるだろうがッ!」
上体を倒しギリギリで回避しながら、文句を言う。
残念ながら思考している暇はなさそうだ。
倒した上体のまま流れるように一回後転しながら弦を引き、起き上がりと同時に、一歩踏み込む黒騎士をほぼ零距離から撃ち抜く。さしものSSであろうと対応できる距離ではない――はずだった。
(・・・・・・対応するかよ)
矢が鎧に到着し、ほんの僅かに停滞した時間およそコンマゼロ三秒、鎧と矢の間に剣の腹を滑り込ませた。
地面を削りながら矢の衝撃を耐え続け、威力が僅かに減衰すれば矢を弾き返す黒騎士の姿を見て、こりゃ駄目だと諦めの感情が出る。
「いい発想だと思ったんだけどな、これじゃ威力が低すぎるか」
それとも技術の問題か。七瀬先輩に弓を教えて貰えば良かったかもしれない。
溜息を吐きながら俺は弓をその場に放る。
敵からしたら意味の分からない行動。
しかし、確実に隙である事には変わりはない。距離を越えた黒騎士が眼前に現れる。
ここまでくれば、致し方なしだろう。
なるべく無理をするような力の使い方はしたくなかったが。今度は記憶が消えない事を祈ろう。
「神風装束」
風が、吹き荒れる。
それは最早怪物の咆哮とも酷似した豪風の唸り声が地を這い、周囲全てを粉塵へと還す。
英雄神は七つの悪風を操る。
ただの風と侮るものは、その光景を見ればたちまち声を失い。深い畏怖に呑み込まれる。
全てを呑み込む風の暴力は、かの混沌の女神『ティアマト』を沈めた。
その神風を装束のように身に纏い、力の化身が眼前の敵を消し去らんとその力を解き放つ。
「こりゃ抑えるのが大変だな」
黒騎士の剣が風に阻まれて衝撃で体ごと後退する。
それを追うように宙を高速で移動し、奴の頭部を鷲掴みする。風に乗れば足を動かせないハンデは限りなくゼロになる。
掴んだだけで、暴風により削れていく鎧。
そのまま地面に叩きつけ、反動で浮き上がった体に掌をかざし暴風で吹き飛ばす。移動先に瞬時に飛翔し、タイミングを合わせて奴の顎に拳を合わせて上空に打ち上げた。
「上なら被害も糞もないからな」
左腕に暴風を収束させれば、気圧が変化する際に起こる耳鳴りのようなキーンという音が響く。
オーストラリア政府にはもう少し東部に避難して貰えば良かったかもしれない。ここまで大気を操作すれば天候が荒れに荒れている事だろう。
「消し飛べ」
体勢の把握も出来ず宙に投げ出された黒騎士に追いつくと、暴風を収束させた左腕で腹を抉るように腕を振り切った。
抵抗はまるでなかった。
俺が通過した背後には体を穿たれ散り散りになっていく黒騎士の姿が。
そして前面には夕暮れに赤く染まっていた雲が全て消し飛び、ただただ赤い空が写っていた。
「これで二つ」
俺の背後の空間に亀裂が入る。
そこから高速で接近する黒騎士。宙に浮いているというのにまるで関係ないとばかりに剣を振りかざす。
しかし、俺の暴風は突破出来ない。
距離を操作して縦横無尽に斬撃を繰り出す黒騎士の攻撃を全て受けるに留まらず、近づく黒騎士の体が徐々に切り刻まれていく。
少しばかり強化されている様だが、もうその程度では俺の鎧を突破する事は出来ない。
「詰みだ」
手を下から上へと動かせば、黒騎士を包むように暴風が吹き荒れた。
奴は距離を瞬時に詰めることは出来るが、転移出来る訳ではない。移動先に辿り着く前に必ずその合間のものにぶつかる。
その衝撃を今までは鎧の周囲に張っているであろう歪んだ空間によって防いでいたのだろうが、俺の暴風を前にそれでは耐えきる事は出来ない。
結果、暴風から飛び出したのは、上半身だけで剣を握りしめたボロボロの黒騎士だ。
力尽きるように落下していく黒騎士を見下ろしながら、おそらくそろそろだろうと俺は気を引き締める。
◇
一体の怪物が心中で呟く。
――このままではいけないと。
――あの子を守ることが出来ないと。
その怪物は他の怪物とは違った。
実体はあるものの、幾ら傷つこうが死ぬことはなかった。
それは、怪物の正体が思念の集合体であったからだ。
エネルギーが無くならない限りその怪物は何度でも蘇る。
そのエネルギーは、近くに発生する他の怪物から吸収してきた。その力は無尽蔵に近い。
故に、不死の怪物を狩る事は何人にも不可能である。
しかし、その怪物は己が生きる為に蘇るのではない。
“あの子”を守る為に何度でも蘇るのだ。
そして今、明確な脅威を前にして自らに問いかける。
このままで敵を倒せるのかと、あの子を守り通すことが出来るのかと。
答えは、難しいだろうと。それ程までに敵は強大な存在だ。
己が死なないだけでは意味がないのだ。
ならばどう打開するのか。
簡単な事だ。もう一度、あの時と同じことをすればよい。
蘇生に必要としていた無尽蔵とも呼べるエネルギーを、戦闘に回せばよいのだ。
◇
眼下の光景が眩く輝いた。
上半身だけであった黒騎士は命途絶える事無く、不死鳥の如く燃え上がると、体を再生させて地面に轟音を立てながら着地する。
鎧には罅割れるような赤熱の亀裂が入り、それは奴の剣にも伝播していた。
黒騎士は剣を地面に突き刺す。
蜘蛛の巣状に割れた地面からはマグマのような炎が溢れ出し、そろそろ空が暗くなってくる頃合いだというのに、その空間はどこよりも光り輝いていた。
「来たか、二段階目」
黒騎士の姿が消えた。
「なッ?!」
眼前に現れるのと、暴風を切り裂くのはほぼ同時だった。
ただ、振るったであろう剣閃が俺には全く視認できなかった。
(いや・・・・・・)
俺の体から血が噴き出す。
奴の剣は暴風を斬るに留まらず、俺の体を斜めに切り裂いたのだ。
幸い薄い皮膚までであったが、暴風を斬り裂いたことには変わりない。
次の斬撃に注視するように剣に視線を移せば、前方に回転した黒騎士の踵が振り下ろされる。咄嗟に左腕をかざし防御するが、奴の化け物じみた脚力によって暴風の防御だけでは耐えられずに俺は眼下の建物を崩壊させながら地面に叩きつけられた。
「変わり、過ぎだろ・・・・・・ッ!」
二段階目、神を殺した事実から非常に強力である事は分かっていた。
しかし、これはあまりにも別格過ぎる。
おそらく、いや確実に、俺が今まで戦ってきた中で最強はこいつだ。
距離を越えて音も無く黒騎士が地面に屹立し、俺に向かって剣を構える。
そして、声を発した。
『アノコヲ、マモル・・・・・・スベテカラ・・・・・・』
その一言にしばしの驚きと、どうしようもない怒りが湧いた。
「守る・・・・・・だと?」
――ねぇ、小さな希望君。その時は私を殺してくれる?
「なにも、なにもお前は守れてねえよ。ただ、それでも、お前の気持ちがゆるぎないものだと言うのなら」
――俺が、殺してやる。
「天網久遠」
糸を両足全体に巻き付ける。
そして天網久遠を操作して強制的に足を動かす。
「今日で、負の連鎖を終わらせる」
いよいよ、最終戦といった感じですね(*´▽`*)
【朗報】
皆様の多大なる応援のおかげで、ほぼほぼ2巻の続刊が決定致しました。
おそらく3,4章プラス書下ろしの構成になるでしょう。
そして、かの太陽神の初出陣となります。絶対者であるチート戦闘狂も出てきますねw
ちなみに口絵としてみたい場面とかありますでしょうか?
書下ろしを考えながら作者は只今よりお風呂に行ってまいります(*´▽`*)