178話 新たな要請
新章開始!
季節は冬。
厚手のコートに魅惑的な体が隠される時期。
窓から朝の陽ざしが入り込み、寝ぼけ眼をこする。
「朝か・・・・・・寝みぃ」
布団を捲りベッドから降りようとすると、隣にピンクの何かが見えた。
「蒼? なんでこいつがって、あぁ、思い出した」
昨日の夜に真っ赤な頬を膨らませながら俺の布団に突入してきたのだった。
『お兄ちゃんも恥ずかしがれこの野郎っ!!』などとおかしなことを言いながら。既に女子のメアドを複数件ゲットした俺が恥ずかしがる訳もなし、偶にはいいかという安易な考えの元、今の現状に至る。それにしても気持ちよさそうな顔で寝ている。見ていると二度寝したくなる程だ。
「えへへ~ シュークリームだ~」
「おい、兄の服を噛むんじゃない。涎塗れになるだろうが」
なんとか蒼の口から服を救出し、涎塗れになっている事に溜め息を付きながらベッドから降りて服を着替える。
蒼を起こそうと思ったが、幸せそうな表情をわざわざ崩すのも憚られるため、その場に放置。俺はリサさんの創ったという車椅子で階段を下りてリビングに向かう。
ドアを開けば、味噌汁のいい匂いがした。
「おはようございます。柳隼人」
「シャルティアさんもおはようございます。朝ご飯作って頂いて本当にありがとうございます」
「それはもういいと言いましたよ。それよりも、貴方はまだ足が治らないのですか?」
「はい、おそらくもう少ししないと動かないかと」
残念ながらまだ俺の足は動かない。左目も薄い水色になった状態から戻る気配はない。
これでなにか見えるものに変化があるのかと問われれば、全く無いという答えになる。最終的に中二感満載の姿にならないかと多少の不安を抱きながら毎日鏡を見る始末だ。
朝食をテーブルに運び、席に着く。
リモコンでテレビの電源を点けると、丁度俺の会見について語っていた。
『いやぁ、この頃の怪物の活発化に不安を抱いていた方々が多くいる中、絶対者のこの発言は非常に有難いですね』
『そうですね。はっきりとは言葉に出来ないのですが、彼の言葉と姿を見て、不思議と心に余裕が生まれたような気がしました。当人は怪我を負っている状態だというのに不思議ですね。これからも――』
想定通りだな。
スマホの記事なども確認するが、蒼についての不確かなものは殆どが消えている。俺が会見の最後に釘を刺したのが思いの外効果があったのかもしれない。
色々と落ち着けばまた学校が再開するだろう。以前と同様の対応を周囲がするのは難しいかもしれないが、阿呆な事は極力しなくなるはずだ。学生の親が全力で止めにかかるだろうからな。
「はぁ」
出来る事なら学校など直ぐに辞めさせるのだが、本人が行きたいと言っているから強引に事を運ぶ訳にもいくまい。まあ、あいつには渚ちゃんという親友がいるからな、理由としては十分か。
何か対策でも考えておくかと悩んでいると、シャルティアさんがそう言えばという風に口を開く。
「伝え忘れていましたが、明日から少しの間故郷に戻る事になりました」
「えっ?! 急ですね」
「場合によっては直ぐに戻るでしょうが、その間は死なないように気を付けて下さい。貴方は他方に狙われているのですから」
「ええ、気を付けておきますね」
そういう連中も出来れば早く潰しておきたいところだが、足が治るまでは大人しくしておいた方がよさそうだ。でも、今はなんというか、チャンネルが開いているとでも言うのだろうか。根拠とかは特にないが、まるで負ける気がしない。
「ふぁ~ おはよう~」
「は・・・・・・よう」
寝ぼけた様子の二人がリビングに姿を現す。
一応蒼は着替えているが、ソフィアさんはパジャマ姿のままだ。家に馴染み過ぎの姿に何と言えばいいのか困ってしまう。
「二人も伝えておきましょう。私は明日から少しの間ここを離れます。私が居なくとも三食しっかりと食べるのですよ」
分かりましたね。と念を押すシャルティアさんを、ぼうっとした瞳で二人が見る。
「? どうしま、っ!!」
二人の様子に首を傾げるシャルティアさん。
どうしたのかと問おうとするや、二人は勢いよくシャルティアさんに抱き着く。
「嫌です!! シャルティアさんが居なかったら私は駄目なんです!! 明日はすき焼きを作ってもらう予定だったんです!! ・・・・・・じゅるり」
「嫌だよ!! シャルちゃんが居なかったら、ボクが外で寝ちゃった時に誰が迎えに来てくれるというんだい!!」
あれは引き留めようとして言っているのだろうか。
逆にシャルティアさんの額に青筋が浮かんできているのだが。
「・・・・・・そうですか、分かりました」
「シャルティアさん!!」
「シャルちゃん!!」
「少しではなく、しばらくの間離れている事にします。どうやら甘やかし過ぎたようですね。少しは自立しなさい」
「シャルティアさんっ?!」
「シャルちゃんっ?!」
一瞬希望に満ちた表情をした二人が直ぐに絶望に染まる。
どうやらマズイ状態だと判断した二人は互いに頷き合い、シャルティアさんを強く抱きしめたり、何処とは言わないが揉んだりしている。あれはマッサージのつもりなのだろうか、近くに俺がいる事を忘れないで欲しいものだが。
「ちょっと?! 貴女達離れなさい! 何処を触っているのですかっ?! もぅ、頬ずりもしないで下さい!!」
あんなに取り乱しているシャルティアさんは大変珍しい。
写真に収めておきたいが、確実にスマホを破壊されそうなのでやめておく。
「柳隼人! 貴方も見ていないで早く二人をどうにかして下さい!」
「おっと、すいません」
糸型の武器、天網久遠で二人の体を引張りシャルティアさんから強引に離す。
「うぅ~ シャルティアさ~ん」
「行かないでよ~」
「はぁ、全く・・・・・・夕食をすき焼きにするので、それで柳蒼は我慢して下さい。ソフィアはしばらく枕を外に持ち出すのは禁止です」
「愛してますシャルティアさん!」
「そんな?!」
蒼もすっかり本調子だな。
その分シャルティアさんに迷惑が掛かっているようで申し訳ない。もう、何を返しても彼女には足を向けて寝る事は出来なさそうだ。
見た目の無表情に反して面倒見が良すぎるが故に駄目人間にたかられてしまうのだろう。
残念だが、一刻も早くこの家から離れなければ大変な事態になってしまうかもしれない。
ふと、スマホから着信音が鳴る。
ポケットから取り出し、メールを確認し、僅かに口角を上げる。
「早速か」
全くもって想像通りの展開。
俺がした会見を見たのならまずは確実に要請がくるとは思っていた。
送り主は統括支部、というよりかはその統括支部に依頼した国と言うべきか。
内容は単純にして難解。
――討伐レートSSランク、【黒騎士】の討伐。
「四体目、俺で締めだな」
四体いた中で内三体を柳家が屠る事になる訳だが、これだけ世界に貢献している家族は他にいないのではないだろうか。
(戦闘データも送られているな。後で存分に解析させて貰おう)
負ける気などは毛頭ないが、三人の絶対者と対峙して生き延びたというのは驚異だ。
一瞬の油断が命取りになるだろう。出来るだけ温存しておきたいが、もしもの時は躊躇わず超越神の権能を使うつもりだ。
脳内で戦闘を思い描いていると、視界の端から蒼の笑みが入って来る。
「お兄ちゃん! 今日すき焼きだって!」
「おう、楽しみだな。何か買ってくるものがあれば俺が行きますよ」
「車椅子の貴方がいくのは効率的ではありません。ソフィアを連れて行きます」
「ボクお箸より重いもの持てないよ~」
余談だが、夕飯のすき焼きは大変美味しかったです。
ようやく私にも休みが(*´▽`*)
次話は12日予定でっす!!