18話 憂鬱な選考と不穏な予告
「は?」
・・・俺の聞き違いか? 今絶対呼ばれるはずのない名前が呼ばれた気がしたんだが。
どうやら相当疲れているようだ。帰ったらモフモフ動画を見なければ。
先ほどのお祭りムードが嘘のように体育館を静寂が占める。
万に一つでも俺と同じ名前の生徒がいるのではと期待したんだが・・・どうやら柳 隼人は俺しかいないらしい。・・・マジかよ・・・なんでこんな事に。
「おかしいだろ! なんで能力数値『0』の奴が!」
「それなら俺達の方が出るべきだ!」
「そんな奴出したら学校の恥よ!」
そうだそうだ! もっと言ってやれ!
何故に俺がそんな面倒な事をしないといけないんだ。そんなのは出たい奴が出ればいいんだ。
俺が密かに俺に対する批判の声を応援する中、壇上の袖から一人の生徒が姿を現す。
その生徒は満面の笑みを浮かべ、反対に俺の顔はだんだんと青褪めていく。
「は~い、じゃあ私の方から説明するっす!」
なんであなたがそこにいるんだ・・・服部さん。
彼女は二階堂先生からマイクを受け取ると、俺を選んだふざけた理由を説明する。
「まあ、結論から言うと実力っすね!」
再び静かになる体育館。
彼らは服部さんの言葉を聞いていなかった訳ではないが、彼女の言葉の意味が理解できなかった。
自分たちが能力数値『0』の無能力者よりも劣ると言われたのだ。彼らからすれば、突然『君は赤ん坊よりも弱いよ』と言われるようなもので、思考が停止してしまうのも仕方ないと思われる。
たっぷり数秒をおいて、徐々に理解してきたのか皆の額に青筋が浮かぶ。
「そんな訳ないだろ! あんた何考えてんだ!」
「そもそも君に選考する権限なんて無いだろ!」
「戯言も大概にして!」
飛び交う罵声。しかし、服部さんの表情は何一つ変わらず笑顔のままだ。
「いえいえ、あなた達では柳君に傷をつける事すら不可能でしょう。彼にはそれだけの力があるっすからね」
少しも怯むことなくそう言い放つ。
やめてくれ! これ以上変な事言ったら俺が殺されるんですけど!
・・・さっきから周りの目が痛い。これ帰りにリンチされるとかないよな?
「それに私は特殊対策部隊っすからね、選考する権限ぐらいちょちょいのちょいっすよ」
どや顔で薄い胸を張る服部さん。完全に職権乱用である。
しかし、誰も信じていないようで怪訝な表情をしている。
皆の思いが伝わったのか、あれ?と首を傾げる服部さん。
「う~ん、信じられませんか? しょうがないっすね」
何やらズボンのポケットを漁り始め、スマホを取り出す。
「あんまり数値とかって当てになんないんすけどね~」
と言いながらプロジェクターに近づくと、スマホの映像をスクリーンに映す。
そこには彼女の能力数値が写されていた。
それを視界に入れた俺以外の全員が顔を驚愕に染める。
――能力数値『243019』
「う、嘘だろ、二万四千?」
誰かが震える声でそう呟く。
違ぇよ! そんな大袈裟に言うんだったらせめてちゃんとした桁を言えよ!
確かに二万四千だとしてもこの学校では最強かもしれないが、そんな雑魚が特殊対策部隊の一員な訳がない。
彼女の数値は二十四万以上だ。
あまりにも数値が隔絶しすぎて、桁を見間違えたのだろう。
「ま、世界一位はこんなもんじゃないですけど、一応私が本物だってことは納得してもらえたっすかね?」
唖然としながらも数名が首を縦に振る。
それを見届けると服部さんは大きく頷き再度マイクを手に取る。
「それで柳君を選抜選手にするにあたって、先生方からあなた方の、その中でも特に今回の選抜メンバーの指導を頼まれたので、対校戦が終わるまでの間は私が皆さんの実習担当となるっす!」
「「「おおおおお!!!!!」」」
さっきの罵詈雑言を言っていたのは何処へやら、服部さんがとんでもない実力者だと分かると皆顔を輝かせ始める。
掌がねじ切れんばかりの掌返しである。もう俺の事はすっかりどうでも良くなっているのかもしれない。
「それじゃあ、選ばれた選抜メンバーの皆さんは明日の放課後に修練場に集合してくださいっす!」
という服部さんの言葉で今日の学校は終わった。
◇
誰かに襲撃されるのを考慮し、辺りを警戒しながら帰路に着く。
「ただいまー」
幸い服部さんの事で盛り上がっていたのか無事に家に辿り着くことが出来た。
「お帰り~お兄ちゃん。ん? どったの? なんだか疲れてるみたいだけど」
リビングから顔だけを出して俺を迎える蒼。
その手にはチョコレートが握られている。こいついっつもなんか食ってんな。
「・・・何故か分からんが、対校戦に出ることになった・・・」
「え?! うそっ! お兄ちゃんが!」
「マジで最悪なんだが」
「どうするの? 能力使うの?」
蒼は俺が無能力者でないことを知っている数少ない人物の一人だ。
その強さも知っているので、俺が力を使った場合の弊害を考えているのだろう。
「そんな訳ないだろ。多分瞬殺されて終わりだよ」
「・・・ふ~ん」
蒼は唇を尖らせ、納得いかないような表情をする。
「なんだよ? なんか不満気だな」
「・・・もう、能力使ってもいんじゃない? 本当は無能力者じゃないのに、いっつもお兄ちゃんが馬鹿にされてるの見てると・・・」
「却下だ。俺は一般人として生きていくんだ、死ぬまでな。能力なんか使ったら、人生ハードモードに突入しちまう」
「どっち道ハードモードになってると思うんだけど」
どうやら俺が馬鹿にされている事が我慢ならないらしい。
兄としては大変うれしいが、俺個人としては面倒事に引き込まれる気しかしないから絶対にお断りだ。出来ることなら能力は一生使いたくないぐらいだ。
ピロリん♪
俺のスマホがメールの受信を伝える。
俺のアドレスは家族しか知らない。目の前に蒼がいるので父さんだろうか? それとものろけ話を送ってくる母さんだろうか?
スマホのメールを開く。
『 服部 鈴奈っす!
今回は勝手に決めてしまって申し訳ないっす。でも、私も遊びじゃないので柳君にはなんとしても能力を使ってもらって私たちの仲間入りをしてもらうつもりっす! ちなみにうちの部隊には予言士の能力を持つ子がいるんすけど今回の対校戦ではゲフンゲフン。ふふ、やっぱり内緒にしとくっす。対校戦楽しみに待ってて下さいっす!』
・・・なんだこのふざけた予告状は。
なんで俺のアドレス知ってるの? とかメール文にも『~っす』ってつけるんですね。とか色々あるが、最後の文が不穏過ぎるんだが・・・
「よしっ! 見なかったことにしよう!」
最終手段、その時の俺に任せるを発動!
今の俺ではキャパシティ不足だ。このままでは胃に穴が開いて死んでしまう。
俺はスマホを放り投げると、自室に入って夜遅くまでもふふもふの動物たちを見続けた。