162話 掴めぬ微笑
(*‘ω‘ *)
彼女の放った台詞に僅かに眉を寄せる。
“吸血鬼”と言えば、やはりつい最近の出来事が思い浮かぶ。
初めての吸血鬼があれであった為、俺の印象としてはかなり最悪に近い。全ての個体があれな訳ではないと思うが、どうしても少し身構えてしまう。
それに、【強欲】の吸血鬼と言えば、イギリスに行った際にジャックさんから聞いた特殊な怪物だ。名前もスぺ・ラーナリアではなく、ブラッド・パキュリーだったはず。
胡乱な目を向けている俺の表情を見て、目の前の女性はコロコロと笑う。
「ふふっ、大方別の方から聞いた私の名前と違う、とでも考えておられるのでしょう。あれは偽名。真名はスぺ・ラーナリアですの」
何故表情を見ただけで答えを導き出す事が出来るのか。
目の前で微笑を浮かべる女性の表情の裏になにがあるのか、何故か薄ら寒い印象を抱く。
この感じ、母さんと似たようなものを感覚を覚える。
「もう、淑女をいつまでも外に出しておくものではないですわ。中に入れてくださいな。貴方も聞きたい事があるのでしょう?」
「いや~ 流石に見ず知らずの人を簡単に・・・・・・」
「嘘。それが理由じゃないですわよね。妹に危険が及ぶ可能性を一パーセントであれ近づけたくないから。その場合、貴方は後で私と接触しに来るだけでいいとお考えなのでしょう」
張り付けた笑みが少し歪む。蒼の事まで知っているのか。
思考が全く読めない。もう少し【強欲】の吸血鬼について聞いとけばよかった。
彼女はなにをする為にわざわざ日本に、この家に来たんだ?
そうかもしれない理由が居すぎて一つに絞れない。
「あれ、懐かしい気配だと思ったらパキュリーちゃんだ~」
思考の渦に呑まれていると、後ろからソフィアさんが姿を現す。
「久しぶりねソフィア。相変わらず、やる気がなさそうね。ああ、それと、これからはスぺ・ラーナリアと呼んで欲しいわ。そちらが真名だから」
「えっそうだったの? じゃあ、これからはスぺちゃん? それともラナちゃんって言った方がいいかな?」
「どちらでも構わないわ」
親し気に話しているソフィアさん。彼女が普通に接しているという事は少なくとも敵ではない? のだろうか。
いや、それでも、流石に家に上げるのは。
目を瞑って唸っていると、スぺさんがこちらに寄ってくる。少し身を引くが、その差も詰めて、彼女は俺の耳元で囁く。
「貴方の妹、そろそろ限界よ」
「ッ・・・・・・!」
「そろそろ秋穂を呼んだ方がいいわ」
・・・・・・一体、どこまで知っているんだ。
蒼の能力までも知っているのか? あれはバンクでも本当の能力は記載されていないはずだ。知り得る機会などあるはずがないのだが――。
これは、取り込もうと取り込むまいと、迷惑この上ない存在だな。仕方ない、それならば、
「・・・・・・どうぞ、中にお入り下さい」
俺が対処できる範囲に居てくれる方がましだ。
そんな考えさえも読まれているのかもしれないが。
「それではお邪魔しますね」
初めからこうなる事が分かっていたとでもいいたげな微笑。
恐ろしい吸血鬼を連れて、リビングへと戻る。食事をとっていたシャルティアさんが横目で確認し、吸血鬼改めスぺさんに問いを投げかける。
「中立の貴女がどうしてここに? 厄介事を持ち込むようなら殺す事になりますが」
開口一番殺気に満ちた発言は止めて欲しい。
あと、家のリビングでは絶対におっぱじめないで下さい。
「あら、信用がありませんのね。安心なさって、私はなにもしませんわ。ただ世界を傍観し、対価を捧げる者がいるなら、情報を教えるだけ。今までと何も変わりません。ここに来たのは、少し面白そうだから、というだけの理由ですわ」
「・・・・・・いいでしょう。今はその言葉を信用しましょう」
明らかに疑っている視線を向けているが、この場では何を言っても無意味だと思ったのか、視線を外して黙々と食事に戻る。
それにしても対価か。種族的に血液だろうか。有益な情報を得られるのであれば、その程度ならば俺も提供しようと思うが、副作用的なものがあるとすれば、少々リスキーではある。
「うわぁ、綺麗な人!」
目を輝かせながら言うのは、先程までバーサーカーモードであった我が妹だ。
スぺさんの傍に体を寄せてまじまじと体を凝視している。弟であったのなら通報するレベルだ。
「ふふっ、初めまして。私はスぺ・ラーナリア。何処にでもいる吸血鬼ですわ」
何処にでもいてたまるかっ。
それと蒼、相手が妖艶なお姉さんだからと言って顔を赤らめるな。
「はわわわわ! 私は蒼です! あ、あの、お姉さまとお呼びしても、いいでしょうか!」
「あら、タイが曲がっていてよ」
「お姉さま~!」
ノリがいいなこの人。何故か二人の周囲に百合の花が見えるのは幻覚だと思いたい。
これが素なのか、はたまた演技なのか。
「はぁ、ちょっと外します・・・・・・」
ソフィアさんも参戦し、キャッキャウフフしているお三方をシャルティアさんに任せて一度自室に戻る。絶対者二人が居ればもしももないだろう。
「にゃ~」
部屋のドアを開くと、ベッドに座っていた黒猫のルイが鳴き声を上げる。
どうやって俺の部屋に入っているのかは知らないが、時々勝手に寛いでいる時があるのだ。
ルイを捕まえ、膝の上に乗せると、先程スぺさんが言っていた台詞を反芻する。
「そろそろ限界、か」
なんとなくだが、蒼の力が増幅しているのは察していた。
そして既に母さんには連絡しているのだが、『そろそろあの子も、力と向き合わないといけないわ。でも、限界だと思ったら迷わず連絡しなさい』と通話越しに語っていた。
度々蒼の様子を確認しているが、傍目で見れば限界が分からない。
まだ余裕があるようにも見えるし、そろそろ危険であるようにも見える。
「全く、どうしたもんか」
「にゃにゃ」
溜息を吐く俺の顔に猫パンチが炸裂する。
しっかりしろと言われている気分だ。
「悪い悪い、お前のご主人様はなにがあっても守るから」
「ふにゃ」
そう言うと、ルイは俺の膝の上で目を瞑り昼寝しだす。
どうやら及第点は貰えたようだ。
◇
「お~ 変わってないね~」
今日は五年ぶりに特殊対策部隊の本部にやって来た。
お医者さんが驚嘆する速度で回復した私は、松葉杖を付きながら、懐かしの古巣に思いを馳せ、皆に内緒で訪れる事にしたのだ。
「ふんふんふ~ん」
ご機嫌に鼻歌なんか歌いながら道を歩く。
というのも、金剛君と再会した時、怒られるのかとびくびくしていたが、彼は優しく抱きしめてくれて、嗚咽交じりに私の無事を喜んでくれた。
誰かにそこまで想われるというのは、やはり嬉しいものだ。
彼に釣られて、私もつい涙を流し号泣してしまった。
「それにしても、『もう離さない』だなんて!」
どうやったって表情がにやけてしまう。
通行人に変な人と思われていないか心配だ。
・・・・・・しかし、いいことばかりではない。
私の妹、花蓮ちゃんの事も聞いた。
あの心優しい子がそこまでする程に私が追い詰めてしまったのかと思うと、時間を巻き戻してでも過去を変えたい思いに駆られる。今は実家には住んでいないそうで、私が回復したらいの一番にあの子を探す事から始めようと思う。
そんな事を考えていると、エントランスに到着した私の元に、高速で誰かが近づいてくる。
「ななな、何やってるんすか上月先輩っ?! まだ安静にしてないとって言われてたじゃないすか!」
誰あろう。カワユスオブカワユスの鈴奈ちゃんである。
「鈴奈ちゃん、言葉には裏の意味があるんだよ。お医者さんが言っていた事を訳するとつまり『一杯歩いて体を慣らしましょう』という意味なんだよ!」
「そんな訳ないでしょうッ!!」
頭を抱える鈴奈ちゃん。勿論私の台詞は冗談だが、鈴奈ちゃんはいつもいい反応をしてくれるからついつい弄ってしまう。
「鈴奈ちゃん。金剛君って居る?」
「えっと、金剛さんは上の人達との会議中で席を外してるっすね」
「じゃああの子! えっと・・・・・・」
「柳君っすか?」
「そうそう!」
私を助けてくれたのにも手を貸してくれたみたいだし、お礼はいいたい。
それにどんな子なのかもみてみたい! 精霊の皆が色々と教えてくれるけど、彼等の目線からではいまいち全体像が付かない。怖いけど優しい人ってどういう事なのか?
「今は、いないっすね・・・・・・」
「そう、残念・・・・・・ん?」
鈴奈ちゃんも少し残念そう、というよりか拗ねてる?
唇を尖らせて不機嫌そうなオーラを出している。
「忙しいのは分かるっすけど、もう少し頻繁に来てくれたら。む~」
これは、大変な事になっているのかもしれない。
なにがなんでもお姉さんがその子を見極めないと!
(*´▽`*)





