160話 それでもなお
この頃投稿が遅れて申し訳ないですヽ(´Д`;ヽ≡/;´Д`)/
『くッ、抜かった。よもや絶対者が現れようとはな』
廊下の先、少し開けたホールにまで吹き飛ばされた武者は、軽く頭を振るうと、しっかりとした足で立ち上がる。そんな武者の元へと歩み出るレオンは、一度周囲を見渡した後、近くの階段に目を移した。
「二体と報告を受けたが、もう一体は下か」
――獅子宮
据わった目を武者に向け、両手に漆黒のガントレットを呼び出す。
『絶対者とやれる機会など早々ない! さあ、存分に殺し合おうぞ!』
「御託はいい。さっさと来い」
『参るッ!』
空間を覆うような無数の斬撃がレオンへと襲い掛かる。
高らかに笑い声を上げる武者は、先程までの戦闘がウォーミングアップであったかのように、全ての動作が桁違いに上昇していた。
――ただ、その全ては届かない。
薙刀の数ミリ向こう、常にその位置にレオンの姿があった。
武者が体を一瞬力ませ、攻撃の方向を決めた瞬間には、既にレオンの行動は確定している。
「ただの格上じゃあ、相手にもならねえよ」
ガントレットが再び武者の顔を捕らえる。
振り抜かれた拳に叩きつけられるようにして、武者の体は床に沈んだ。
衝撃で建物が大きく揺れ、異常な強度を持つはずの床には大きな亀裂が入る。
武者は追撃の一撃を放つレオンからなんとか抜け出すと、後退して薙刀を下段に構えなおす。
『・・・・・・成程な、これが【先見】か』
【先見】、3秒先までの攻撃を全て見抜く、レオンの持つ複合能力の一つ。
如何に素早い攻撃を繰り出そうと、多重攻撃をしようと、レオンの目にはその攻撃の行く先を全て認識している為、まず攻撃が当たるという事が殆どない。
彼に攻撃を当てる事が出来るとしたら、それは未来を見られようとも、レオンでは反応すらできない領域での攻撃、もしくは視認の困難な能力のみだ。
『なんとも厄介極まりない』
そう呟く武者は、己の持つ闘気を全開にする。
他の絶対者が相手であればまだ様子を見ている段階だろうが、レオン相手では、一秒が明確に生死を分けるからだ。
身体からも妖艶な紫炎を吹きあがらせ、眼光の鋭さも増した状態で、レオンとの距離を瞬時に詰める。レオンとの差は二メートル弱、薙刀での攻撃は届くが、拳では届かない絶妙の距離から、薙刀での突きを一呼吸の内に三度重ねて放つ。
慌てる様子もなく、紙一重の位置で全て避けきったレオンだが、不意に左の頬が薄く裂けた。
「あん? 躱したはずだが?」
続く武者の怒涛の攻撃に視線を集中させる。
薙ぎ払うように振られた一閃をしゃがんで回避し、突きを寸前の位置で飛び上がり宙返りする事でやり過ごす。
宙で回転している途中、眼前すれすれの薙刀を意識しながら、自身の足首に目を移す。
(服が切れてるな、やはり数ミリ程感覚がずれている)
三秒後の未来を見てもなお当たる攻撃。避けられない訳ではない、しかし、その僅かの変化で窮地に落される可能性を危惧し、薙刀の攻撃を大きく回避する。
「ちッ、それはてめえの能力か? それともその武器か?」
『どちらだろうな!』
武者の攻撃速度が上がっていく。
『避けてばかりか! 絶対者ッ!』
暴風と変わらない災害の嵐を、小さなホールで爆発させている状態。何処に回避しても攻撃を防げない状況で、レオンは二発の被弾を除き、無傷の状態で武者の眼前に姿を現した。
『ッ?!』
咄嗟に反応し、後ろに下がる動作を見せる武者は確かに強者である。
ただ、
「それで避けれるのは、三十秒までだ」
この男に対し時間をかけ過ぎた。
戦闘開始から二分半。今のレオンは戦闘開始時とは明らかに別人だ。速度も、反応も、攻撃の威力も、数秒前のレオンを意識しているならば、その異常な上がり幅に絶句する事だろう。
武者はレオンの拳に反応し、薙刀で防御する。
『がッ!』
視認した拳は確かに一つ。
しかし、薙刀での防御と同時に、三つの衝撃が鎧を突き抜ける。
吹き飛ばされ、壁に貼り付けになった武者の顔に、高速で追いついたレオンの膝蹴りが叩き込まれる。武者の仮面半分が砕け散り、中身の空洞が露わになった。
ふらつく武者に対し、レオンの連撃が叩き込まれ続ける。
大砲のような重い衝撃音が鳴り響き、それ以外の声が掻き消される。
完全なワンサイドゲーム。
そんな中、階段を上る人物が、ポツリと言葉を落とす。
――死ね
レオンの動きが止まる。
「ッ・・・・・・?! ぷッ!」
驚愕に目を開いた後、口から吐きだしたのは血だ。
一度後退し、武者ともう一人の両者が見える位置に着くと、心臓を鷲頭にするような眼光で階段から登ってきた人物に問いを投げる。
「てめえは人間だな。何故怪物と共に行動している?」
「私の望みの為、ですかね。それよりも驚きました。私は『死ね』と発したつもりなのですが、貴方にはあまり効果がないようですね」
「成程な、言霊使いか」
全く驚いているとは感じられない無表情で、男は淡々と言葉を紡ぐ。
レオンは今の状況で敵を倒せるか思考する。
戦闘開始から約三分、【獅子奮迅】発動までは残り二分。その間、それなりの強さを持つ怪物と、正体不明の言霊使いを相手取るのは至難の技だ。
(まぁ、やる以外の選択肢はねえがな)
考えるだけ無駄な思考を放棄し、レオン本来の獰猛な笑みを浮かべて構えを取る。
『ぐッ、申し訳ありませぬ、このような無様な姿をお見せする事になろうとは』
「仕方ありませんよ。相手が相手、絶対者は他の方々とは一線を画します。それよりも、来ますよ」
『ッ!』
先程よりも更に速い速度で、レオンは武者との距離を詰める。
「止まれ」
ピタリと、金縛りにあったかのように止まるレオン。しかし、止まったのはほんのコンマ数秒、枷を強引に破壊したかのような音が響くと、拳を振り抜く。
拳をギリギリで回避した武者は、下から掬い上げるように薙刀を振るう。
「朽ちろ」
言霊と物理の二段攻撃。
レオンの服が端から風化していく中、息を名一杯吸い込むと、闘気を多分に含めて解き放つ。
「散れぇえええええッ!!!!」
言霊を破壊し、衝撃に押されて武者が引きずられるようにして後退させられる。
まだ、まだ足りないとばかりに、瞳に果てしない炎を灯すレオンの姿に、気圧されたのか、武者の足が一歩後退した。
「理解しましたか。これが絶対者です」
『なんという・・・・・・。これが後、八人もいると』
一つ頷くと、無表情な男は一歩前に出る。
「一撃の準備を。彼の相手は私がします」
『・・・・・・はっ』
薙刀で構えを取り、一撃に備える武者を背後に確認すると、男は前に向き直り、眼前の拳を視界に入れる。
「流れろ」
男が顔を逸らすのに合わせ、レオンの左拳が綺麗に受け流される。
レオンはそのまま、左足を起点に回転、右手の裏拳を男に叩き込む。
「減少」
本来の力とは程遠い一撃が男の側面を打ち、ふわりと宙に飛ばす。
「まだまだぁッ!」
「爆ぜろ」
空間一面が爆ぜる。
次の瞬間には、レオンの闘気で爆風が吹き飛ばされ、鋭い視線が男を射抜く。
「次ッ!」
「雷撃よ」
四方から降り落ちる不自然な雷撃を目視で全て叩き落とす。
「次、次、次ッ!」
破壊、破壊、破壊。
止まらない。どのような攻撃であろうと、真正面から全て捻じ伏せ、確実に敵の命を奪うために一歩ずつ進み出る。
戦闘開始から四分弱、【獅子奮迅】発動まで既に一分を切っている。
――しかし、先に準備が整ったのは敵の方だった。
「封印、多重障壁」
今までと違い、二つの異なる物を同時に言霊を行使した。
四方を囲まれ、体の動きも僅かに強制する結界の中、レオンの目端に武者の姿が映る。
薙刀の刀身から紫色のオーラが揺らめき、異質な雰囲気が空間を占める。
『振り払え、舞姫ッ!』
「ッ・・・・・・! がっはッ!」
横薙ぎに振るわれる一閃。
障壁を紙屑のように粉砕し、まともに防御の取れない状態で、凄まじい衝撃がレオンを襲う。
切り裂かれた胸から血が噴き出し、床の上をバウンドしながら転がった。
ようやく体が止まったものの、レオンは地に伏したまま動く気配を見せない。
溢れ出る血が、床を徐々に侵食していく。
「それでは、ここを早く去りましょうか。厄介な人物が近づいてきて――」
『主ッ!』
背を向けた男に背後に影が現れる。
男は咄嗟に背後に顔を向けるが、一瞬遅かった。
レオンが男の左腕を掴み取ると、もう一方の腕で男の顔に拳を打ち放つ。
衝撃で、レオンに掴み取られていた腕は根元から引きちぎられ、男の体は、壁に叩きつけられた。
『貴様ッ!』
「やめて下さい」
激昂する武者の動きを男が止める。
「彼はもう、気を失っています。これ以上刺激して起こしてしまう方が危険です。それに、腕なら幾らでも再生できますから」
レオンは、立ったまま気絶していた。
男の腕を力強く握り、気絶して尚、凄まじい覇気を放ち続けている状態でその場に立っているのだ。
「本当に、貴方方は面白い」
ここで初めて、男が僅かに笑みを浮かべた。
「目的の物は手に入れました。ここを去りましょうか」
『はッ!』
男達は手早く施設から撤退する。
その数分後、空から一陣の雷撃が施設を穿つ。
リサが創造した施設の階層を容易く突き抜け、少し開けた場所で停止した。
迸る雷撃が収まり姿を現したのは、序列一位のアラン・バルトである。
彼が厳しい視線で見ているのは、立った状態で気絶しているレオンだ。
「間に合わなかったか」
アランは無造作にレオンに近づく。
そんなアランの顔目掛け、気絶しているはずのレオンの回し蹴りが放たれた。気絶しているレオンは、本能のみで近づく存在を自動迎撃する状態に移行している為、敵味方の判断が付かないのだ。
(よもや、お主をここまで追い詰めるとはな・・・・・・)
その蹴りの間合いすら詰め、レオンの額に軽く指を振れる。
「しばし、寝るがよい」
一瞬、レオンの体を雷撃が突き抜けると、脱力するようにレオンは前に倒れ、その体をアランが支えた。
「一度、絶対者全員を集める必要がありそうじゃな」





