159話 呪具保管施設
第十一章、開始です(; ・`д・´)
アメリカのある施設。
そこには主に、統括支部によって危険と判断された呪具が保管されている。
中には使用者を即死させるようなものまで存在する。
その危険性故、この施設に配属される者は確固たる強い意志と、相応の実力が要求される。
そして、もしもの時を考慮し、アメリカの特殊対策部隊本部の近くにその施設はあった。
とはいえ、施設内の警備は理不尽と言える程に強固、もしもの時など早々に起こるはずもなく、これからもそうであると、施設内の人間は誰も疑わなかった。
ウーウーウー!
けたたましいサイレンの音が施設内で鳴り響く。
暗い廊下を、警告灯の光が激しく点滅して周囲を照らす。
廊下の先で戦闘音と叫び声が木霊する。
その音を聞きながら、一人の職員が顔を引き攣らせながら壁に背を預け、そのままずるずると地面に腰を落とす。
男性の軌跡を描くように、黒い絵の具のようなものが壁に付着する。
ここに光が灯れば、それが大量の血液である事に気付くことが出来るだろう。
震える手で腰に携えた通信機を手に取る。
そのまま、重要拠点全てに向けて通信を届けた。
「呪具保管施設にて、しん、入者二名が、はぁはぁ・・・・・・第六層を、突破した。救援を、要求する・・・・・・奴等を、止めてくれ」
その言葉を言い切るや、通信機を握りしめたまま手が地面に落ちる。
開かれた目には、既に生気は宿っていなかった。
「既に八層は突破しましたがまだ見つかりませんね。最下層でしょうか?」
『主は先に帰られていても構いませぬぞ。我が取ってまいります故』
「いえいえ、何事にも油断はいけません。私も同行しますよ」
主と呼ばれているのは、二十代半ばに見える男性だ。
感情の伺えない無表情を張り付けて血だらけの廊下を歩いている。
黒い髪を宿し、髪よりも尚暗い瞳で進行方向を見つめる。
人というよりも機械だと言った方が納得するかもしれない。
そんな男性の隣を歩いているのは、全長二メートル近くある、武者だ。
般若の仮面を被り、兜と鎧を身に着けた姿は、正に戦国時代の武将そのもの。
ただ、隙間が空洞である事と、仮面の両目に不自然な光が灯っている事を見れば、それが人間でない事は誰にでも分かる事だ。
狭所で使うには明らかに不向きである薙刀からは血が滴り、廊下に点々と跡を残していく。
彼等の行く手を遮るようにシャッターが次々に下ろされる。
それだけでなく、シャッターに閉じ込められた瞬間、両側の壁が開き、中から蠍型のロボットが三体姿を現す。
ロボットは二手に分かれ、挟み込むようにして侵入者に襲い掛かる。
コンッ
高い音が鳴った。武者が薙刀の石突で廊下を打った音だ。
弾かれるように一度浮上する薙刀は、武者の掌で数度回転する。逆手になった状態で掴みなおすと、背後に視線を向ける事無く、迫ってきている蠍のロボットを刺突で穿つ。
続く二撃目、薙刀をロボットから引き抜くと、その姿を一瞬霞ませ、凄まじい速度で対角線上に一閃する。前面の二体のロボットは、その一閃にて、ほぼ同時に両断された。
武者はそのまま、シャッターの壁も切り裂いて、再度歩みを始める。
『くっ、このようなものに時間を稼がれるとは!』
武者の苛立ちを含んだ声が漏れる。
彼等は既に、幾度も足止めをくらっている。
一つ一つは大したことはなく、掛かっても数秒といったところだが、それが積み重なると無視できない時間になってくる。
「仕方がありません。この施設は【世界】が創ったもののようですから」
そう、この施設は【世界】の二つ名を持つリサ・ネフィルが能力で創り出したものだ。
階層を隔てる天井の強度は異常とも言える程で、侵入者の二人も容易に階層を突破する事が出来ない状態なのだ。
「地道に突破しましょう」
男が言い終わると同時、隣の武者が勢いよく振り返り薙刀を振るう。
ギイィン! 武者の薙刀と乱入者の獲物である大剣とがぶつかり合う。火花が散り、一瞬、両者の顔が鮮明に浮かび上がる。
乱入者は宙で数度回転し、侵入者二人の前方に降り立つ。
「ったく、てめえら覚悟は出来てんだろうな」
額に青筋を浮かべ静かながらも憤怒の声を漏らす男。
大剣を肩に担ぎ、殺気を含んだ視線で侵入者を睥睨する。
茶髪の長身の男、彼の名はライル。
摩擦係数を操作する能力者であり、特殊対策部隊の一人だ。
『雑兵か』
「そう見えるてめえは三下だな」
ライルが大剣を上段から振り下ろす。対する武者は薙刀を振り上げるようにして迎撃しようとするが、刀身が途中で止まった。
『む?』
怪訝な声を上げる武者の体に大剣が叩き込まれる。
衝撃で武者は後退するが、その体に傷は見当たらない。
(ちっ、堅えな。マナを置いてきて正解だったぜ。こいつら、かなり強い)
ライルは痺れる手を片目で見た後、大剣を構えなおし、敵の評価を最大に引き上げる。
『面白い能力だ。主よ、ここは我が引き受ける。先に進まれよ』
「分かりました」
男の行く手を遮るようにライルが飛び出す。
「そう易々と行かせるかよ!」
『貴様の相手は我だ』
飛び出したライルの前面に武者が高速で進み出る。
想定していた速度以上の動きにライルは僅かに目を見開くが、瞬時に能力を発動する。薙刀の刀身の空気摩擦を操作。横薙ぎに振るわれる薙刀の動作を一瞬停止させ、その隙に身を屈め下段から大剣を振り上げる。
『ぬんッ!』
空気の壁をぶち破り、強引に薙刀を振るう武者。
ライルは振り上げようとしていた大剣の動作を止め、自身の側面を護るように大剣の背で薙刀を受け止める。
「ぐッ?!」
その衝撃は大砲かと疑うものだった。
廊下の壁に激突する。
「ッ!」
倒れそうになる体を強引に踏みとどめ、即座にその場を飛び退く。
武者が横薙ぎに振るった薙刀が、廊下の壁を横一線し、巨大な亀裂を作り出す。
「・・・・・・マジかよ。空気をぶち抜いたのはお前で二人目だ」
『是非ともその一人目とし合いたいものだ』
(これでS以上は確定。もう一人の男には先に行かれちまったか。見た感じ人間のようだったが、どういう事だ。何故人間が怪物と一緒にいる?)
『殺し合いの最中に考え事か? 随分と余裕があるようだ』
「お前こそな。慢心が透けて見えるぞ。先輩として忠告してやる。相手を雑魚と思って侮っていると、その喉元を噛み千切られるぞ」
『肝に銘じておこう』
武者は薙刀を体の周囲で縦横無尽に回転させる。獲物と空間とを確実に把握し、廊下の壁すれすれで振り回せる技量は驚嘆に値する。
ピタリと回転を止め、刀身を下げた状態で構える武者が一歩踏み込む。
そして、体を宙に放り出した。
飛んだのではない、踏み込んだ足が滑ったのだ。正確に言えば、ライルが滑らせたというのが正しい。武者の行動を予想し、踏み込むいちの廊下の摩擦係数を操作したのだ。
浮き上がった武者に一歩踏み込もうとして、眼前に刀身がある事に気付く。
「ッ!」
間一髪、背をのけぞるようにして刀身を回避する。
(状況の判断が早過ぎんだろッ!)
落下する武者は、石突で廊下を強打して宙を維持した。
「はぁッ?!」
踏み込みが出来る地面の方が強い、と考えるのが常識だ。
しかし、ライルの常識を嘲笑うように武者は異次元の攻撃を繰り広げる。宙で滞空しながら高所から一方的に薙刀を振るう光景は、さながら雨を避けているようだ。
ライルの体に無数の傷が刻まれる。
そして、最後の一撃とばかりに、やっと地面に降り立った武者が石突でライルの鳩尾を刺突して吹き飛ばした。
「が・・・・・・はッ」
なんとか立ち上がろうとするライルだが、体が言う事を聞かず、廊下に横たわる。
『驕ったのは貴様の方だったな、一人で来るべきではなかった』
ライルを見下ろす武者が、止めを刺す為、上段から薙刀を振るう。
――その途中で、薙刀を何者かが掴んで停止させた。
「驕ったのはてめえだ」
『なッ! 破壊お――』
武者が言い終わる暇もなく、その何者かの膝が武者の顔に叩き込まれる。般若の仮面に罅が入り、廊下の先へと弾丸のように吹き飛んでいく。
「よくやった、後は俺に任せろ」
ライルは霞む目でその人物を見て、笑みを浮かべる。
「本当に、後は、任せましたよ・・・・・・」
「無論だ」
【破壊王】、アーベル・レオンが確かな怒りを瞳に宿し、敵を殲滅しに一人歩み出る。
最初から飛ばしていきますよ!





