148話 囚われた者
「さて、先ずはどうしたものか」
ご丁寧に、遠くには元凶がいますよと主張せんばかりの城が見える。
特殊対策部隊の誰かが到着する前にぶっ潰しておきたいところだが・・・・・・
「あれは流石に、無視は出来ねえよな・・・・・・」
視界の端にちょろちょろと動く触手。
地面から生えていて、長さはざっと四メートル程度だ。最初は敵だと思ったが、数秒経っても攻撃する様子もなく、どうやら奴さんに敵対の意思はないように思える。
警戒しながらも触手へと近づき、先端部分を見上げると、一瞬動きを止めた後、ある方向――建物が立ち並ぶ場所――を指が、ではなく触手が指す。
「なんだ? あっちに行けって事か?」
俺の問いに対し、そうだと言わんばかりに縦に触手を揺らす奇怪生物。
言葉を理解できる存在であるという事は、それなりの力を持っている事になる訳だが、俺はイマイチ目の前の存在がどういうものであるのかを計りかねる。
このまま放置してよいものかと唸っていると、触手は眩く輝き、忽然とその姿を消した。後には唖然とした表情で俺が立ち尽くす姿だけが残る。
「・・・・・・えぇっ、消えちまったよ。ユーマかなんかの類だったのか? 写真撮っとけばよかったぜ」
しかし、あの未確認生命体の指示した場所に行ってよいものか。もしも罠であった場合、怪物の掃討が数分延長する事になる。
「とは言ってもこっちもなにも分からんしなぁ。よしっ、行ってみるか!」
まあなるようになるだろう。
周囲を警戒しながら、俺は建物の立ち並ぶ場所に踏み込んだ。
取り敢えず触手が指示した方向に進み続けているが、ここはまるで迷路だ。
大通りのような道も無ければ、立ち並ぶ建物の高低も、造りも全く一貫性がない為混乱しそうになる。
「にしても怪物に当たらないが、昼飯でも食ってんのかね?」
確か数百近くの数がいるという話ではなかったか。
俺はてっきり、この場に来た瞬間に戦闘がおっぱじまると思っていたのだが、少し肩透かしを食らった気分だ。
「釣りだすか」
ここら一帯を消し飛ばせば流石に奴等も現れるだろう。
その為に、一応の確認で目を深く瞑って五感で周囲を確認する。と、範囲内に人と思われる反応を感じ取った。
「おっと、人がいるじゃねえか! あっぶねぇ!」
危うく巻き添えであの世に送るところだった。
知り合いか、霧に巻き込まれた一般人だと判断し、反応のあった場所へと移動する。
幾つかの路地を曲がり、三階建ての洋館の前に辿り着くと、閉じられた扉を開き中へと入り込む。
「ここのはずだが」
扉を開くと同時に気配が掴めなくなった。気配を消す事に関しては相当の実力者だな。
(面白い。ちょっと感覚を集中させるか)
「絶対領域」
戦神の技で自分の周囲数メートルを完全に把握しきるというもの。以前は自分の周囲一メートルの範囲が限界だったが、今は六メートルの範囲内の全てを掌握出来るようになった。
俺に掛けられていた封印は相当強力なものだったという事だな。我が母ながら恐ろしい能力者だ。
「おっ、見っけた」
二階のタンスの中に反応を検知した。
階段を上りタンスへと近づく。あと一歩というところで、タンスの扉が勢いよく開くと、黒い服を着た男性がサバイバルナイフを片手に飛び出してくる。
正確な狙いを定めて振られたナイフは、俺の首目掛けて接近するが、皮膚に触れる寸前にピタリとその動きを止めた。
「人、間・・・・・・か?」
「はい、あなたと同じ人間ですよ」
驚き目を見開く男性は慌ててナイフを懐に仕舞うと、すまないと一度頭を下げる。
「いえいえ、こちらは怪我もしていませんし全然大丈夫ですよ」
「そう言ってもらえると助かる。君は霧に巻き込まれてこちらに来たのか?」
「そうですけど・・・・・・あなたも巻き込まれたんですか?」
男性の発言にはどこか確信があるように聞こえる。普通、突然霧に巻き込まれてこんな場所に転移させられれば、混乱で冷静な判断は出来ないと思うのだが、なにか根拠でもあるのだろうか?
僅かに警戒を抱いた俺に気付いたのか、男性は困ったように苦笑すると頭を掻いて驚くような発言をする。
「俺は巻き込まれた訳ではない。自分の意思でこの場に入ったんだ。およそ六か月程前から俺はここで過ごしている」
「ろっ、六か月?!」
ありえない。六か月も怪物の跋扈する空間で生きながらえる事など不可能なはずだ。
仮に隠れ続けて生き延びたとしても、精神に異常をきたすだろう。
「怪物を殺す事は出来ないが、俺は潜む事に特化した能力を持っている。運悪く君には見つかってしまったが、他の怪物に見つかった事はない」
「なんのためにそこまで・・・・・・」
俺の疑問に、男性は拳を強く握り、目には憤怒の色を浮かべる。
「俺の愛する女性が、この場に囚われている。あの城にいる、吸血鬼にっ!」
「吸血鬼、ですか」
最も弱いものでもAランク上位の強さを誇る種族。
その最も厄介な特性は異常なまでの再生能力だ。頭部を潰そうが、心臓を穿とうが、奴等は瞬時に再生する。
「俺は探偵だ。彼女が突如姿を消してから死に物狂いで情報をかき集め、ようやく真実に辿り着いた。この静岡には表には出ていない裏の支配者がいる。そしてそいつは、己の権力を確固たるものにせんが為、怪物と手を組み、敵となりうる存在を秘密裏に消しているんだ!」
男性は叫ぶように、怒りのままに、殺意を込めた言葉で真実を語る。
長らくこんな場所に居て、突然自分と同じ人間が目の前に現れた事で、なにかの枷が外れたのかもしれない。
しかし、そういうことか。
思いもよらない所で、特殊対策部隊を消そうとしている人物の把握が出来た。
この場から出たら、そいつを消しに行くか。
「という事は、吸血鬼はその見返りとして」
「そうだ。奴はおそらく血を求めたのだろう。それも一定以上の力を持ったものの血だ。彼女は優秀な能力者だった。故に、裏の連中が供物として捧げたんだッ! 俺が、もっと傍にいてやれれば!」
六か月か・・・・・・その女性が生きている可能性は、かなり絶望的な数字になるかもしれない。
だが、貴重な食糧を簡単に消すとも思えない。
でなければ、見つかる危険を犯してまで霧を生み出し、人をこの世界に連れ込んでいる理由が分からなくなる。なにか俺の知らない利点があれば別だが、まだ生存を諦める段階ではないはずだ。
「・・・・・・定期的にだが、この世界にも霧が現れる。その時は電波が通じているから、おそらく元の世界に繋がっているのだろう。君はそのタイミングで外に出ればいい」
息を切らせ、疲れ切った表情を浮かべながら、男性は俺にそれまで隠れているように助言する。
スマホを開き確認すると、今は霧が現れていないようで、電波マークにはバツ印があった。
「因みに、ここで電話やメールは絶対にしようとしてはいけない」
「なにか起こるんですか?」
「ああ、どうしてかは分からないが、奴等に居場所がばれてしまうんだ。遠目からだが、それで死んでいった者達を目撃した事がある」
「へぇ~」
それは、使えそうだな。
「あっ、すいません。あなたのお名前をお伺いしても?」
「俺か? 俺は南 昌だ」
「自分は柳 隼人と言います。そして南さんに朗報ですが、現在、この空間には特殊対策部隊がいるはずです。おそらく直に女性は助かるでしょう」
「ほ、本当なのかいっ?!」
震える手で、勢いよく俺の肩を掴む南さんの必死な姿に、柄にもなくなにか手を貸したくなる。俺は力強く頷くと、彼に一つの提案をする。
「しかし、それでは俺の気が晴れない。全てが終わる前に俺と共にあの城へと行き、あなたの手で、その女性を助けませんか?」
「な、何を言って・・・・・・?」
動揺する南さんをおいて、俺はスマホで電話を掛ける。
スマホの音が鳴り出したのを見て、南さんは慌てた表情ですぐに止めるように言う。
「早く切るんだ! 奴等に場所がばれた、早く逃げよう?!」
「六か月ですか・・・・・・ならば俺の事を知らないのも当然ですね」
「止まっている場合じゃないぞ!」
「大丈夫ですよ。なにも怪物と戦おうってんじゃないんですから」
怪物達の足音が聞こえて来る。
どれだけの数が迫っているのかは分からないが、まだ距離が離れているはずなのに、振動がここまで伝わってくる。
そんな危険な状態だというのに、尚も変わらぬ笑みを浮かべる俺の姿に、唖然とした表情で立ち止まる南さんは、かなり混乱している様だ。
「実は妹に死闘を禁じられていましてね。俺は自分に死の恐れがある戦いは出来ないんですよ。でも、今から始まるのはただの駆除です」
「く、駆除、だと?」
「えぇ、蟻を潰す事を戦闘とは言わないでしょ?」
階段を下り、洋館のドアを勢いよく開け放つ。
「俺が背中を預けるに値するか、今からの姿で南さんが判断して下さい」
土煙がすぐ近くに見える。
もう百メートルはきっているだろう。
「そして値すると判断したのなら、俺を信じて下さい。――あなたの道は、何があっても俺が絶対に作りますから」
それじゃあ始めようか。
――【大天使】。
ようやく、戦闘か(*´▽`*)





