145話 私の一日
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今日はお友達の蒼ちゃんのお家で遊ばせて頂く日です。
かの有名なお兄さんもいらっしゃるという事で、なにか粗相をしないか少し不安もありますが、お会いできることが楽しみです。
「佐橋さん。ここで降ります。帰りの際はまた連絡しますね」
「はい。では行ってらっしゃいませ、渚お嬢様」
佐橋さんにドアを開けて貰い、車から降りた私は、蒼ちゃんとの待ち合わせ場所に一人歩き出す。おそらく数人の護衛が見張っていると思うけれど、そこは蒼ちゃんにも伝えているし大丈夫だろうと思います。
学校近くの公園に生えている、一本の大木。
そこが私達の待ち合わせ場所であり、まだ待ち時間には三十分程余裕がありますが、既にそこには蒼ちゃんの姿がありました。
ピンクの明るい髪に、人を魅了してしまうかのような紅の瞳。
誰もがついつい二度見してしまう美少女。
見間違うはずもない私の親友です。
「あっ、渚ちゃんこっちこっち!」
私の姿に気付くと、元気に手を振って自分を主張する姿につい笑みを漏らす。
「遅れちゃってごめんね~」
「全然! まだ時間に余裕あるし、私が楽しみにしちゃってつい早くきちゃっただけだから! ほら、行こう!」
「うん!」
私の手を握って先導する蒼ちゃん。
(こういうのっていいですね・・・・・・)
私の家柄からか、今まで心から友人と呼べる存在はいませんでした。
教師も、同級生も、東雲家の直系の少女として私に接する。誰も渚という私個人を見ようとはしなかった。
だからでしょう。
蒼ちゃんとの出会いは衝撃的でした。
『東雲? 変わった性だね』
『え? 東雲家をご存じないのですか?』
『ありゃ、もしかして凄いお家とか? ごめんね、あんま世間に興味が無いというか、そういう知識はなくて。それよりも私とお友達になろうよ!』
『お友達、ですか?』
『うん! 堅苦しい敬語とかもいらないし。これからは渚ちゃんって呼んでもいいかな?』
私の世界に突然色が付いたような錯覚さえ覚えました。
それからの日々は今までと何もかもが違って、何気ない事でも自然と笑みが出るようになりました。
そんな私を見たお父様とお母様が安堵の表情を浮かべているのを見た時は、知らぬ間に家族に心配をかけていた事を反省したものです。仕事ばかりと思っていた家族も、本当はしっかりと私を見てくれていたのですね。
「着いたよ!」
「ここが・・・・・・」
蒼ちゃんに手を引かれて数分。
喋りながら移動したからか、あっという間の時間でしたが、蒼ちゃんのお家に到着しました。
特殊対策部隊本部に近いマンション。
実際に特殊対策部隊に関係のある職員などが住まうここは、日本のもう一つの中核だと言っても過言ではないかもしれません。
いえ、現在に限ってはそれでも過小でしょう。
なにせ世界の頂点たる九人の内の一人がここに住んでいらっしゃるというのです。最早ここは、一つの小国として確立している。
ごくりと、緊張から唾を呑み込む。
「ほら、早く入ろう!」
「う、うん」
そんな私の様子は気にも留めず、親友は私の手を引いてずかずかとマンションに突入する。
自分のお家だから当然ではあるが、少しは私の心を落ち着ける時間も欲しかった。
そのままエレベーターで数階上り、目的階で降りると、そのまま進んで一つの扉の前で止まって、蒼ちゃんはポケットから鍵を取り出す。
「じゃあ入るけど、お兄ちゃんは普通だから期待し過ぎないでね」
「う、うん」
そしてついに、蒼ちゃんがドアを開けて、お家に入る。
「さっ、どうぞ!」
「お、お邪魔します!」
少し声が上擦ってしまったが、ぎりぎり普通の挨拶だったはず。
そして靴を脱いで、床に足を乗せた時。
「おや、友達かい?」
ドキリと肩が大きく揺れた。
ゆっくりと顔を声の聞こえた方に向ける。
「やぁ、僕は蒼の兄の隼人です。君は妹の友人ということでいいのかな?」
「ひゃ、ひゃい! 東雲渚と言います!」
「ふふっ、緊張しなくてもいいよ。可愛らしい名前だね」
「あ、ありがとうございます!」
あぅ~ 少し噛んでしまいました。
廊下に佇む男性。この人が蒼ちゃんのお兄さんで、現絶対者の一人――【千変万化】、柳隼人。
世界大会での映像は私も見ましたが、圧巻の一言でした。
彼の戦いには型が無い。無形にして、自由自在に振るわれる力の奔流は、相手を大きく掻き乱し、あの【破壊王】と【剣聖】をして、この人に勝つことは出来なかった。
(そんな人が、今目の前に・・・・・・!)
落ち着こうとしても、どうしても胸が高鳴る。
柔らかく笑みを浮かべているお兄さんは、自信に満ち満ちているようで、近くにいるはずなのにとても大きな山が目の前にあるような気さえしてくる。
蒼ちゃんは普通のお兄さんだと言っていたけれど、私の目にはそう映らない。
このままじゃ動揺で変な事を言ってしまいそうだったので、蒼ちゃんに部屋に案内して貰おうと彼女の顔を見ると、何故か変なものを見るような表情でお兄さんを見ていました。
「あの、お兄ちゃんなにしてるの? 全然似合ってないよそのキャラ」
「なに言ってるんだ。お兄ちゃんはいつもこんな感じだろ? 後で飲み物持っていくから、友人を部屋に案内してあげなさい」
「う、うん。それは分かってるけど・・・・・・そのキャラ気持ち悪いから今日限りね」
「全く、俺の妹は恥ずかしがり屋だな」
会話の内容はよく分からなかったけれど、蒼ちゃんはお兄さんが私と喋っている事にやきもちを焼いているのでしょうか?
親友の新しい一面を見れた気がして少し得をした気分です。
「じゃ、私の部屋は二階だから行こうか」
「うん!」
「・・・・・・ジャックさん、本当にこれでいんだろうな?」
階段を上る時、お兄さんが何かを喋っていた気がしますが、声が小さくて聞き取る事が出来ませんでした。
「えいっ、えい!」
「うぅ~ 蒼ちゃん強過ぎるよ~」
「あはは! 私に勝とうなど百万年早いのだよ」
蒼ちゃんの部屋に入ると、学校の事やお兄さんについて質問したりしながらゲームで遊ぶ。
なんのゲームをするかは事前に分かっていたので家で勉強もしていたのですが、それでも蒼ちゃんが強過ぎて一勝も出来ません。
半泣きになりながらもコントローラーを操作していると、おもむろにドアが開き、お茶とお菓子をお盆に乗せたお兄さんが部屋に入ってこられました。
「おっ、楽しく遊んでいるね。机にお茶置いておくね。なにかあればいつでも呼んでね」
「すいません! お兄さんにこんな!」
「いやいや、気にしないで。ここでの僕はただの蒼の兄だから」
「・・・・・・はぁ、ちょっとお手洗いに行ってくる」
そう言うや、蒼ちゃんは溜息を吐きながら部屋を出て行く。
続いてお兄さんも、と思ったが、どうしてかその場に留まり、私に顔を向ける。
「えっと、蒼の事なんだけど、学校ではどうかな? 上手くやれているかい?」
「あっ、はい! 蒼ちゃんは皆の人気者ですよ。今日お家に行くと約束した時も、他の人も行きたいと言ってましたし」
「本当? いや、それならいいんだ。君のような友人がいると知れただけでも、今日は良かった」
安堵の表情。それが本心から漏れ出たものだと一目で分かりました。
この人は心の底から蒼ちゃんの事を心配しているのでしょう。
「お兄さんは、優しい方なんですね」
「違うさ。ただ、蒼には笑っていて欲しいという自己満足と、もう間違いたくないという自己防衛だよ」
少しの後悔をはらんだ表情に、どうしてか胸が痛くなる。
私の能力が反応しているのでしょう。
つまり、無意識に反応してしまう程、お兄さんの背負っているものは度を越したものであるということ。いつ爆発してしまうか分からない爆弾。
「おっと、すまないね。こんな事を言うつもりじゃなかったんだけど。兎も角、蒼が笑って過ごせているなら僕はいいんだ。唯一人の可愛い僕の妹だからね」
それでもお兄さんが笑って過ごせているのは、蒼ちゃんの存在が大きいのかもしれない。
太陽のような彼女は、いるだけで他人の闇をそれよりも濃い光で掻き消してしまうから。
(いいなぁ・・・・・・)
互いを想い合える兄弟の姿に、軽く嫉妬する。
私は一人っ子で、兄弟と呼べる存在はいないから。
「あ、あのっ、お兄さん!」
「ん? どうしたんだい?」
こんな事言っていいのだろうかと理性が押し留めようとするが、混乱した頭ではまともな思考回路が構築できず、そのままの勢いで思ったことを言葉にする。
「あのっ、隼人お兄様と・・・・・・お呼びしてもいいでしょうか・・・・・・」
「・・・・・・」
思わず顔を伏せる。
返ってくる言葉はなく、やはりおかしい子だと思われてしまったのかと焦りつつ、そっと顔を上げると、お兄さんは手で顔を覆って天井を見上げていた。
因みに、お兄さんの後ろには頬を赤くしながらも怒っている表情を浮かべた蒼ちゃんが立っているけれど、何故だか怖いのでそっと顔を逸らします。
「やはり駄目でしょうか・・・・・・?」
「あぁ、いや。全然呼んでくれてもいいよ。これからよろふぎゅっ!」
「なに勝手に妹増やしてんのお兄ちゃん!」
お兄さんの背後から、両手で顔を挟む蒼ちゃん。
むっとした表情でお兄さんの顔をいじくりまわしている。
それからも、私が一方的に振り回される展開が続いていたけれど、とても楽しい一日になりました。
昨日風呂で一瞬意識失ったんですが、これって偶にある事ですか?
顔から壁ぶつかって唇が鬱血しちゃいました(´;ω;`)





