143話 新任務
「先生、私がプリント持ちますよ」
「おっ、そうか? そいつは助かる。教室の教卓の上に置いておいてくれ」
「了解で~す!」
職員室の前で、次の授業担当の先生が持っていたプリントを受け取り、教室まで運ぶ。
なにもおかしくない日常の一コマであるが、こんな単純作業でも、私が転校してきた当初は出来なかったのでかなりの進歩だ。
転校当初は万一にも私が怪我をしないようにと、あらゆる先生方が目を光らせていたし、手伝いをしようとしても恐れ多いといった風に遠慮されて大変だった。
そしてそれは先生だけでなく生徒達も同様で、一歩引いて接されていたので、普通に会話するだけでも一苦労だった。
生徒はともかく先生達の反応から、おそらくあのシスコン兄貴が裏で何かしたのだろう。過保護すぎるのも考え物だ。私が苦労した分、また今度仕返しをしてやろうと思う。
「あっ、蒼ちゃん私も持つよ~」
教室に到着した私を、一早く見つけた黒髪ロングの可愛らしい同級生が早足に駆け寄ってくる。
「ありがとう渚ちゃん!」
「えへへ、当然の事をしてるだけだよ~」
照れて顔を赤面させる渚ちゃん。萌ゆる。
この子の名前は東雲渚、クラス委員長をしていて、勉強に関しては万年一位の超秀才。私が分からない問題もいつも教えてくれて大変助かっている。
彼女だけは、私が絶対者の妹であると知っても気軽に声を掛けてくれた唯一の存在だ。まあ、彼女自身がかなりの名家らしいので、そのおかげというのもあるかもしれない。
「渚ちゃん今日帰りに遊ばない?」
「いいよ~ カラオケにでも行こうか。佐橋さん呼んどくよ~」
「おっ、いいね。嫌になるまで歌いつくそう!」
因みに佐橋さんとは、いつも渚ちゃんの送迎をしている運転手さんだ。
中々にダンディな方で、将来お兄ちゃんもこうなるのかなあなんて思っていたりする。
(あっ、そう言えば、お兄ちゃんは今学校だっけ?)
そうだそうだ。
確か青春がしたいからという邪な理由であの学び舎に向かったのだ、私の阿呆なお兄様は。
「ど、どうしたの蒼ちゃん! 凄く怖いお顔?!」
「おっと、ごめんごめん。ちょっと虫の居所が」
ふんっ、どうせ皆に避けられて終わるに決まってるんだからずっと家に居ればいいのに。
どうしてわざわざあんな場所に行くんだか。
もしもお兄ちゃんが絶対者だからって手の平返して接近しようとしてくる女がいたら私がフルボッコにしてやる!
加減間違えて(物理的に)食べちゃうかもしれないけど、そこは愚かなその人の責任だ。私は断じて悪くない。
・・・・・・でも、億が一にでも友人と呼べる存在ぐらいは出来るかもしれない。
全員が全員お兄ちゃんを非難していた訳じゃないだろうから。
「・・・・・・渚ちゃん、今度家に来てみる?」
「えっ、いいの?! この前は難しいって言ってたけど」
「うん。もう、大丈夫だと思うから」
「大丈夫? なんだかよく分からないけど、行けるなら行ってみたい! それに、噂のお兄さんも見てみたいな~」
「あははっ、期待しないでね。本当に普通のお兄ちゃんだから」
友達を家に連れてくる事は初めてだから、案外面白い反応が見れるかもしれない。
「ね、ねぇ。それなら僕も行ってみてもいいかな?」
なにして遊ぼうかを考えていると、近くの男子生徒が目を泳がせながらそう問うてくる。
別に仲の良い友人という訳でもないのに。
「どうして?」
「ぼ、僕も柳さんと仲良くなりたいというか何というか・・・・・・」
「おいっ! それなら俺も行くぞ!」
「俺だって行くぞ!」
なにやら変な人達が集まってきてしまった。
別に仲良くしてこようとしてくれるのはいいけれど、大人数でのうぇ~いみたいなノリは嫌いだ。出来れば渚ちゃんと二人きりで遊びたい。
視線を渚ちゃんに向ける。
(あっ、やば)
「――ねえ、あなた達。それは節度がない行動ではないかしら?」
ワイのワイのする連中に向けて、一段階下がった声で渚ちゃんがそう呟く。
渚ちゃんの激おこモードだ。
重力に逆らうように髪が浮いてる。目も何か光ってるし、怖っ!
「ひぃっ?! い、委員長!」
「お、俺達は別に!」
「そんなぐいぐいきても女の子は困るんです。一度体に教えてあげましょうか?」
「「「ごめんなさい委員長?!」」」
「謝る人が違うのではなくて?」
「「「すみませんでした柳さん?!」」」
凄い、完全にシンクロした動きで土下座してる。
「あははっ、別に大丈夫だよ。また今度遊ぼうよ」
まあ、それでも家には上げないけどね。
お兄ちゃん以外の男子を部屋に入れたくないし。仮に家に招いたとしてもお兄ちゃんの眼光に心臓が止まっちゃうかも。
「それじゃ渚ちゃん。明後日の土曜日はどうかな?」
「分かった。時間空けとくね~」
先程の怒りはどこへやら。打って変わって可愛らしい笑顔で了解の返事をする親友。
どうやったらそこまで理性を律することが出来るのか教えて欲しいものだ。
◇
特殊対策部隊本部、会議室。
国から少し厄介な要請が来たらしく、柳君を除いた全員が集まっていた。
いや、隼人君はもう特殊対策部隊じゃないのかな? ・・・・・・どっちでもいいか。本人はどっちもしますって感じだったし。
「全員いるな。それでは始めよう」
金剛さんが前に出て会議を始める。
机の上に置いてある資料を手に取り、軽く見通す。
(ん、なにこれ? 討伐ランク、不明?)
どういうことだろう? 新種の怪物?
「今回の任務地は静岡だ。そし敵についてだが、ほぼ詳細は分からないとの事らしい」
「はぁっ?! なにも分からないんすかっ! それで任務に行けと?!」
「あぁ、そうだ」
会議の開始早々、冗談がキツイ。
こちらに要請が来ているような案件だ。確実に高ランクの怪物がいるという事。
詳細が分からないのではこちらも準備しようにも出来ないし、対処が遅れる。
本当に最悪の仮定だが、新種で現れたSSランクなんかがいたら確実に全滅だ。
「ただ、僅かにだが分かっている事もある。資料を捲ってくれ」
一枚捲る、衛星からの写真が写っているがなにがなにやら全く分からない。
「なにこれうける~ これで資料? 薄っぺら~」
「麗華先輩、本気で笑い事じゃないっすよこれ・・・・・・」
「まあ見て分かる通り、これは霧だ。出現時間は不規則、どの時間帯でもそいつは現れる。更に厄介な事に、その霧に取り込まれるとおそらく別次元に送られる」
別次元。いつかの迷宮の任務を思い出す。
あの時は隼人君がいたからなんとかなったが、もし一人なら確実に死んでいた。
「どうして別次元に送られると分かったのかしら? 体が完全に消滅させられたとも考えられるけれど?」
吉良坂先輩が尋ねる。確かに、人が消えただけなら考えられる選択肢は多い。もしかしたら地球内の別の場所に転移させられている可能性だってある。
「ああ、それは次のページに記載されているが、数人その世界から出られている市民がいる。そして全員が一様にこう証言した『駅があった』と」
駅? そう言えば、静岡には面白い都市伝説があったっけ。
確か・・・・・・
「きさらぎ駅」
「あぁ、その可能性も零ではない」
「怪物じゃないじゃん! 都市伝説と戦うって事?」
「都市伝説も怪物もそう変わらん。敵であるなら叩き潰すまでだ」
「えぇ・・・・・・」
まさか都市伝説と戦う日が来るなんて。
でも、きさらぎ駅だと仮定するなら準備だって・・・・・・まって、きさらぎ駅ってそもそも戦うような都市伝説じゃないのでは?
「話はまだ終わってない。最後に菊理の予知を伝達する」
菊理ちゃんが緊張した顔で前に出る。
「はい。まず敵についてですが、一体ではありません。おそらく三桁には及ぶ数かと」
あぁ、やっぱりか。それにしても三桁? 雑魚ばかりなら別にどうという事はないけど。
「・・・・・・敵のランクは分かるっすか?」
「この濃さからからだと、推定になりますがSランク上位が一体、Sランク中位が二体、Aランクが五体、後は、分かりません」
「え? うちら死ぬくない?」
これはもう、私達の範囲を超えた任務じゃないだろうか。
Sランクが三体? 無理だろう。
「今回は全員が出るべきだと思います。そして最後に私から言える事は一つ・・・・・・絶対に柳さんを連れて行く必要があります。でなければ」
菊理ちゃんはそこで口を閉ざす。
しかし、口に出さずとも言いたい事は嫌という程伝わった。おそらく柳君がいなければ、全員が出動しても、誰か死ぬか、下手したら――全滅する。
静岡には行ったことないですが、何が有名なんでしょう(-ω-;)ウーン





