142話 格上
じ、Gが。昨日風呂場に奴が・・・(´;ω;`)
青白い顔で正座する罪人とそれを見下ろす執行人こと七瀬先輩。
彼女の隣では沖田先輩が興味津々の表情で動向を伺っている。そっと視線を後方に向けると、ソフィアさんは再び夢の世界にフェードアウトしていた。
「で?」
「せ、先生が寝ていらっしゃったので、お、起こそうと・・・・・・」
「それでどうして上履きを脱いで、ベッドに潜り込む必要があったの?」
「・・・・・・」
「そう、そうなのね。首を前に出しなさい。一思いに斬り落としてあげるから」
「申し訳ありませんでしたぁああ!!」
一心不乱にでこを床に擦りつけて許しを請う。
七瀬先輩の手には、あるはずのない刀が鈍く煌めいている。血走った眼光は怖すぎてまともに顔が見れない。
「まあまあ、真鈴一度落ち着きなって。彼も多感なお年頃なのだから、ちょっとした間違いも起こるわよ。それに未遂で終わったのだからいいじゃない」
沖田先輩は女神だったのか。
こんな俺の事をかばってくれるなんて・・・・・・
怒られている理由が恥ずかし過ぎて今すぐに逃げ出したい。
「なにも良くないわよ。こういう輩は一度痛い目を見させないと」
「あはは、凄いおこだ。でも、ここに来たのは怪我したからでしょ? 早く応急処置しないと」
「でも・・・・・・」
「先輩! 怪我されたんですか! 早く治療を?!」
「あ、頭上げないでっ?! パンツ見えちゃうでしょ!」
「ぷげっ?!」
頭を足で抑えられる。わざわざ上履きを脱いでから踏むところが優しい。
怪我した事に動揺して思わず顔を上げてしまった。
・・・・・・白か。いや、これは不可抗力だ。罪に問われることはない、はず!
七瀬先輩は右肩を少し抑えているから怪我はその部分だろう。
ただ、何処で怪我を負ったんだ? 修練場には一定の攻撃を無効化する効果が付与されているはず。怪我を負うはずがないのだが。
「な、七瀬先輩は何処で怪我を?」
「しゅ、修練場よ。新任の先生と手合わせしたらこうなっただけ」
新任? ああっ! シャルティアさんか!
あの人は確か、実技と英語を受け持つと二階堂先生が言っていた。
成程ね、そりゃあの修練場で絶対者の攻撃を防げる訳がない。怪我人が出てしまうのも納得だ。逆に、その程度の負傷で済んだのが凄い。
「あの先生凄すぎるよ?! 真鈴の矢が一本も当たらないの! 先生は能力も使っていないのに!」
「・・・・・・やめて寧々。心折れちゃうから」
「えっ、能力使わないで?」
「うん、多分だけどね。身体強化能力者の爆発的な力の上昇も無かったし。なにかを操作している訳でもなさそうだった」
ただの身体能力だけで七瀬先輩を圧倒したのか?
先輩はそれなりに優秀な能力者なんだが、以前は数値一万近くだったから、今じゃ二万を超えているぐらいだろうか。
絶対者と比べればその差は歴然だが、それでも能力の使用無しに圧倒出来るかと言われれば難しいだろう。少なくても俺は一発は掠ると思う。
「そもそもどうしてそんな戦闘を?」
「生徒達の現状の実力を把握するのには実際に戦うのが一番だそうよ」
「あはは、私もやったけど十秒ももたなかったよ」
まさか全校生徒とやるつもりか?
死人が出ても知りませんよ・・・・・・
「そんな事よりも、あなたがどうしてここに?」
「え? えっと、勉強しに?」
「はぁ?」
正直に『青春したいから!』なんて言える訳もなく。瞳を揺らしながら誤魔化す。
「でも、元のクラスに戻っているのなら噂にならない訳が無いし。一体何処で勉強しているの?」
「えっと、生徒のいる棟とは別の場所でですね」
「ああ、もしかして最近改修工事と言って重機が入っていた場所かしら。成程ね、無駄な混乱を避ける為に隔離されていると。そこまでして勉強を?」
「は、はい」
「ふ~ん」
信じられないのか、七瀬先輩は胡乱な瞳で見つめてくる。
しばし居心地の悪い時間が続くが、徐々に七瀬先輩からの覇気が小さくなり、穏やかな雰囲気に変わる。
「あの・・・・・・柳君?」
「ん? なんでしょうか?」
「こんな再会の形になってしまったけど、あなたには心の底から感謝しているわ・・・・・・その、妹の事、ありがとう」
「ああ、いえ、気にしないで下さい。俺が勝手にやった事なので」
「・・・・・・真鈴、せめて足をどけてから言った方が」
大丈夫ですよ沖田先輩。
これも鍛えられた俺なら、ご褒美ととらえる事が出来ますから。
・・・・・・はぁ、本当に俺の周囲には気の強い女性が多いな。チョロインみたいな方はいないのか? そういうのは全員異世界にいっているのかもしれない。
死んだ瞳で世を嘆いていると、保健室のドアが再び開く。
「七瀬真鈴さん。怪我はどうなって・・・・・・あなたはなにをしているのですか、柳隼人」
保健室に入ってきたのは、教師用の修練服を着ているシャルティアさんだった。
入ってすぐに踏まれている俺と踏んでいる七瀬先輩を見ると、羽虫を見るような瞳で俺を見下し、何事かを問う。
何故踏まれている俺に問うのだろうか?
いや、まあ原因は俺なんですが。
「せ、先生!」
「沖田寧々さん、これはなにがあったのですか?」
「いえ、その・・・・・・柳君がベッドにいる先生を襲おうとしていた? ような現場を目撃しまして、それで」
「ほう?」
先生の視線に耐えられなかったのか、もじもじしながら話す沖田先輩。
ヤバいな。
シャルティアさんの眼光が一段と鋭くなってしまった。最早俺を仲間と認識しているかも怪しい。俺の命も秒読みかもしれない。生きて帰る事が出来たら、遺書を書いておこう。
シャルティアさんは俺の横を素通りすると、ベッドで寝ているソフィアさんの元へと移動する。
「起きなさい、ソフィア・アンティラ。仕事中ですよ」
「ふぇ? ああ~シャルちゃん。ん? なんでそんな怖い顔して。あれ? どうしてボクの頭を掴むの? あれれ、ちょっと痛くなって・・・・・・い、痛い! 痛いよシャルちゃん! 分かったちゃんとお仕事するから許して~」
およよっと涙を流しながらベッドから出てくるソフィアさん。
罰を与えられている光景を見た俺は汗が止まらない。
そして、シャルティアさんの瞳が、再び俺に向けられた。
「七瀬真鈴さん。一度足をどけて貰えますか。その生徒には少し指導が必要のようですので」
「はっはい! しかし先生、彼は絶対者で・・・・・・」
なんとか俺を庇おうとしている様子の七瀬先輩だが、彼女自身、足で俺の頭部を踏みつけているので説得力がまるでない。それに、シャルティアさんは俺と同じ絶対者であり序列四位。俺より格上の存在だ、絶対者だからという免罪符は彼女の前では免罪符にはならない。
「関係ありません。私の前でふざけた行動を取る者は例え相手が誰であろうと・・・・・・ね?」
ね? ってなんですか! 何するんですか!
くそっ、こんなところでやられるわけには。
七瀬先輩の足が一瞬緩む。
チャンスだ。この隙に保健室から出てしまえばこちらの勝ち!
(戦神!)
僅かに足に闘気を纏い、一気に――
「・・・・・・は?」
「逃げ出そうとするとは、反省が足りていませんね」
気付けば、俺は天井を見上げていた。
先程までは確実にドアを見ていたはずなのに。
何故俺は仰向けに倒れているんだ?
体には殆ど衝撃は無かった。しかし、それはありえないはず。
俺が伏せていた体勢から仰向けに倒されるまでの時差は体感でコンマ一秒すらない。その速度で倒されたのであれば、確実に体には凄まじい負担が掛かり、この保健室も衝撃で破壊されるのが道理。
まるで、記憶の一部が吹き飛んでいるようだ。
これがシャルティアさんの能力か。相手の意識を逸らす、または一時的に奪うもの? それとも、いや、仮定の能力が多過ぎて絞れねえ。
「ぐふっ!」
シャルティアさんのおみ足が俺の腹を踏みつける。
「貴方も訓練したらどうです? このままではすぐに死にかねませんよ?」
いやいや、これはシャルティアさんが強過ぎるだけでは?!
能力の初動も見えなかった事なんて初めてだぞ。明らかに技術が他者とは抜きんでている。
おそらく修練場での戦闘も能力を使っていたのだろう。
しかし、技量が卓越し過ぎて逆に能力を使っている事にさえ気づかなかった訳だ。
「う、嘘・・・・・・柳君が」
「別に驚く事ではありませんよ。確かに柳隼人は対怪物戦に関しては無類の戦果を誇りますが、対人戦はそこまで強いとは言えない。対して私の専門は対人戦です。この結果は当然と言えます。優秀な貴方達も技術さえあれば可能でしょう」
「ほ、本当ですか!」
「ええ、特に七瀬真鈴さん。貴女の能力は少々特殊のようですね。その力を使いこなせれば一段階上を目指せます。精進しなさい」
「は、はい!」
七瀬先輩の瞳がキラキラと輝く。
やはり、実力者に励まされると嬉しいものなんだろうな。
まあ、しかし。
「・・・・・・人の腹を踏みつけてる状態で会話しないで下さいよ」
いつかシャルティアさんに俺を認めさせてやると固く決意した日だった。
シャルティアの能力は一応人物紹介にもありますが、本編での紹介は数章先になるかもです。





