14話 帰ってきた家と動き出す巨悪
「やっと、着いた」
徒歩で三時間ほどかかりようやく家に到着する。
「ただいまー」
もうなんだか色々ありすぎてよく分からないが、今日は取り敢えず寝たい。
ドアを開いて家の中に入――
「ぐはっ!」
ドアを開けた瞬間、玄関から何かが飛び出し俺の腹にぶつかってきた。
何事かと思いそれを確認する。
「な、なんだ?」
「お兄ちゃんの馬鹿! 帰ってくるのが遅い!」
その物体は我が妹である蒼だった。
顔をくしゃくしゃにして俺の胸をぽかぽかと叩く。
近所の目もあるので、未だ泣き怒っている蒼を持ち上げると家の中に運んでリビングへと向かう。ソファーにそっと蒼を下ろすと、俺も座り向き合う。
「その・・・心配かけた、すまん」
まさかこれほど心配されるとは思っていなかった。怒られることは覚悟していたが、泣かれるのは予想外だ。そこにはいつもの生意気な妹の姿はない。反省しなければいけないのは十分分かってはいるが、そんな蒼の姿に少し嬉しくなる。
蒼は少し落ち着いたのか、涙を拭い一度深呼吸をする。そして、今までにあった事を語りだした。
「学校から帰ってきたらいきなり電話が鳴りだして、慌てて出たらお兄ちゃんが警察に連れていかれたって言われるし、近くの町でなんか強い怪物が出現したって言うし・・・本当に、心配したんだから・・・」
「・・・悪いな、これからは気を付ける」
「ばかぁ、あほぅ」
蒼の髪をゆっくりと撫でる、振り払われないので嫌がられている訳ではないと思うが、その両目から、またはらはらと涙がこぼれ地面に吸い込まれていく。
これまでは自分自身の事をそれまで深く考えていなかったが、少し意識しよう。ただし能力で解決するのは無しだ、今は面倒くさい連中に目をつけられているからな。能力を使わない範囲で全力を出そう。
「よーし! 今日は俺が腕によりをかけて晩飯を作ろう。何が食べたい?」
「・・・肉じゃが」
なんとも普通のチョイスだ、ステーキぐらい言われるかもと思ったのだが今日はあまり食欲がないらしい。
「わかった、ちょっと待ってな」
謝罪の意味も込めて丹念に作る。
少し甘いぐらいがいいだろうか? 蒼はまだ舌が子供だからな、コーヒーも飲めないし。
十数分後、出来上がった夕飯をリビングの机に並べそれぞれの席に着く。
「「いただきます」」
蒼は肉じゃがを口に運ぶとその頬を少し緩ませる。どうやら美味しかったようだ、甘口にして正解だったな。
食べ終わった俺たちはそれぞれ風呂に入り、自室に戻る。
そろそろ寝ようとした時、ふいにドアが開かれた。
「・・・お兄ちゃん、今日一緒に寝てもいい?」
そこにはパジャマ姿で枕を両手で握りしめる蒼の姿があった。
「お、おう」
驚きながらも俺は蒼の同衾を許可する。
蒼はするすると布団の中に潜ると俺の背を掴んで少し経つと寝息を立て始めた。
そんな蒼を見て常々思う。
(いつもこんなに可愛かったらいいのに)
本人に言ったら「いっつも可愛いよ!」と反論されるだろうが、この大人しい感じの方が俺としては可愛く感じる。根っからの陽キャアンチなのだ。
今日まで色々と忙しかったが、当分は平穏に過ごせるだろう。
流石に一年ぐらいは目の前に怪物が出現するような珍事はないと思う。
◇
暗い闇に覆われた森で一体の異形の怪物がその躯体を起こす。
その巨体は、隼人がショッピングモールで遭遇したラヴァーナなどと比べるのもばからしくなるほどの大きさをもち、星々に届くほどである。
本来であれば、怪物が出現すればその国の能力者が総出で討伐する。
しかし、この怪物はこの世界に出現してから既に三十の年月が経っている。それはこの異形の怪物がその全てを退けた事に他ならない。
「時は満ちた、そろそろ我も動くか」
怪物がそう呟く。言語を解していることから、他の怪物とは格が違い一定以上の知能があることが分かる。
そこで、雲に隠れていた月が顔を出し、その巨体の全容を露わにした。
その姿は龍だ。
蛇のようにとぐろを巻き、肩からは無数の蛇の頭が生えている。目はまるで炎のように赤く輝き、全ての生物を畏怖させる覇気が漏れ出す。
この怪物に付けられた名は【テュポーン】。
ギリシア神話に出てくる怪物の中では最強の存在であり、かのゼウスとも肩を並べるほどの実力を持つ。
神話の中ではテュポーンはこう記されている。
――巨体は星々と頭が摩するほどで、その腕は伸ばせば世界の東西の涯にも達した。腿から上は人間と同じだが、腿から下は巨大な毒蛇がとぐろを巻いた形をしているという。底知れぬ力を持ち、その脚は決して疲れることがない。肩からは百の蛇の頭が生え、火のように輝く目を持ち、炎を吐いた。またあらゆる種類の声を発することができ、声を発するたびに山々が鳴動したという。――
神話に記される通り、この怪物を倒そうと挑んだ能力者達は口から吐かれる炎に焼き尽くされ、近づいたとしてもでかすぎる巨体に潰された。正に生きる災害である。
この怪物こそ世界に四体のみ存在する地球規模の災害――SSランクの一体である。
その怪物が今、動き出した。
これで一章は終わりです。
次回からは2章 対抗戦編になります。
さあ、圧倒を始めましょう( ̄ー ̄)ニヤリ
テュポーンについての表記はwikipediaから引用しております。
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