130話 ただただ救われない事件
その日の午後、不法侵入者と毒舌女王様と共に食材の買い出しに出る。
シャルティアさんはかなり食材にこだわるタイプのようで、一つ一つ真剣に吟味している。
彼女の近くでは、ソフィアさんが鼻歌を歌いながら体を揺らしている。そして俺は荷物係としての職務を全う中である。買い物籠に次々と入れられる食材をただただ受け入れるのみだ。
「柳隼人、何か好みでもありますか?」
「シャルティアさんが作るものならなんでも美味しいです!」
「はぁ、それが一番困るのですが」
全く、使えないですね。という視線に突き刺されながら項垂れる。
ふむ、難しいな。シャルティアさんはギャルゲーで言うところのラスボスに位置するのではないだろうか。何を言っても彼女の好感度が一ミリも上がっている気がしない。
ビスクドールの如く整った表情は、無感情のままで、唯一怒りの感情を抱いた時だけはその瞳を大きく広げるのみである。
どうすれば仲良くなれるか考え、眉間に皺を寄せている俺の頬をソフィアさんがツンツンと人差し指でついてくる。
「あまり考え過ぎちゃだめだよ? 自然体でいるのがいいのさ。ボクを見習うといいかもよ!」
「ソフィアさんは自然体過ぎるのでは・・・? あとさり気なくお菓子入れないで下さい」
「まあまあ、気にしない気にしない。それよりも今暇だから、隼人君にはユリウスの過去に何があったかを簡単に教えておこうと思うんだ」
「ここで、ですか?」
「うん、大丈夫だよ。誰も聞こうとは思えないさ」
言葉に少し違和感を感じたが、どうでもいいかと受け流す。
それよりも、ユリウス――元絶対者であった男の過去の方が興味がある。
「アランのおじいちゃんが言っていたのは覚えていると思うけれど、ユリウスが絶対者を抜けたのはある事件がきっかけだった――」
ソフィアさんの語った内容を要約するとこうだ。
かつてユリウスという名の絶対者がいた。
ついた二つ名は【運命】。
その能力は絶大で数多の怪物を屠り続け、彼は序列五位という位置づけだった。
――その日も易々と怪物を屠り、自宅へと帰還する途中。ふと、ユリウスは昔からの友人がいる特殊対策部隊の支部へと赴いた。どうしてかは分からない。ただ、ユリウスは偶にこういう突発的な行動に出る。本人は決まって、『運命が騒いでいる』と言っていたらしい。
ユリウスが中に入れば、すぐに隊員達が挨拶をかけてくる。ユリウスが如何に慕われているかが分かる光景だ。
それに笑顔で応えるユリウスだが、声を掛けてきた者達の中にいつも苦笑と共に訪れるはずの友人はおらず、ユリウスは友人が愛用していた書庫へと足を進めた。
ドアを開け、連立する棚の間を歩き辺りを見渡すも友人の姿はない。
しかし、代わりに一枚の手紙を見つけた。なんの変哲もない白い手紙だ。ただ、机の上に無造作に置かれたそれが、ユリウスの目を引いた。
手紙を手に取り、宛名を確認すると何故かユリウスの名前が記載されており、ユリウスは不思議に思いながらも手紙を開いて中身を確認する。
最初は興味もなく機械的に読んでいたが、読み進めるに従い、ユリウスの瞳が大きく開かれていく。
最後まで読み終わると、ユリウスは手紙を握りしめ、全速力で本部を飛び出した。その時の表情を見た一部の隊員は、『初めてあんな・・・ユリウスさんの泣きそうな表情を見ました』と言っていたらしい。
動揺で覚束ない足をなんとか動かし、ユリウスが辿り着いた場所は街はずれの倉庫だった。
そこのシャッターを強引にこじ開け、体をねじ込んだユリウスの視界に入ったものは、
――片腕を無くし、全身に裂傷を帯びた友人の死体だった。
その後、すぐに事件の捜索が始められた。
誰もが怪物に殺されたか、凶悪な犯罪者に襲われたのだろうと考えたその事件の犯人は・・・まさかの一般市民だった。
千人以上を超える一般市民がこの計画を実行したのだ。
動機は、自分達の大切な人を守れなかった特殊対策部隊が許せなかったからだそうだ。計画に加担した全ての一般人が、総じて愛する人を失っていた。
(怪物を相手に出来ないから、自分たちの鬱憤を無理矢理に擦り付けてるだけじゃないかッ?!)
特殊対策部隊はいつも命懸けで戦っている。
なのに・・・どうして。いや、頭では分かっていようとも気持ちは押さえられないという事だろう。俺も家族を失えば正気でいられる自信はない。
しかし、例え千の一般人が居ようと、特殊対策部隊の隊員は一騎当千の猛者だ。
本来であれば相手にもならない。だとしたら何故ユリウスの友人が殺されたのか。
答えは単純で、しかし、ユリウスの心を大きく揺さぶった。
友人は、襲い来る能力全てを、無抵抗で受け止めたのだ。
最期の表情を見ていた一般市民は、事情聴取の際、『攻撃が当たる寸前、その表情は何故か笑っていた』と語っている。
それを聞いたユリウスは、その場で統括支部長へ絶対者を抜けると連絡をする。
ユリウスの異変に気付いた支部長は、必死にユリウスを引き留めようとするも、ユリウスは途中で通話を切った。
後日。
――千を超える人間の死体が無造作に広場に転がされていた。
その悲惨な光景を見た第一発見者は今でも震えが止まらないらしい。
頭部を破壊された者、胸を貫かれた者、下半身と上半身を両断された者、まともな人間では成しえない殺戮が行われたのだと一目で分かる。
唯一の救いがあるとすれば、死体全てが一撃で殺されていた事だろう。
痛みを感じる暇すら無かったのか、悲惨な表情をした死体は一つも無かったらしい。
そして、犯人は。
「・・・まあ、ユリウスさんですよね」
「うん。収容していた施設を誰にも気付かれずに破壊して、痛みを与えずに殺すなんて芸当はあの場では彼にしか出来ない。事件後は姿を眩ませていたけれど、まさかこのタイミングでまた出てくるとはね・・・。いや~ ご愁傷様だね隼人君! そんな彼に狙われてるなんて!」
「・・・本当、最悪ですよ。しかも、話聞いた後だとユリウスさんと戦う気が失せたんですけど」
ユリウスさんの狙いは間違いなく神殿の石板。
情報はあの白髪少年に聞いたのだろう。
俺を殺してでも叶えたい願いがあるという事。
それは友人の復活か、はたまた別の願いか・・・。はぁ、死なずに神殿の石板だけ渡す事って出来ないのか? ユリウスさんになら渡しても大丈夫な気がするけどなぁ。
「貴方が戦う必要はありませんよ」
食材を俺の持つ籠へと入れながらシャルティアさんが言う。
「私一人で事足りるので」
淡々と、それが当たり前のように言うシャルティアさんさん。
本当に凄い自信だ。
そう言えば俺は二人の能力を知らないな。
二人ともデータベースに能力が記載されていなかったし、シャルティアさんに限っては一つの情報も無かった。
「お二人の能力ってなんなんですか?」
「情報が漏洩する可能性があるので、実戦で判断して下さい」
「ボクの能力はねぇ、簡単に言うとエネルギー操作だよ」
「エネルギー操作?」
シャルティアさんの言葉が尤もだなと思いつつ、ソフィアさんの能力を尋ねてしまう。
「うん、例えばね。隼人君、ちょっとこっちに近づいてくれるかな」
「分かりました」
ソフィアさんに言われるまま彼女に一歩近づい・・・あれ?
一歩踏み出そうと頭では思っているのに、足が何故か踏み出せない。
「こういう事。今は隼人君が近づこうとする意志のエネルギーを抑えているんだ。ボクの能力が少しは理解できたかな?」
いたずらが成功したように、にししっと笑うソフィアさん。
これは・・・応用が前提の能力だろうか。使い所によっては最強と言える能力かもしれない。
「・・・もしかして、ソフィアさんとテュポーンってかなり相性が良かったんじゃ」
「そうだね~ あの大きな蜥蜴一体ならボク一人で完封出来たと思うよ? なにせ熱線も、質量の暴力も、ボクの前ではあまり意味を成さないからね。でも、あの六本腕がある奴は厳しかったと思うから、結果的に君には感謝だよ~」
なんでもないように言っているが、やはりこの人も絶対者なのだと改めて実感した。
相性の差で頂点になれる可能性を秘めている能力。
(これが、九位?)
最早序列など当てにならないのでは? と苦笑を浮かべる。
そして、絶対者が三人集まっている意味を、俺に降りかかっている事の重大性に、無意識に唾を飲んだ。
救われねえ・・・(´;ω;`)





